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新作『桃太郎』第3稿

☆はじめに


僕は今、新しい『桃太郎』をnoteで共同制作しようという企画を進めています。鬼退治をする勧善懲悪の物語よりも、鬼と生きる共生の物語の方が、これからの時代にふさわしいんじゃないかと思って、再構築しています。

それをnote創作大賞2022に提出しようと考えているんです。noteの記事が作品である以上、テキストだけでなく、画像や動画の可能性も探ってみたいと思いました。

僕は「小説×画像×動画」にチャレンジしようかなと考えています。意見をもらって気が変わればやめるかもしれませんが、やる価値はあるかなと思います。

ということで、今回は、完成した姿を意識してもらうため、画像と動画を挿入した形でお届けします。とはいえ、まだ写真、イラストは集まっていませんし、エンドロールは出来上がっていません。ご容赦ください。

詳しいことは以下の記事をごらんください!

そして、意見、感想をいただければ幸いです!





『桃太郎』


作:横山黎


とある山のふもとに、桃の里と呼ばれる場所がありました。里の近くに、桃の木がなる森があるからです。

その里に生まれた桃太郎は、心やさしい元気な子。他の子どもたちだけでなく、森に住む動物たちとも仲良く遊んでいます。

特に仲良しなのは、イヌとサルとキジ。桃太郎はそれぞれ、バウ、ヤック、ケンと呼んでいました。

ある日の昼どき。桃太郎とお母さんは昼食を食べていました。お父さんは今いません。お父さんは、毎日、朝から夕方まで、森のなかで仕事をしているのです。

「桃太郎、今日は何をするの?」

お母さんは木の実を食べながらききました。

「今日は、バウたちと一緒に鬼ごっこをしようと思ってる」

「あんまり遠くへはいかないでよ」

お母さんの心配をかき消すように、桃太郎は「うん!」と大きな声で返事をしました。

「ねえ、お母さん。鬼ごっこって、なんで鬼ごっこっていうの?」

お母さんは手を止めます。

「桃太郎、悪いことをしたらどこに連れていかれる?」

「鬼ヶ島」

「そう。そこには何が住んでる?」

「鬼」

「そう。鬼はとても恐ろしい生き物なの。ひどい仕打ちをされる。そんな恐ろしい鬼から逃げるのが、鬼ごっこなの」

「ふーん。鬼って、悪いやつなんだね」

桃の里では、子どもが悪さをしたときや危険なことをしたとき、大人は決まって「鬼ヶ島に連れていくぞ!」と口にします。

桃の森をぬけると海に出ます。その海の向こうに浮かぶのが鬼ヶ島。そこには鬼という恐ろしい生き物が住んでいるのです。

「ごちそうさま!行ってきます!」

「気をつけてね!」

お母さんは家を出て、桃太郎を見送りました。


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バウとヤックとケンと一緒に遊ぶときは、里の北の方にある、ため池の前でいつも待ち合わせていました。桃太郎が着いたとき、すでに三匹はため池の前で待っていました。

桃太郎の予定通り、4人で鬼ごっこをすることになりました。鬼になったのはケン。桃太郎は森の方へ逃げました。

「よし。ここまで来れば、きっとつかまらないぞ」

しかし、森のなかはまるで迷路のよう。分かれ道と行き止まりの連続で、桃太郎はたちまち迷ってしまいました。

とうとう陽が沈み、あたりは闇に包まれます。

桃太郎の胸のなかは不安でいっぱい。おなかもすいたし、のどもかわきました。森のなかはしんと静まり、どこかで鳴いているふくろうの声だけが響きます。

あてもなく歩いていた桃太郎でしたが、途中で聞こえてきた川のせせらぎに耳をすませます。それをたよりに、川にたどりつくことができました。手で上手にすくって、のどをうるおします。

少し元気を取り戻した桃太郎はあたりを見渡します。大きな影を見つけました。近づいて確認してみると、川に面するように大きな木の家が建っていたのです。窓があったので、家のなかをのぞいてみました。

