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第十六話 新たな恋の予感!? 夏祭りで出会ったのは、勇吉の……

【前回までのあらすじ】

妹の美桜にまで「お兄ちゃんはナヨナヨしている。情けない」とバカにされていた、ぼく(苫田潤=16歳)。
だけど、夏休みにY町へやってきて、勇吉とともに年上の女性たちと性経験を積み重ねるうちに、ぼくはどんどん「男」として自信も持ち始めていた。






「あんたらに任せたら、陽太が迷子になりそうやもん」
 バラック小屋で夏祭りの話をしていたら、千鶴さんが口を挟んできた。
 夜の仕事に出かける前の夕暮れどきで、千鶴さんは台所で夕飯用の炒飯を作っていた。だいぶぼくも見慣れたとはいえ、変わらず彼女は黒のスリップ姿で太ももを露わにしていた。
「大丈夫やって。今年は潤もいるんやで」
「うん。お兄ちゃんと潤さんがいたら、なにも心配あらへん」
 姉に夕食を作ってもらいながら、山谷兄弟はそろって唇を尖らせた。
 ぼくはちゃぶ台の前であぐらをかいて、『祭』と書かれた団扇で顔をあおいでいた。
 扇風機は寝たきりのおじいさんがいる、奥の小部屋に置いてあるから、ちゃぶ台のある六畳間はいつもムンムンとしていた。
「あかん。潤がいたらいたで、あんたは潤とばかり遊んで、陽太をほったらかしにするやろ」
 乱暴に見えるけど慣れた手つきで、千鶴さんはフライパンで炒飯を炒めながら、怒ったように言う。実際、去年の夏祭りで陽太は迷子になったらしい。
「そんなことないで! な、潤!」
 勇吉が激しく同意を求めて、ぼくの肩に手を回してきた。
 最近は勇吉の過剰なスキンシップにも戸惑わなくなった。
 肩を組まれるどころか二人並んでペニスを露出して、年上の女性たちにしゃぶらせているのだから、この程度の接触はもはやなんとも思わない。
「あ、ああ。でも……」
 ぼくは下心を悟られぬように、勇吉から目を逸らした。できれば千鶴さんとも夏祭りに行きたかった。
「ん?」勇吉がまるでキスをするかのような勢いで、顔をのぞき込んできた。
 陽太も千鶴さんもぼくの回答を待っているように思えた。
 そうや。ここでナヨナヨしてはいけない。
「いや、千鶴さんにも来てもらおう。俺もここの夏祭りに行くのは初めてで、土地勘もないからなぁ。心配といえば心配や」
「そ、そうなのか?」勇吉が驚いたように聞き返してきた。
「ほら、潤はわかっているやん。絶対、あんた遊ぶことに夢中になって陽太から目を離すやろ」
 炒飯を作り終えたようで千鶴さんはコンロの火を消しながら、ため息まじりに言った。
「そんな……俺は……」
 勇吉にしては珍しく言い返すこともしなかった。ぼくを覗き込んでいた顔もみるみると無表情になった。ぼくと千鶴さんが意見を合わせたからショックだったのか。だが、勇吉はぼくにだけ聞こえる程度の声で「目。離すかな……?」とつぶやいた。
 それでぼくも気づいた。陽太から目を離すやろ、といわれて、勇吉はあの川での出来事を思い出したのではないだろうか。もちろん、川での顛末を知らない千鶴さんは、咎めるつもりでいったわけでもないだろう。
「そ、そうやな! お兄ちゃん、やっぱり四人で行こうよ。そのほうがお兄ちゃんも安心して、潤さんといっぱい遊べるやん。ほら、潤さんに祭りを見せたいってずっと言っていたやん!」
 ここで陽太が明るい声を出した。本当に聡明な弟だと思った。
「お、おう。いわれてみればそうやな。さすが潤や!」
 さすがに、このときばかりは何がさすがなのかわからなかったが、勇吉の表情も晴れたのでぼくも笑った。
 千鶴さんは皿に盛った炒飯をサランラップにかけていた。



 そのあと、千鶴さんは仕事に出かけ、ぼくと勇吉と陽太は一時間ほどトランプをした。夕飯の時間になったので、ぼくは祖母の家に戻った。
