父親の役割って何だろう?

私たち父親は、いつから父親になるのでしょうか?

母親は子どもが産まれた瞬間に母親になると言われ、父親は育児を通して少しずつ父親になっていくとも言われます。

では、子育てに向き合っていれば自動的に父親になれるのでしょうか?

いま、『父性』が失われているそうです。

『父性』とは何なのか。

どうすれば『父性』を失わずに済むのか。

私たち父親はどうしたら『父性』を持ち、父親の役割を果たせるのか。

そんなことを考えてみました。

私の(現時点での)結論は、人生を楽しむ姿を見せるのが父性であり、父親の役割である、ということです。


『父性』と『母性』

では、『父性』とは何なのでしょうか。

『父性』を説明する前に、『母性』の定義を確認しておきたいと思います。

母性原理とは「包む」原理をいい、やさしさ・受容・保護などを意味する。(濱嶋朗ら編:社会学小辞典)

『母性』としてイメージされるのはこういうものではないでしょうか。

子どもが何をしても、やさしく包み込んでくれるやさしさ。

これが『母性』です。

では、『父性』とは何なのでしょうか。

父性とは、子育てにおいて、父親に期待される資質のこと。子どもを社会かしていくように作動する能力と機能です。母性が子どもの欲求を受け止め、満たして子どもを包み込んでいくことを指すのに対して、子供に我慢や規範を教え、責任主体とし、理想を示すものとされます。(樺沢紫苑:父滅の刃)

一言で言うと、厳しさを教えるのが『父性』といったところでしょうか。

磯野波平なんかが浮かびます。

そんな父親、現代にはあまりいませんよね。

そう、この『父性』が失われているのが、現代なのです。


現代における父親像

上述の『父性』を持った父親は、現代では非常に少数派だと思います。

我が子が悪いことをしても注意できない父親、子どもと真正面から向き合うことを避けてしまう父親が増えているそうです。

こうなってしまったのには社会情勢や人間関係、父親と母親の役割の変化など、様々な要因があるようです。

では、これから父親になっていかなければならない私たちは、どうしていったら良いのでしょうか?

私は冒頭で、人生を楽しむ姿を見せるのが父性であり、父親の役割であると書きました。

ここには、次のような意味合いを込めています。

■育児を含めて、何でも楽しむべきである

■自分で目標を定め、そこに向かって努力する姿を示すべきである

■子どもと全力で遊ぶべき(それを楽しむべき)である

■社会の中で生きる姿、それを楽しむ姿を示すべきである

■自分自身の成長を楽しみ、その姿を示すべきである

〜べきであると書いたので堅苦しい感じになってしまいましたが、要するに人生における全てのイベントを楽しんだ方が良いよ、その姿を子どもに見せたいですねって話です。

星一徹のようなひたすら厳しい父親、支配的な父親は現代にはそぐわない父親像ではないでしょうか。

それが、息子を想ってのことだとしても、一歩間違うと虐待です。大リーグ矯正ギブスとか(笑)

もちろん、悪いことを悪いと教える厳しさは必要です。

しかし、子どもとの関係性ができていなければ、子どもに尊敬・信頼されていなければ、注意の言葉も子どもの耳には入らないのではないでしょうか。

子どもに「俺のことを尊敬しろ!」と言ったところで無意味です。

父親が人生を楽しんでいる姿を見せて、その中で子どもとも全力で向き合うからこそ、注意の言葉が子どもに対して説得力を持つのではないでしょうか。


『父性』と『母性』を併せ持つ父親

『父性』『母性』と言っているので、『父性』は父親のもの、『母性』は母親のものと思われがちです。

しかし実際には、父親にも母親にも、それぞれ『父性』と『母性』が備わっているものです。

問題は、それがどのようなバランスになっているかです。

父母ともに『母性』が強すぎ、何でも許してしまう。

家の外に出ていくことを推奨せず、子どもを安全な家の中に抱え込む。

これでは一生家にいたくなってしまいますよね。

逆に、父母ともに『父性』が強すぎ、厳しすぎる。

家の中にいることを許さず、社会に出ていくことばかり強要する。

これでは社会の中で失敗したときに帰る安心できる場所がなく、失敗することを極端に恐れたり、挑戦することが嫌になってしまいます。

適度に優しく、適度に厳しく。

家庭というのも一つの社会であり、システムです。

母親と父親が役割分担しながら、子どもに『父性』と『母性』の両方を持って接することができる。

このために私たち父親になった(これからなる)者は、子どもとの向き合い方をしっかりと考えておくべきだと思います。


父滅の刃

こんなことを考えるきっかけになったのは、樺沢紫苑さんの著書、『父滅の刃』という本を読んだことです。

本書では、映画やアニメ、マンガを歴史の流れから紐解き、『父性』がどのように描かれてきたか、それはどのように変化してきているのかが考察されています。

『スターウォーズ』シリーズや、『ONE PIECE』、『ゲド戦記』や『崖の上のポニョ』といったジブリ作品、そして最終的に『鬼滅の刃』などなど。

ちょっと見方を変えると、映画もアニメも非常に多くの教訓やメッセージが含まれていることに気付かされます。

誰もが知る映画やアニメを『父性』と『母性』を軸に考察される本書。

本書には、「父親はどうあるべきか?」「父性はどうあるべきか?」、その答えは書いてありません。この本は、あなたに「父親はどこへ消えたのか?」を考えていただく「きっかけ」にするために書きました。(樺沢紫苑:父滅の刃)

著者もこう書かれているように、明確な答えは書かれていません。

きっと私たち父親ひとりひとりが自分なりの父親像を考え、創っていかなければならないのだと思います。

樺沢氏の映画やアニメを詳細に分析する文章は、映画やアニメが好きな人にとってはとても興味深く、「あぁ、そんな風に考えるとしっくりくるわ」の連続でした。

あなたが父親でもそうでなくても、映画やアニメが好きであれば是非読んでいただきたい一冊です。


まとめ

父親の役割、『父性』とは何かについて考えてきました。

私の現時点での結論は、人生を楽しむ姿を見せるのが父性であり、父親の役割であるということです。

私たち父親は、仕事も趣味も、育児も、全力で楽しむ姿を子どもに見せるべきだと考えます。

ただ、これは私個人の結論であり、父親像は人によって様々だと思います。

多様性が増し、とんでもない速度で変化していく世の中、父親像も多様化していると思います。

自分なりの父親像を持ち、そこへ向かって邁進する姿を子どもにも見せておきたいですね。


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