「これは!?」

桃太郎が何かを見つけたそのときでした。

ガサガサガサ。

後ろの方の草のゆれる音がしました。里のだれかでしょうか。森の動物でしょうか。

森のなかは暗いのでよく見えませんでしたが、現れたのは見知らぬ少女でした。桃太郎よりも背が低く、おかっぱ頭で、里のみんなと同じように浴衣を着ていました。

「キミは、だれ?」

桃太郎はたずねましたが、少女は首をかしげるだけです。

「どこから来たの? どうしてここにいるの?」

どんな質問をしても、少女は何も答えませんでした。桃太郎の言っていることが分からないのか、きょとんとしているだけです。

ガサガサガサ。

再び、草のゆれる音がしました。今度こそだれかが助けにきてくれたんだと期待しましたが、うかび上がったシルエットは人型ではありません。細く、長かったのです。

「ヘビだ!」

桃太郎は前にお父さんから聞いたことを思い出します。

「森のなかには毒を持った大きなヘビがいる。そいつにかまれたら毒が身体のなかを回ってしまうから気をつけなさい」と。

森の動物たちとも仲良しの桃太郎ですが、毒を持つとなると話は変わります。桃太郎は近くにあった小石を拾って、ヘビをめがけて投げました。

見事命中しましたが、そのせいでヘビは激しく怒りました。天に向かって叫びます。

「逃げよう!」

桃太郎は少女の手を取り、走り出しました。それと同時に、ヘビが後から追いかけてきます。暗い森のなかをあちらこちらへ走りまわります。
短い悲鳴が上がりました。

少女が石につまずいて転んだのです。手をつないでいた桃太郎もしりもちをつきました。

ヘビは二つに割れた舌を見せ、するどい目つきでにらみつけ、ゆっくりゆっくり近づきます。

少女は桃太郎のうしろにかくれました。ぶるぶるとふるえているのを、背中越しに感じます。

ヘビの動きは止まりません。桃太郎は少女の手をにぎり直しました。

怖くて一歩も動けなかった桃太郎たちでしたが、ヘビは急に動きを止め、近くの草むらへ、スルスルと消えていきました。わけは分かりませんが、どうやら助かったようです。

「ふう、危なかった……」

桃太郎は額の汗をぬぐいます。少女はほっとした様子で、胸をなで下ろしていました。そのとき2人は、お互いに手をつないでいることに気付き、突然恥ずかしくなって手をはなしました。

目を泳がせていた桃太郎でしたが、浴衣の裾からのぞく少女のひざにかすり傷を見つけました。

「けがしてるじゃないか!」

桃太郎が傷を指差すと、少女はコクリとうなづきました。

桃太郎は浴衣の袖口から小さなビンを取り出しました。それはお父さんからもらった薬です。けがしたところに塗ると、すぐに治ると教えてくれました。

それを手に取って、少女の足に塗ってあげます。

薬がしみたのか、少女は顔をしかめました。しかし、すぐに効果が表れて、かすり傷は治り、少女の足は元通りになりました。桃太郎は初めてこの薬を使ったのですが、想像以上の効果におどろきました。

少女は顔を上げ、言葉を話しました。

しかし、桃太郎は、少女が何を言っているのか理解できませんでした。里で使っている言葉ではなかったからです。モモタロウにとって話す言葉といえば、里でみんなが使う言葉。それ以外の言葉があることなど知りません。

しばらく少女は何かをうったえていましたが、桃太郎は理解できませんでした。何としてでも通じ合いたいと思った桃太郎は考えました。

(そうだ!名前なら、きっとどこの世界だって同じだ!)

桃太郎はもう一度、自己紹介することにしました。自分の鼻を指差して、自分の名前をゆっくりはっきり言いました。

「モ・モ・タ・ロ・ウ」

はじめこそ上手く言えていませんでしたが、何回かくりかえすうちに少女の発音はしっかりしてきました。

「モモタロウ!」

ついに少女はちゃんと理解してくれたのです。すると今度は少女が、自分の鼻を指差して、「キ、コ」と言いました。

「キコ?」

キコの顔はパッと明るくなり、大きくうなづきました。それから二人は、お互いの鼻を指差して、お互いの名前を呼び合いました。

「キコ!」

「モモタロウ!」

「キコ!」

「モモタロウ!」

何度も何度もくり返します。

名前を呼び合うたびに、2人の顔はほころんでいきます。

2人の笑顔が呼び寄せたのでしょうか、黒い雲にかくれていた月が顔を出します。森のなかに月明かりが差しこんできました。

月の光は、キコの白い肌を輝かせるのと同時に、森の闇にかくれていた秘密を影にして、道に伸ばしました。

「キコ、それって……?」

森の闇のせいで今まで気が付きませんでしたが、キコの頭の上に三角の形をした何かが2本、髪のなかからのぞいていました。そう、角です。

キコもそのときになって初めて、桃太郎の頭に角がないことを知りました。お互いが一歩ずつ、後ずさりをします。口を小さく開けたまま、一歩ずつ。

ケーン、ケーン。

突然、頭の上から鳴き声がしました。見上げると、ケンが羽をばたつかせています。まもなくして、お父さんと里のみんなが来てくれました。

「おい!桃太郎!探したじゃないか!」

お父さんは桃太郎を叱りつけました。桃太郎はうつむきながら謝りました。

「帰るぞ、モモタロウ」

お父さんが背を向けました。一歩をふみ出した桃太郎でしたが、思い出したようにふり返ります。しかし、そこにキコの姿はありませんでした。


月明かりにて照らされたキコ


桃の里のいたるところで、たいまつの火が灯っていました。夜更かしをする里のなかを、桃太郎はお父さんの背中をじっと見つめながら歩いていました。

家に帰ってから、桃太郎はお父さんにこっぴどく叱られました。いつものように「鬼ヶ島に連れていくぞ!」と怒られました。

桃太郎はうつむきます。

「お父さん、鬼って、角が2本あるんだよね」

「ああ、そうだ。それがどうした?」

「お父さん、ボク……鬼に会ったかもしれない」

お父さんは顔をしかめました。これにはお母さんも黙っていられません。

「桃太郎、鬼に会ったってどういうこと?」

「森のなかで会ったんだ。角の生えた女の子に」

お父さんとお母さんは顔を見合わせました。

桃太郎は森のなかでの出来事を話しました。キコという名前の少女とのひとときを両親に聞かせました。

「……それでね、キコはお月さまみたいに明るく笑うんだ。言葉は通じなかったけど、キコとならきっと友達になれると思う!」

「黙れ!」

お父さんがどなりました。家のなかの空気がこおりつきます。桃太郎は身体をこわばらせました。

「里のみんなでおまえを探しているときのことだ。森の向こうの浜辺で、船がとまっているのを誰かが見たらしい」

「船?」

「鬼だ。鬼の船だ。桃の森に入って、また桃をぬすんでいったにちがいない。おまえはそんなやつと友達になりたいと言うのか」

桃太郎は何も言えなくなりました。ぎゅっとくちびるをかみしめます。お母さんは桃太郎の肩に手を置いて、静かに語りかけます。

「桃太郎。里のみんなは、子どもたちのことを本当に大切に思っているの。だから、もう勝手なことはよして」

「でも……」

「これ以上、お父さんや里のみんなを困らせないで。鬼と友達になりたいなんて言わないの。分かった?」

「……はい」

返事はしたものの、桃太郎は納得したわけではありませんでした。


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数日後のよく晴れた日の朝、桃太郎はため池の前にいました。