 玄関で靴を脱いでいると、靴箱の上にある黒電話が鳴った。
「はい。もしもし。苫田です」
「あっ……」
 女の子の声だった。明らかに驚いた声を漏らしたので、間違い電話かと思ったが、「……お兄ちゃん?」。
「おおっ。美桜か」ぼくは感動したように叫んだ。
「え? え? お兄ちゃん?」
「なんや、もう俺の声を忘れてしもうたんか~」
 こっちに来てまだ一ヶ月も経っていないから、久しぶりというほどでもないが、ぼくは美桜の声を懐かしむように言った。
「ううん……そうやないけど」
「ああ? どうした? 元気にしとるか?」
「あ、うん……」
「なんや、元気ないやん。なんかあったんか?」
「……ううん。なにもないけど。お兄ちゃんは? お兄ちゃんはどうしてるの?」
「俺はまあ、相変わらずやで!」
 ぼくは誤魔化すように笑い飛ばした。
 こちらで友達と一緒に、年上の女性とセックス三昧なんてとても妹には言えない。
「……そ、そうなんや」
 美桜は変に戸惑った口調で、受話器越しからもモジモジしている様子が感じられた。
 そういえば美桜と黒崎さんのことも最近はすっかり忘れていた。中二の妹が四十過ぎの中年男性とセックスをしていたことにあれほどショックを受けていたのに、自分もあちこちでセックスをしまくっているせいか、たいしたことでもないように思えていた。
 だから、美桜にわざわざ尋ねようとも思わなかった。
「電話かけてきたってことは、おばあちゃんに用事があるんやろ? ちょっと待ってろ。いま呼んでくるから」
「え? あ……ちょっと待って!」
 ようやく美桜が溌剌とした声を出した。
「どうした?」
「いや……え? ほんまにお兄ちゃんなの? なんか雰囲気が全然違うねんけど……」
「そうか?」
「うん……なんか、すごく……」
「すごく?」
「……男らしくなった感じがする」
 美桜が妙に甘えるような声で言った。
「な! なにをいうとるねん」
 ぼくは思わず声を張り上げるほど照れてしまった。
 だけど、美桜の言うとおりかもしれない。
 勇吉と出会って、一号機・二号機・三号機と遊ぶなかで、ぼくはずいぶんと豪胆になった気がする。
 以前のように自分の意見をいわず、ナヨナヨすることもなくなった。
 それはまるで勇吉が乗り移ったかのように──いま美桜と話している自分の口調だって、勇吉みたいではないか。
 ちょうどそのタイミングで、足の悪い祖母がのろのろとやってきた。
「あ。おばあちゃん、美桜からや……。美桜、おばあちゃんに替わるで」
 ぼくは受話器を祖母に渡した。
 伸ばした両腕もだいぶ日焼けして、逞しくなっていた。


 八月十日。日暮れ前の午後六時頃、ぼくたち四人はバスでY町の中心地へ向かった。思えば四人で行動をするのはカブトムシを取りに行って以来だ。
 ぼくは少しおめかしをして、襟付のシャツにカーキ色のチノパンを穿いてきた。勇吉と陽太はそろって黒のTシャツにベージュ色の短パンで、親に同じ服を着せられる幼い兄弟がそのまま大きくなったみたいだった。
 祭りの日とあって、バスは異様に混んでいた。ぼくたちは立って、つり革に掴まっていた。
 ぼくは先ほどから落ち着かない。隣にいる千鶴さんが可愛すぎるからだ。
 彼女はいままで見たことのない洋服だった。
 藤紫色のワンピースで、スカートの裾は膝丈だった。スベスベとした生足を存分に晒していた。バラック小屋でいつもスリップ姿を見ているから、いまさら息を飲むほどでもないはずなのに、よそゆきの格好でそんなに肌を露出されると、なんだかこっちが気恥ずかしい。
 ミニのワンピースではあるが、キュートなお洒落感があって、ケバケバしい感じはなかった。光沢のある黒の大きなベルトを巻いていて、普段見るよりもウエストもくびれていた。
