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芥川龍之介『藪の中』の真実。

――登場人物たちの精神的欲求から生まれる、登場人物それぞれの真実によって構成された物語で、揺るぎようのない事実は藪の中である。それが、『藪の中』の真実なのではないでしょうか。


人生は物語。
どうも横山黎です。

今回は「芥川龍之介『藪の中』の真実」というテーマで話していこうと思います。


◆芥川龍之介『藪の中』


大学の授業で芥川龍之介の『藪の中』を研究することになり、最近あれこれ調べていました。

黒澤明監督の映画『羅生門』のモデルになったことで有名な作品です。「真相は藪の中」というフレーズは今にも残っていますが、その由来となった作品でもあります。

7人の登場人物の証言や告白を照らし合わせると、どうしても矛盾が生じてしまい、真相がわからなくなってしまうという物語です。

これまでにも真相解明に乗り出した研究者は少なくないんですが、真相を探ることが『藪の中』の楽しみ方なのでしょうか。推理小説のように、犯人捜しをすることは好ましいことなのでしょうか。

今回はそんな話をしていきたいと思います。


◆原典と比較して見えてくるもの


『藪の中』は、『今昔物語』の『具妻行丹波国男於大江山被縛語』という物語をもとにしてつくられた物語です。

これ、どんな話か、さらっと語りますね。


ある夫婦が山道を歩いていると、一人の男(盗人)と出会います。夫は盗人の名刀を手にすれば大した稼ぎになると考え、自分の弓矢と交換するのです。その後、盗人は夫をその弓矢で脅迫し、木の幹に縛り付けます。

盗人は妻に魅せられて凌辱するに至ります。事の終わり、盗人は妻の着物を取らずに逃げ去ったのですが、妻は夫に対して「頼りない人」といいつけます。

語り手は、妻の着物を取らずに逃げ去った盗人の行動を立派だといい、大した稼ぎになると思い名刀と弓矢を交換した夫の行動を愚かだというのです。


この『今昔物語』、何を伝えたいのかを僕なりにまとめると、「経済的欲求(物理的欲求)って悪行だよね」ってことです。



一方、『藪の中』はどうでしょう。

『藪の中』にも同じようなエピソードが含まれています。「多襄丸(盗人)の告白」の章で、多襄丸が語っているのです。

しかし、多襄丸は「たとひ男は殺しても、女は奪はうと決心しました」とあるように、色欲が動機なのです。

流れを整理すると、、、

『今昔物語』

取引

男を脅迫

女を奪う

『藪の中』

女に惚れる

取引

男を脅迫

女を奪う

こんな感じです。

『藪の中』では、女に惚れてから取引を持ち掛けているんですよね。「物質的欲求」をテーマにしていた『今昔物語』とは明らかに違う点です。


『藪の中』は「精神的欲求」がテーマなのです。



◆登場人物は事実を語っていない


登場人物たちはそれぞれの精神的欲求に基づいて、物語を語っているのです。たとえ事実とは違えど、自分の都合のいい物語を伝えようとしているのです。


たとえば、媼(妻の母親)の物語では、自分の娘を良く見せようという欲が現れています。「勝気な女」であると認めつつも、夫以外に関係を持った男はいないと言いうことで、純情な娘であることを訴えているのです。最後には、美人の特徴とされていた「瓜実顔」といっています。


また、盗人である多襄丸は、妻を手に入れようと躍起になっていましたが、途中から夫に勝つことで自分の矜持を満たしたい欲の方が勝ってしまいました。よって、現実ではありえないのに、20合以上、夫と刀で切り結んでいたと証言していますし、しまいには昂然とした態度をとっているんですよね。


こんな感じで、自分の欲に従って、自分に都合のいい物語を展開しているのです。


したがって、事実を語っているわけではないから、推理小説としての側面は持っていないし、真実を追求することは野暮だといえるのです。


登場人物たちの精神的欲求から生まれる、登場人物それぞれの真実によって構成された物語で、揺るぎようのない事実は藪の中である。それが、『藪の中』の真実なのではないでしょうか。


最後まで読んで下さりありがとうございました。

【#345】20220610 横山黎



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