近くに生えている笹をぬき取って、笹船をつくりました。静かに、ため池に浮かべます。木の枝で水面をたたき、小さな流れをつくると、笹船はゆっくりと動き始めました。

父親に叱られたからといって、モモタロウの好奇心は消えません。もう一度、キコに会ってみたい。鬼のことをもっと知りたい。その気持ちは日に日に大きくなっていきました。

とうとう我慢ができなくなったので、桃太郎は決意を胸に、このため池に来たのです。

まもなくして、バウとヤックとケンが現れました。あいさつもせず、桃太郎は小さな声で自分の決意を語りました。

「ボク……鬼ヶ島へ行こうと思う」

三匹はびっくりぎょうてん。目をまんまるにさせて、口をあんぐり開けました。桃太郎は三匹に、森でのことを話しました。そして、この前お父さんに言われたことも話しました。

「ボクは、もう一度キコに会いたいんだ。きっと友達になれるはずなんだ。言葉は通じなかったけど、きっと何か方法はある。それに……」

桃太郎はふりかえって、ため池の方を見ました。のぼり始めた陽の光が反射して、きらめいています。

「ボクは、鬼は悪いやつじゃないと思うんだ。キコは悪いやつと思えなかったから。でも、分からない。おとうさんの言うように、もしかしたら本当に桃をぬすんでいったのかもしれない。分からない。だから、確かめにいきたいんだ。鬼ヶ島に行って、確かめたいんだ」

桃太郎の熱い思いが届いたのか、三匹は協力してくれるそうです。

「みんなに見せたいものがあるんだ!一緒に来て!」

桃太郎が三匹をつれてやってきたのは、森のなかにある、あの木の家でした。窓をのぞいて、誰もいないことを確認すると、桃太郎は扉を開けました。なかをのぞいた三匹はびっくり仰天。

そこには5隻の船があったのです。

桃太郎があの夜に見たものは、船だったのです。

「これで、鬼ヶ島に行こうと思う」

興奮してきたのか、ヤックがはしゃいでいます。ケンはぐるぐる飛びまわっています。桃太郎もなんだか楽しくなって、笑顔がこぼれました。

四人で力を合わせて、小屋から船を出し、川に浮かべました。桃太郎とバウとヤックは船に乗り、空を飛べるヤックは先導係になりました。

「このままこの川を下れば、海に出る。みんな!準備はいいかい?」

三匹がおのおの声を上げます。

「さあ!出発だ!」

冒険の始まりです。


海を渡る船


きれいな青空が広がっていました。その下を、桃太郎たちを乗せた船が波にゆられています。船をこぎながら、桃太郎は考えごとをしていました。

キコのことです。

キコは、普通の人間のような見た目でした。髪もあったし、服も来ていました。違いといえば、ただ頭に角が生えていただけです。キコは本当に鬼なのでしょうか?

そもそも、キコが本当に鬼だとしたら、どうして森にいたのでしょう。鬼が住んでいるのは鬼ヶ島。森へ行くためには、今の桃太郎たちのように海を渡らなければいけません。

桃太郎はお父さんから聞いた話を思い出します。

里のだれかが、浜辺にとまっている鬼の船を見たそうです。それが正しいなら、キコはあの船に乗ってやってきたのでしょうか? 帰りもあの船に乗って、帰っていったのでしょうか? 無事に、鬼ヶ島へ帰れたのでしょうか?

ケーン!ケーン!

ケンの鳴き声に、桃太郎は我に返りました。

「ケン、どうした?……あっ!鬼ヶ島だ!」

そうです。海の向こうにポツンと浮かぶ島が見えたのです。鬼ヶ島にちがいありません。

ケーン!ケーン!

「よーし!もうすぐだ!頑張るぞ!」

桃太郎とヤックはさらに力を入れてオールをこぎました。

ケーン!ケーン!

ケンの声がやみません。

「分かったから、そんなさわぐなって」

ケーン!ケーン!

桃太郎は何かがおかしいと思いました。今までに聞いたことのないケンの声だと気付きました。何かをおそれているような、はりつめた声です。

次の瞬間、船が大きくゆれます。

モモタロウとヤックはこぐ手を止めました。

まるで海そのものがゆれているようです。

ゆれは止まらず、船はひっくり返り、桃太郎たちは海にほうり投げられました。空を飛べるケンは、羽をつかって桃太郎たちを助けようとしますが、力が弱いので引き上げられません。

ゆれは大きくなり、ついにバウとヤックが波の飲まれてしまいました。

鬼ヶ島までもうすぐというのに、ここで死んでしまってはなりません。

桃太郎はふんばりますが、どうすることもできませんでした。ふとふりかえると、進んできた方から巨大な波がおそってきました。

桃太郎もケンも、その波に飲まれてしまいました。





その頃、突然の地震におそわれた桃の里では、さわぎになっていました。
里の家は木やわらでできているので、ゆれに耐えられず、崩れてしまっている家は少なくありません。たいまつ台も倒れていました。