 バスは十数分で、祭りの会場に近い、海沿いの停留所に到着した。
 そこでほぼ全員の乗客が下りた。ぼくたちも吐き出されるように下車した。
 あたりはすっかり暗く、波の音がした。
 すぐさま海のほうを見ると、色鮮やか神輿のように、派手な大漁旗や幾重もの提灯で飾られた漁火船が数隻浮かび、水面まで幻想的に照らしていた。
「すごい」
 祭り会場へ向かう人たちの邪魔になっていることも忘れて、ぼくはその場で立ち止まった。異世界に来たような心地で漁火船を眺めていると、
「潤!」
 人波をかき分けながら、高身長の勇吉が駆け寄ってきた。
「あ……ごめん。海があんなになっているんやな」
 ぼくは感動を伝えるように言った。
「ああ。すげえやろ。この町で一年に一回だけの祭りやからな。気合いが入っているねん。さあ、いこうぜ」
 勇吉はぴったりと横に寄り添ってきた。陽太と千鶴さんの姿は見えない。人の流れに飲まれて、先へ進んでしまったようだ。
「やっぱり千鶴さんに来てもらって良かったな」
 自分のせいではぐれてしまったから、ぼくは自嘲気味に言った。
「ほんまやな! まあ、すぐに見つかるわ。いっても、小さい町の祭りやからな」
 勇吉が白い歯をニィとむき出しにした。
 湾に沿って海岸通りは大きくカーブしており、バス停留所から歩いて五分ほどで、光る森のように、木々に提灯が飾られた祭り会場が見えてきた。
 そこは海が見渡せる大きな公園だった。
 入り口のところから屋台がずらりと並んでいた。
 たこ焼き、焼きそば、かき氷、チョコレートバナナ、焼きとうもろこし、ベビーカステラ……。
 盆踊りでおなじみの炭坑節も聞こえていた。
 想像していた以上の人混みで、なかなか前に進めない。
 おそらくY町の住民だけでなく、外の町からも大勢の人が遊びに来ているのだろう。そんななか、「潤! なんか食いたいものあるか! 俺、今日はめっちゃ金持ってきたから、なんでもいってくれ。奢るわ!」ただでさえ声のでかい勇吉が祭りの喧噪に負けないぐらい、イキイキとした声で喋りかけてくる。
 お兄ちゃん、潤さんにずっと祭りを見せたいって言っていたやん、と陽太は言っていたが、それはきっと本当なのだろう。勇吉はさっきからぼくが楽しんでいるか心配みたいで、やたらと顔色をうかがって、機関銃のごとく何かと会話を仕掛けてくる。
 嬉しくもあったが、ちょっとうっとうしくもあった。
「ああ。ありがとう。でも、とりあえず、陽太くんと千鶴さんを見つけないと」
「おお。あの二人なら大丈夫や。たぶん、金魚すくいのコーナーにおるわ。陽太がやりたがっていたからな」
「じゃあ、まず、金魚すくいを見にいこう」
「なんや!? 潤も金魚すくいをやりたかったんか。ええで!」
 毎年この祭りに来ているのだろう。勇吉はどこに何があるのか完璧に把握しているようで、人波をかき分けながら、ずんずん進む。
 勇吉は背が高いから、少しぐらい遅れてついていっても、見失うことがなかった。
 すぐに「金魚すくい」の屋台が見つかった。
「あれ? おらんわ。どこにいったんやろ」
 勇吉が背伸びして、あたりを見渡す。
 子どもたちで賑わう水槽の前に、陽太と千鶴さんはいなかった。
「ま、えっか。金魚すくい、やるか!」勇吉が張り切って、子どもたちの輪に飛び込もうとしたので、ぼくは慌てて腕をつかんだ。
「いや、金魚すくいは、いまはええわ」
「そうなんか?」
「うん。それよりも早く二人と合流しよう」
 せっかく四人で来たのだからみんなと祭りを回りたかったし、マンツーマンでハイテンションの勇吉に付き合うのも正直、面倒臭かった。
「あ~、盆踊りを見に行っているのかもしれん!」
 勇吉はひらめいたように言った。「よし、いこう」ぼくは急かすように言った。
 盆踊りは公園の中心にある広場で行われていた。
