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クライアントの言葉を解釈する方法と『概念メタファー』

ギプスはもはや、足を守る「家」とは思えなかった。自分のからだの一部とも、なにかを入れておくものとも思えない。芯まですっかり石膏か、中空か、どちらかだ。(中略)昨日さわってみたとき、大腿四頭筋はぞっとするような状態だった。ぐにゃりと柔らかく、まるでゼリーかチーズのようだった。しかし、いま感じている恐ろしさはその比ではなかった。(中略)ところが今日は、信じられないことに、さわってもそこにはなにもない。(中略)まるで消えてしまったかのようだった。[1]

これはオリバー・サックスの『左足をとりもどすまで』という書籍の一節です。

山中での転落事故により左大腿四頭筋腱を断裂し、術後にギプス固定された左足についての経験が印象的に記述されています。

このような経験は、著者のサックス特有のもの、稀なケースなのでしょうか。

たしかにサックスは医師であり、ライターです。ご自身の経験を詳細に語る・記述することは得意だったかもしれません。

我々理学療法士の目の前のクライアントは、これほど上手くご自身の経験を言葉にすることはできないかもしれません。

しかしそれは、サックスと似た経験をしていない、ということになるのでしょうか。

実はサックスのように語ることができないだけで、ご自身の身体を自分のものではないと感じたり、何か別の物質のように感じたり、恐怖を覚えている、といった経験をしているクライアントは多いのではないでしょうか。

クライアントはそのような経験を(サックスほど的確な表現で語れないにしても)語っている・訴えているのに、我々理学療法士が気づいていないということはないでしょうか。

このnoteでは、クライアントが訴えている小さな声に気付き、それに対応するための方法を、言語学的な知見を紹介しながら書いていきます。

今回は『メタファー』と『シミリー』という概念を中心に、クライアントの経験を探る・知るための言語の解釈を考えていきたいと思います。

近年の言語学、特に認知言語学では、言葉は身体化されているという考え方が主流になりつつあります。

理学療法士が身体の専門家であると言うのであれば、身体についての表現がされた言語、身体的言語[2]というものを考えることができても良いのではないでしょうか。

私自身が理学療法士なので理学療法士向けに書いていますが、作業療法士さんにとっても役立つ情報だと考えています。もしかすると言語聴覚士さんにも参考にしていただけるかもしれません。

前半部分は無料で読めるので、そこだけでも読んでいただければと思います。興味を持って学んでみたいと思えた方は是非ご購入いただき、一緒に勉強していければ幸いです。

このnoteで得られること
✅️クライアントが話す言葉に含まれる重要なヒントに気付ける
✅️クライアントの言葉に隠されたメタファーやシミリーに気付くことができるようになる
✅️クライアントの経験や語りに基づく臨床推論を行うきっかけが得られる

理学療法という文脈で言語学を考える・学ぶことについては、こちらのnoteでも書いています。『言語の構造』について書いたnoteです。興味があればこちらもご覧ください。


オリバー・サックスの言葉を解釈する

冒頭で引用したサックスの記述について、サックス自身は大腿四頭筋腱断裂によって固有感覚障害と筋萎縮が生じ、その結果、足についてのボディー・イメージに障害が起きた、と解釈・解説しています。[1]

ここで問題にされているのは、外見的・客観的な足の問題と、内面的・主観的な足の問題とが異なっているということです。

では、ここで敢えて、サックスの特徴的で印象的な記述(日本語訳ですが)について考えてみたいと思います。

サックスは足や足を覆うギプスについて、いくつかの表現をしています。

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