里のみんなは家族がちゃんと全員そろっているのか、確認し合っています。

「オレたちの家族は大丈夫だ!」

「こっちもみんないる!」

「子どもたちは無事か!?」

まもなくして、住人の安否が確認できました。みんな大きなケガせず、無事でした。しかし、ただ一人、行方の分からない者がいたのです。

お父さんはため池の前にたたずんでいました。そばに生えている笹の葉をじっと見つめていると、里の南の方を探していたお母さんが走ってきました。

「あなた!見つかった?」

お父さんは歯をくいしばり、首を横にふります。

「桃太郎……どこ行ったのよ……」

お母さんはがっくりとうなだれます。2人の間を冷たい風が通りぬけました。

「鬼に、さらわれたのかもしれない」

「え?」

「この前、鬼の船が来たのは、里の誰かをさらうための下見に来ていたんだ。キコとかいう鬼の娘にたぶらかされて、桃太郎は鬼に連れ去られたんだ」

お父さんの言葉を聞いて、お母さんの目から涙がこぼれ落ちました。たおれるように地面に座り込み、頭をかかえながら、おえつをもらしています。

異変をさとった里のみんなが、2人の前に集まってきました。

「ふたりとも、どうしたんですか?」

「桃太郎は無事だったの?」

里のみんなが質問を重ねてきます。何も言わないお父さんと、泣き続けるお母さんに、里のみんなの顔がくもっていきます。

「鬼にさらわれた!」

水を打ったように静かになりました。お母さんの泣き声だけが残ります。里のみんなの顔が恐怖でひきつります。

「桃太郎は鬼にさわられたんだ。だから、オレは……」

お父さんがふりかえりました。

「鬼ヶ島へ行こうと思う」


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桃太郎は目を覚ましました。青い空に白い雲が浮かんでいます。風に乗って、波の音が耳に届きます。起き上がろうとしましたが、全身に痛みを感じて、横になったままでいました。

服がぬれています。桃太郎は思い出しました。突然船がゆれ出し、大きな波にのまれたのです。

「みんな!」

モモタロウはガバッと起き上がりました。全身が痛みます。

あんなに荒れていた波はおだやかになっていて、砂浜に寄せては返しをくり返しています。

波打ち際に何かの影を見つけました。痛む身体をふるい立たせて、そばへかけ寄ります。

「バウ!」

桃太郎はバウの身体をゆすりました。はじめは反応がなかったのであせりましたが、まばたきをしたのを見て安心しました。

そのあと、あたりを散策していると、ヤックとケンも見つかりました。意識がない状態でしたが、二匹とも目を覚ましました。

「一時はどうなるかと思ったけど、どうにか鬼ヶ島にたどり着いたみたいだよ」

見上げると、大きな岩の壁が立ちはだかっています。ものものしい雰囲気がただよう光景に、桃太郎たちは息を飲みました。

島のなかへ入れそうな場所を探していると、岩の壁に大きな穴を見つけました。穴のなかへ風が通り過ぎていきます。

そこは洞窟になっており、向こうへと続いているようです。桃太郎は闇のなかへふみ入れました。思ったより洞窟は長くなく、すぐに光が見えてきます。

洞窟を抜けると、目の前には見たことのない景色が広がっていました。美しい田んぼに畦道がのびています。色とりどりの花が咲き、小鳥のさえずりが聞こえてきました。

「キレイな場所だ。ここは本当に、鬼ヶ島なのかな……」

桃太郎たちはまわりの景色を見渡しながら、ゆっくりと歩いてきました。
目の前に気配を感じます。バウが吠えました。

桃太郎の前に、青い鬼がいたのです。頭から強く固そうな角が二本生えていました。おそろしい顔で何か言われましたが、桃太郎は理解できませんでした。

青鬼は叫びました。

鬼はどんどん集まってきます。

赤い鬼、黄色い鬼、緑の鬼。

強そうな身体の鬼たちが金棒を持って集まってきて、あっという間に桃太郎たちを囲んでしまいました。

「ボクは桃の里の桃太郎!あやしいものじゃないんです!話がしたいだけなんです!」

桃太郎がいくら訴えても、言葉の通じない鬼たちは理解してくれません。このままではやられてしまう、そう思ったときでした。

「モモタロウ!」

聞き覚えのある声のした方を見ると、そこに立っていたのはキコでした。

「キコ!」

「モモタロウ!モモタロウ!」

キコは何度も名前を読んでくれました。

キコが他の鬼たちに説明してくれたおかげで、桃太郎たちは難をのがれました。鬼たちは納得のいっていない様子でしたが、金棒を下しました。

キコは桃太郎のそばにかけよってきます。

「モモタロウ! ワタシ、ニンゲンノ、コトバ、スコシ、オボエタヨ」

「本当だ!すごい!」

「モモタロニ、マタアエテ、ウレシイ」

「ボクもまたキコに会えてうれしい!」

2人は笑いました。あの夜のことを思い出します。キコが無事でよかった。キコが名前を覚えてくれていてよかった。そして、キコの正体は本当に鬼だったことに驚きました。

キコの後ろから、だれかがゆっくりと歩み寄ってきます。背中の曲がった、黒い鬼です。髪とひげが白く、目は細く、おじいちゃん鬼のようです。

「人間の子どもか……ついてきなさい」

黒鬼が背中を向けて歩き始めたので、桃太郎たちは言われた通り、後をついていきました。


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その頃、お父さんは里のみんなを引き連れて森のなかにいました。川の流れる音のする方へ歩いています。