 紅白の横断幕の垂れた櫓の周りを、老若男女が踊っていて、浴衣姿の人も多い。
 ちょうど目の前を、白地に淡い花柄の浴衣を着た妙齢の美女が通り過ぎた。一瞬、三号機の静子さんかと思ったほどだ。
 よくよく考えれば、Y町で唯一の祭りである。一号機の夏帆さんや二号機の理沙さんが来ていても、なんらおかしくない。
「おらんなあ~。どこに行ったんや?」
 勇吉が不満そうにつぶやいた直後だった。





「山谷くんやん!」
 いきなりぼくたちの前に浴衣姿の女性が二人現れた。
 一号機でも二号機でも三号機でもない。
 歳は同じぐらいの女の子で、ひとりはショートカットですらりと背が高く、赤い金魚柄の浴衣を着ていた。小動物系の愛らしい小顔だが、ずいぶんと日に焼けていた。
「あ~。舞子先輩!」勇吉がショートカットの女の子にすかさずお辞儀をした。
 そしてすぐに、「潤。こちらは俺と同じ学校で、三年の舞子先輩。女子バレー部のキャプテンでもあるんや」と紹介してきた。
 いつも年上の女性をモノのように扱っている勇吉とは思えない低姿勢で、そこはやはり体育会系の主従関係があるのだろう。
「いや、もう最後の夏の大会で負けてしもうたから、キャプテンやないで。えっと……お友達?」
 舞子さんがちらりとぼくに視線を向けてきた。
「はい! 俺の大親友の、苫田潤です!」
「大親友!?」
 ふたたびぼくを見てきた舞子さんはさっきよりも瞳が輝いていた。
「そうなんです。大親友どころか、俺が世界で一番尊敬している男です。とにかく男らしくて、いざというとき、頼りになる奴なんです!」
 ぼくに一言も喋らせない勢いで、勇吉が大声で恥ずかしいことを言う。
 やめてくれ、と言おうとしたが、
「へえー。山谷くんにそこまでいわせるなんて、ほんますごいんやね。ねえ、満里奈」
 舞子さんは隣にいる、もうひとりの女の子に話しかけた。
 満里奈、と呼ばれた女の子は、柚子の絵と小さな花柄がたくさんちりばめられたハイカラな浴衣で、アップにまとめた黒髪にはタンポポの綿毛のような簪をつけていた。
 身長は百六十センチもなさそうで、舞子さんと並んでいるとずいぶん小柄に見えた。日焼けもさほどしておらず、むしろ色白で、愛らしい浴衣姿もよく似合っていた。
「うん。山谷さんって、バレーボール部で期待の一年生エースっていわれている子でしょ?」
 満里奈さんは勇吉のことをあまり知らない様子で、舞子さんに訊ねた。
「そうやで。めちゃくちゃ運動神経がええねん。私も初めて山谷くんのプレイを見たとき、これはちょっとうちの男子バレー部に革命が起こると思ったもん。この前なんて、雑誌でインタビューされて、大々的に取り上げられていたんやで」
 舞子さんは興奮した口調で言った。雑誌でインタビューをしたのは三号機の静子さんだとわかったが、ぼくは正直、そんなことも気にならなかった。
 なぜなら……。
「そうなんや。そんな山谷さんがすごく尊敬しているのが……潤さん?」
 唐突に満里奈さんがやや上目遣いで、ぼくを見つめてきた。
 愛くるしい二重の瞳で、微笑んだときの優しそうな垂れ目、並びのいい白い歯……。
 一気に心拍数が上がった。
 それは久しく忘れていた、トキメキだった。
 この夏休みで、ぼくの女性観は百八十度、変わったといっていい。それまでは清楚で優等生的な女性が好きだったのに、まず、千鶴さんにしてやられた。
 千鶴さんの醸し出す「だらしのない色気」に、ぼくは激しく欲情した。さらにその後、一号機・二号機・三号機と出会い、ぼくは年上の女性たちと普通に考えたらありえない、アブノーマルなセックスをするようになった。表向きはちゃんとした大人の女性たちが、ぼくたち男子高校生ふたりに責められて、狂ったように歓喜する──ふしだらすぎる女の本性を目の当たりするどころか、この身で体感してきたのだ。
 女って、おもろいやろ? 