「みんな!川に着いたぞ!」

「のどがかわいたから、一休みだ」

川のそばに近寄った男が、ふと視線を右にやりました。

「トウジさん、あの木の家は何ですかい?」

「船小屋だ」

里のみんながざわざわし始めました。

「オレはひそかに船をつくっていた。いつかこんな日が来ると思ってね。最近は特に鬼の悪事が目立つ。桃の森を守るためにも、大事になる前に鬼を退治する必要があった。そのためには、船をつくらなければいけなかった」

お父さんは木の家をじっと見つめています。その背中を、里のみんなはだまって見つめていました。

ガサガサガサ。

「誰だ!?」

里のだれかが叫びました。ゆれた草の向こうから現れたのはヘビでした。桃太郎をおそった、例のヘビです。あの夜と同じように、鋭い目つきで人間たちをにらみつけています。

「毒ヘビです!退治します!」

やりを持っていた若い男が、一歩をふみだそうとしましたが、お父さんは「待て」と言って、彼を止めました。

「そこの草むらにはそいつの根城がある。この前来たとき、卵を産んでいた。きっと今は、そいつもだれかの親だ」

「し、しかし、毒ヘビですよ!」

「子どもを守りたいだけだ。下手に刺激しなければ、かまれる心配もないだろ。子どもを思う気持ちは、人間も動物も同じだよ」
お父さんの言葉に、若い男はやりを下しました。

「みんな聞いてくれ!桃太郎は鬼にさらわれた!オレは自分の息子を命がけで守りたい!我が子のために、力を貸してくれる者がいるのなら、共に船に乗ってほしい!共に鬼退治をしてほしい!」

お父さんの熱い言葉に、里のみんなは胸を打たれました。

「よし!みんな!鬼ヶ島に行くぞ!」

「武器になるものを準備しろ!」

「一刻を争う!準備ができたらすぐ出発だ!」

里のみんなは、一度里に帰って武器を準備する者と、万が一のときのための桃を集める者と、船の準備をする者とに別れました。

お父さんは船小屋の扉を開けます。なかに入り、さっそく準備にとりかかりました。そのとき、船が一隻ないことに気付きました。


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桃太郎たちが案内されたのは、鬼ヶ島で一番立派なお屋敷。黒い鬼の住んでいる家です。

バウたち三匹は、屋敷の外で待つことになりました。はじめは少し不安そうでしたが、鬼の子どもたちになつかれて、一緒に遊ぶことになりました。

桃太郎はとても広い部屋に通されました。部屋に入った瞬間、壁にそって座っていた鬼たちににらみつけられました。

桃太郎はおそるおそる畳の上に正座しました。その前に黒鬼が座りこみ、あぐらをかきます。そばには小さな机が置かれ、その上には湯呑がふたつ並んでいました。

「おいしい水だ。せっかくだから飲みなさい」

桃太郎は礼を言って、湯呑に手を伸ばしました。水を飲んで、少し緊張がほぐれた気がします。

「わしはライデン。この鬼ヶ島のおさだ。キミは名前をなんという」

「モモタロウ!」

横にいるキコが叫びました。桃太郎は少し照れながら、自分でも名乗りました。

「ライデンさんは人間の言葉が分かるんですね」

「わしだけじゃない。ここにいる鬼たちも理解している。民の上に立つ者はあらゆる知恵が必要だからな。それはともかく……」

ライデンはせきばらいをはさんでから言いました。

「どうしてこの地へ来た?」

「キコに会いたかったからです」

部屋にいる鬼たちが、一斉にキコの方を見ました。キコは目を丸くして後、恥ずかしそうにそっぽを向きました。

「それと、確かめたかったからです。鬼ヶ島とはどんな場所か。本当に鬼は悪者なのか」

「ほう……」

ライデンはあごをさすりました。

「ボクは桃の里という場所で生まれました。里のみんなは、鬼は悪いやつだっていうんです。だから、ボクもそう思っていました。キコに出会うまでは」

桃太郎はキコの方をちらりと見ました。

「少し前に、森のなかで会ったんです。言葉は通じなかったけれど、お互いに名前だけは分かって、それだけで分かり合えた気がして、楽しかったんです。そのときボクは思いました。鬼は悪者なんかじゃない。きっと、もっとなかよくなれるんだって。でも……」

「でも?」

「あの夜、里のだれかが見たって言うんです。桃の森の近くの浜辺にとまっていた鬼の船を。きっと桃をうばいにきたにちがいないって言うんです」

ライデンはだまったままです。

「だけど……どうしても信じられなくて。キコみたいに、鬼はやさしい生き物のはずだって思って、そんな桃をうばうとか考えられなくて……だから、確かめに来たんです」

しばらく沈黙の時間が続きました。その間、桃太郎はライデンの目をじっと見つめていました。そのまなざしに誠意を感じたライデンは何かに納得した様子で、昔話を語り始めました。

「その昔、鬼と人間は共に暮らしていた。キミが生まれた桃の里でな。しかし、あるとき突然その平和がこわされてしまった」

「何があったんですか?」

「鬼の子どもがいじめられていた。角があるから。肌の色が違うから。そんな理由で、人間の子どもたちからなぐられたんだ」

それを聞いて、桃太郎は少し目をそらしました。

「しかし、鬼の子どもはいじめられっぱなしではなかった。そばにあった石を投げ、木の枝を武器にして、戦ったんだ。結果、人間の子どもは死んでしまった。それが引き金になって、鬼と人間は真っ向から対立。いくさが始まった」

「それで……どうなったんですか?」

「おまえさんたちは鬼をどんな風に理解しているか定かではないが、鬼は図体が大きいだけで、人間よりも強くない。いくさに勝ったのは人間だよ。生き残った鬼は数えるほど。その者たちには、島流しの罰をあたえられた。そうして鬼たちは暮らし始めたんだよ。この鬼ヶ島で」

桃太郎は何も言えませんでした。そんな歴史があったことなど、今まで全く知りませんでした。

「ライデンさん……その話って、本当に、本当なの?」

「ああ。もちろんだ。何せ、そのいじめられっこというのが、このわしだからな」

桃太郎は驚きました。ライデンが語っていたのは、誰かから聞いたうわさ話ではないのです。人生そのものだったのです。

「その後、鬼は死にものぐるいで働き、この島をゆたかにした。田んぼをつくって米をとり、海に入って魚をとった。そのために必要な道具も自分たちでつくったんだ。しかし、どうしてもつくれないものがあった」

「つくれない、もの?」

「薬だよ」

ライデンは一度水を飲んで、のどをうるおしました。

「鬼も病におかされる。それを治すすべがなかったんだ。かつて桃の里に住んでいた鬼たちも、もちろん桃が薬であることは知っていた」

「え、桃って、薬なの?」

「なんだ。知らんのか。桃は神聖な果物。それを食べれば、どんな病気も、どんな傷も治ってしまうんだ」

桃太郎はお父さんからもらったビンのことを思い出します。薬とは聞いていましたが、桃だとは知りませんでした。ビンのなかに入っていたのは、すりつぶした桃だったのです。

ライデンは話を続けます。

「桃がなるのは、海をへだてた向こうの森の木。海を渡るのは危険だ。それでも、病におかされた者をみすみす死なせるわけにはいかない。桃がなくなったら、海を渡り、桃をとってかえる。それが、真実だ」

桃太郎ははっとしました。

「じゃあ、あの夜も?」

ライデンは深くうなずきます。

「桃をとるために桃の森へ向かった。だから人間の目には、鬼が桃を奪っているように映っただろうな。ただ、わしらも生きなければいけない。仕方がないことなんだよ」

「ライデンさん。ボクたちは知らないことばかりだった。それなのに知ろうともせずに勝手に鬼は悪者だって決めつけていたんだ……ごめんなさい!」

桃太郎は深く頭を下げました。

「頭を上げなさい」

言われた通りに頭を上げると、ライデンはやわらかくほほ笑んでいました。

「人間の子どもが来たと聞いたときは、またいくさでも始まるのかと思った。直前に、島が大きくゆれたからな。何かよからぬことが起こるとおそれていた。だが、どうやら思い過ごしだったようだ。キミのような人間に出会えて、とてもうれしく思う」

「ウレシイ! ウレシイ!」

キコがはしゃぎます。

「桃太郎、今夜はゆっくりしていきなさい。ごちそうをふるまおう」


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夜の宴は、酒場にある広い部屋で行われました。鬼ヶ島に住む鬼たちが一つ屋根の下に集まります。

「おいしい!なんだこれ!」

桃太郎が食べたのは、白く光る豆のような食べ物です。しかし、豆のように固くありません。やわらかくもっちりとしているのです。

「それは、白米っていうんだ」

緑の鬼が教えてくれました。モモタロウが鬼たちに囲まれていたあたりには田んぼがありました。今は青く茂っていましたが、涼しくなったら、こうべの垂れた稲を収穫するのです。

「なあ、桃太郎、食べるときは、箸を使うんだぞ」

緑の鬼がお盆の上にある2本の棒を指差しました。桃太郎はぽかんとしていましたが、箸の持ち方をていねいに教えてもらい、上手く使いこなせるようになりました。

「これ、固いんだね」

桃太郎は箸をカチカチと鳴らしました。

「鉄でできているからな」

「鉄?」

「なんだ知らないのか。金属の一種だよ。とにかく固いやつだ。鬼ヶ島の山の上の方に、たたら場ってところがあってな。そこでつくっているんだ。その箸も、鬼たちが持っている金棒も、桃の森に行くときに使う船も、全部鉄でできているんだぜ」

「ふーん。そうなんだ」

そのあとも、桃太郎は鬼たちにいろんなことを教えてもらいました。鬼たちはみんなやさしくて、面白くて、ずっとしゃべっていました。

しかし、冒険のつかれが出たのか、宴をしばらく楽しんだのち、モモタロウの意識は遠のいていきました。


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真夜中になって桃太郎は目覚めました。目をこすりながら、ゆっくりと起き上がります。となりにはバウとヤックとケンがすやすやと眠っています。良い夢でも見ているのでしょうか、みんな気持ちよさそうな顔をしていました。