 勇吉のそんな言葉にも、ぼくはいつの頃からか笑顔でうなずくようになっていた。
 男の悩みなんて女とやってりゃ大抵なくなるもんや。
 この言葉なんて人生の格言だと思うほど、ぼくはあれこれと悩むこともなくなった。
 だけど、いまぼくの心に沸き起こってきている、これは……。
「……あ、はい。はじめまして……」
 ぼくは声が上ずって震えた。
 甘酸っぱいものが胸からこみあげてきて、うまく喋れない。
「はじめまして。市川満里奈(いちかわ・まりな)といいます。舞子と同じ三年生です」
 満里奈さんは綺麗な姿勢でお辞儀をしてきた。言葉遣いも穏やかで品があり、育ちの良さを感じた。
 そう、満里奈さんはかつてぼくが好きだった清楚な優等生タイプそのものだった。彼女の可憐で初々しい所作には、清純無垢な処女オーラも漂っていた。
「あ~、市川満里奈って、海辺のでっかい家の?」
 勇吉が驚いたように言った。舞子さんには敬語を使うくせに、満里奈さんに対してはのっけから馴れ馴れしく、ため口を叩いていた。満里奈さんは少し困惑した表情ではにかんだ。
「そうやで。満里奈はめっちゃお嬢様やねん」
 代わりに舞子さんが自慢げに答えた。
「ええなあ。親が金持ちで」
 勇吉らしくない、嫌みったらしい言い方だった。もちろん、勇吉の家には両親がおらず、千鶴さんが夜の仕事をして、兄弟二人とおじいちゃんまで食わせている過酷な環境であることもわかっていたが、
「やめろよ、そういう言い方は」
 ぼくは咎めた。勇吉もすぐに「……悪い」と謝った。
 一瞬いやな空気に場は包まれたが、
「潤さんは……? 山谷さんと同じ一年生ですか?」
 満里奈さんが朗らかな笑みで、ぼくに話しかけてきた。気遣いのできる女性なんだと感心したし、ましてや「潤さん」なんて呼ばれたものだから、ぼくはますます顔が熱くなった。
「そうやで! 潤は俺と同じ歳やねん。学校は違うけどな。潤は京都市内の高校に通っているねん。でも、おばあちゃんの家がこっちにあるから、いま遊びにきているんや」
 満里奈さんの代わりに舞子さんが答えたように、ぼくの代わりに勇吉がべらべらと知識をひけらかすように喋った。
「そうなんですね。じゃあ、こっちにいるのは夏休みのあいだだけ?」
 満里奈さんはぼくだけを見つめていた。しかも、柔和な笑みを崩さず、可愛く首もかしげてきた。
「は、はい!」
「実は私も大学はそっちにいこうと思っているんです」
 満里奈さんは弾んだ声で言った。
「そうなんですか!?」
「そう! 満里奈は学年でも成績トップねんで。京大に入れるレベル」
 またしても舞子さんが口を挟んできた。
「潤かって賢いで! 俺なんかと違って、本もたくさん読んでいるからな!」
 なぜか勇吉が対抗心むき出しで言う。
 恥ずかしいから本当にやめてくれ、と思った。
 だが、さらにぼくを辱めることを勇吉はしてきた。「な、潤!」とおもむろに肩を組んできたのだ。
「ちょっと、やめろよ!」
 この程度のスキンシップはなんとも思わなくなっていたはずなのに、ぼくは勇吉の手を強くふりほどいた。
 そのときだった。
「潤! 勇吉!」
 背後から叱りつけるような声が聞こえた。ビクッとなって振り向くと、千鶴さんと陽太が立っていた。
「あんたら、なにやってんや。陽太をほったらかして……」
 千鶴さんはチッと舌打ちするように言った。ぼくたちが女の子をナンパしているように見えたのだろうか。千鶴さんは舞子さんと満里奈さんに対しても威圧的な視線を向けた。
「あ……えっと……山谷くん?」
 舞子さんが勇吉に訊ねた。
「すみません。俺の姉ちゃんです……」
「そ、そうなのね。じゃあ、そろそろ私たち行くね」
 舞子さんは満里奈さんの手を取ると、逃げるようにその場から立ち去った。
 ぼくは千鶴さんと合流できたことよりも、満里奈さんのことで頭がいっぱいだった。



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