ごちそうをたらふく食べ、鬼たちとたくさんしゃべり、そのまま眠ってしまったのです。

あたりを見渡します。客室のような部屋で寝かされていたようです。

桃太郎はふと思い立って、外へ出てみました。目の前には海があり、ふりかえってみると山がそびえていました。

しばらく散歩していると、村のはずれに大きな岩がありました。その上に、小さな影を見つけます。

「モモタロウ!」

声を聞いてすぐに分かります。小さな影の正体はキコでした。桃太郎も大きな岩の上にのぼり、キコのとなりに座りました。

「こんなところで何してるの?」

「ワタシ、オツキサマガ、スキ」

キコは見上げました。そこには銀色に輝く月が浮かんでいました。

「ネガイゴト、カナエテクレル」

「願いごと?本当に?」

キコは首をたてにふります。

「オカアサン、ビョウキ、ナオッタ」

キコはあの夜のことを話してくれました。

前の満月の夜、キコのお母さんは原因不明の病気に倒れたのです。咳が止まらず、高い熱にうかされていました。お母さんが元気になるように、その夜、この場所で満月に祈ったのです。

しかし、その頃、鬼ヶ島では深刻な薬不足におちいっていたので、桃の森へ行って桃をとりにいく必要がありました。鬼の上官の命令で、若い鬼たちが海を渡ったのですが、そのとき、キコもかくれて船に乗り込んだのです。

自分のお母さんの病気を治すため、いてもたってもいられなくなり、船に乗ったと言います。海の上でキコの存在に気付いた若い鬼たちは困りましたが、後にはひけず、そのまま連れていくことにしました。

浜辺について、キコに船から出ないで待っていろと命令して、若い鬼たちは森のなかへ入っていきました。しかし、キコはがまんできなくなり、船を出てしまったのです。自分の手で、桃を手に入れたかったのです。

しかし、道に迷ってしまいました。不安に押しつぶされそうななか、あてもなく歩いていると、その先に桃太郎がいたのです。

「そうだったんだね。あのあとは、ちゃんと帰れたの?」

「ウン。ミンナガ、ミツケテ、クレタ」

「よかった。急にいなくなったから心配したんだよ」

「ゴメン、ナサイ」

「無事ならそれでいいんだ。それで、キコのお母さんの病気は治ったの?」

キコは三回も首をたてに振りました。若い鬼たちが持ち帰った桃を薬にして、お母さんの体調は回復したのです。

「そうか。本当に願いごとが叶ったんだね」

「ウン。モモタロウ、ネガイゴト、ナニ?」

桃太郎は夜空を仰いで、目を細めます。

「いつか、里のみんなと鬼たちで楽しく暮らしたいな」

桃太郎の言葉を聞いて、キコが笑顔になりました。この世のきれいなものが全部つまったような、そんな笑顔になりました。

「ワタシモ、クラシタイ」

キコは月に向かって手を合わせ、目をつぶりました。桃太郎もそれにならいました。心のなかで、夢をつぶやきました。

そのときです。

カン!カン!カン!カン!

緊急事態を知らせる鐘の音が鳴りました。島全体が騒がしくなってきます。

桃太郎とキコは不安そうに顔を見合わせました。

「行ってみよう!」

2人は走り出しました。


スクリーンショット (226)


鬼ヶ島は混乱していました。里のみんなが鬼ヶ島にやってきたのです。鬼退治にやってきたのです。

すでにいくさが始っていました。里のみんなは槍や鍬を武器にして、鬼たちは金棒を武器にしてたたかっています。

桃太郎がかけつけたとき、道端にたおれている鬼がいました。すでに被害は出てしまっているのです。

「どうしてみんながここにいるんだ……どうして鬼とたたかっているんだ……」

桃太郎はわけがわかりません。

「進め!」

その一声に、里の人間が前進しました。指揮を取っている人物を目にして、桃太郎は息がつまりました。

「お父さん……?」

何が起こっているのか、ますます分からなくなってしまいました。となりにいるキコも、顔をゆがませています。

その2人のすぐ近くで、鬼たちが何かを準備しています。細長い筒状のもので、持ち手が少し曲がっています。

鉄砲です。

鬼たちは弾をつめこみ、ねらいをさだめて撃ちました。大きな音がしたかと思えば、遠くの方から、うめき声が聞こえてきました。

鉄砲使いの鬼は、次々と弾をこめては、撃っていきました。このままでは里のみんなが全滅してしまいます。どうにかしていくさを止めなければいけません。

桃太郎は意を決し、恐怖をかえりみず、走り出しました。鬼と人間のあいだにわって入ります。

「みんな!やめてよ!」

桃太郎の姿を目にして、里の人間の動きが止まりました。鬼たちも同じように止まり、鬼ヶ島は夜の静けさを取り戻しました。

「桃太郎! 大丈夫か? ケガはないか?」

お父さんがあわてて前に出てきました。

「ボクは大丈夫だよ。それより何してるの? なんで鬼とたたかっているの?」

「……おまえを守るためだ」

鬼たちをにらみながら、お父さんは答えました。

「キミは鬼にさらわれたんだろう? 悪い鬼をたおすために、キミのお父さんが鬼退治しようと声を上げたんだ!」

槍を持った若い青年が叫びました。右肩をケガしています。

「ボクは自分で鬼ヶ島に来たんだ! キコと友達になるために!」

桃太郎をはじめ、里のみんなは言葉を失いました。冷たい風がすりぬけていきます。黒い雲が満月を汚していきました。

「あいつら何を話しているんだ」

「まさか人間の子どもをおとりにしたってことか」

「油断させておいて、後でたおそうと思っていたんだな」

「最初から鬼を退治するのが目的だったのか」

鬼の群れから、そんな声が聞こえてきます。桃太郎はふりかえり、あわてて叫びました。

「違う!ボクはそんなことしないよ!」

少し前まで一緒に宴を楽しんだ仲だというのに、どうして対立しなければいけないのでしょう。桃太郎の説得もむなしく、鬼の疑念は晴れません。銃口は桃太郎に向けられました。

ダンッ!

大きな音がしたとき、桃太郎は地面にたおれこんでいました。キコが体当たりしてきたからです。そのおかげで弾をよけることができましたが、キコのおなかに命中してしまいました。

「キコ!」


スクリーンショット (226)


桃太郎はキコのそばへ駆けよりました。浴衣のおなかのあたりがぬれています。地面に青い血が流れ落ちていきます。

「そんな……キコ!しっかりして!」

息はありますが、痛みで顔はゆがみ、ぐったりしています。桃太郎は自分の浴衣の袖口から薬の入ったビンを取り出そうとしました。しかし、ビンがありません。波に飲まれたとき、流されてしまったのでしょう。

「お父さん!桃をちょうだい!キコを助けたいんだ!」

「鬼の娘にやるものか。桃太郎、早くこっちへ来い!」

「どうしてだよ!どうして助けてくれないんだ!」

「鬼はおそろしい生き物だ。退治する必要が……」

「違う!」

お父さんの言葉をさえぎります。

「ボクはここに来て知ったんだ。鬼はやさしい生き物だって。みんなは鬼を悪者だって言っていたけど、全然そんなことない。知りもしないくせに、悪いうわさだけ流して、なんでこばもうとするんだよ!」

桃太郎の叫びが、こだまします。

「ボクは思うよ。この世界に悪い鬼がいるとしたら、それはみんなの心のなかにいるって。知らずぎらいしたり、人と違うことをバカにしたり、うそをついたり、自分のことばかり考えたり……。退治するべきなのは、そういう悪い気持ちなんだ!」

お父さんが目をそらしました。里のみんなも、視線を泳がせます。

「おねがいだよ! 桃を渡してくれよ! このままだと、キコが死んじゃう!」

桃太郎は泣きながら、叫びました。

しかし、里の人間はしぶっています。

本当に桃を渡していいものか。

鬼の子どもを救っていいものか。

鬼と共に生きるなんてできることなのか。

いくつもの迷いが、みんなの頭のなかにめぐっているのです。

そのときでした。

まぶしい光が差し込みました。

水平線の向こうから白い太陽が顔を出し、新しい日の始まりを告げたのです。

海はきらめき、空はかがやき、島は静けさに包まれました。

人間も、鬼も、動物も、島にいる全ての者が、えもいえぬ美しさを目にしたのです。

同じ空の下に生きていることを、自覚したのです。

足音が聞こえてきます。

「お父さん……」

「目が覚めたよ。船小屋に船が一隻ないことに気付いたとき、もしかしたら桃太郎が自分で鬼ヶ島に向かったのではないか、その可能性が頭をよぎった。でも、すぐに考えないことにした」

お父さんの肩がふるえています。

「いつのまにか、鬼が悪者だと決めつけていた。だから、桃太郎がいなくなったのは、鬼の仕業に違いない、そう思ってしまった。ろくに確かめもせず、鬼退治しようと思ってしまった」

お父さんは右手を差し出しました。その手には、桃がありました。

桃太郎は涙をぬぐい、桃を受け取ると、近くにいた鬼に頼んで、金棒で割ってもらいました。粉々になった桃のカケラをひとつつまんで、キコの口に入れます。

「キコ……起きてよ……」

桃太郎が身体をゆすると、キコはゆっくりと目を開けました。何度かまばたきをして、桃太郎の顔を見ると、にっこりと笑ったのでした。

鬼の群れからひとりの鬼がやってきました。ライデンです。お父さんの前まで来て、手を差し出しました。お父さんはその手をにぎり、新しい時代の夜明けを告げました。

「共に、生きよう」


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桃太郎のおかげで、人間と鬼が仲直りをすることができました。桃の里、鬼ヶ島、それぞれの生活に新しい風が吹き始めたのです。

共に豊かになっていくため、貿易をすることにしました。鬼ヶ島からは米や魚や鉄を、桃の里からは獣の肉や木の実、桃を輸出します。

また、和解のしるしに、鬼ヶ島にも桃の木を植えることにしました。森に生えている桃の木を何本か、鬼ヶ島に移したのです。果実が実れば、鬼ヶ島で病人が出たときに、すぐに治療できるようになります。

3年後、鬼ヶ島に桃の花が咲きました。

そのお祝いに、鬼ヶ島で春の宴を開くことになりました。桃の里の人たちも、森の動物たちも、みんなで鬼ヶ島に集まります。

鬼たちが鉄の船に乗ってむかえにきてくれて、鬼ヶ島まで連れて行ってくれるのです。

春の宴は大盛り上がり。

広場につくられた舞台の上では、踊りをおどったり、歌をうたったり、様々な見せ物が披露されました。

酒場では、大人たちが杯を交わし合い、顔を赤くしています。

浜の方では、子どもたちが水あそびをしています。

桃太郎とキコのふたりは、村のはずれの大きな岩の上に座り、青空を見上げていました。

「みんな楽しそうだね」

「うん。桃太郎のおかげだよ。ありがとう」

桃太郎は首をふりました。

「違うよ。キコのおかげだよ」

「どうして?」

「あの夜、森でキコに出会わなければ何も始まらなかったし、ここで願いごとを叶える方法を教えてくれたから、みんな仲良くなれたんだ」

キコの視線に気づきます。その目は少し光っていました。桃太郎はキコの手をにぎり、快晴のような笑顔で言いました。

「これからもずっと一緒だ。生き合っていこう」



















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