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踵から接地できないとき、どうしますか?

脳卒中片麻痺の方は、歩行中に踵から接地できない場合が多いです。

理学療法士で脳卒中片麻痺の方と関わる機会があれば、このような問題を抱える方と出会うことは少なくないと思います。

この『踵から接地する』ということについて、なぜそれが必要なのか、理学療法士はどう対処すれば良いのか、について考えてみます。


理学療法士のこだわり

理学療法士が有する専門性の一つに歩行の分析と歩行の問題への対処があります。

改めて言う必要もないことですが、歩行の立脚期は踵が床から接地することから始まります。

立脚期は通常,踵が床に接地することによって開始される.この活動は急速に起こるため,「ヒールストライク」とよばれるようになった.(J.Perry著, 武田功監訳: ペリー 歩行分析 正常歩行と異常歩行 原著第2版, p32)

脳卒中片麻痺を患った方では、この『踵からの接地』が難しい場合が多くみられます。

見た目には、つま先から接地する、足の裏全体で接地する、といった現象が観察されます。

理学療法士はこのような現象を観察した際、『踵からの接地』にこだわって練習を行おうとします。

そしてよく耳にするのが「つま先を上げて」「踵から着いて」といった声かけです。

なぜ『踵からの接地』にこだわるのでしょうか?

本当にそこにこだわる必要があるのでしょうか?

本当にこの声かけで改善できるのでしょうか?


正常歩行ではどうなっているのか

踵が床に接地するときをイニシャルコンタクト(Initial Contact: IC)と呼びます。

Got-Neumann(K.Gotz-Neumann著, 月城慶一ら訳: 観察による歩行分析, p40)によると、正常歩行におけるICは

股関節:20°屈曲
膝関節:5°屈曲
足関節(距腿関節):ニュートラル・ゼロ・ポジション
足関節(距骨下関節):ニュートラル・ゼロ・ポジションないし軽度の内反

という肢位で行われることになります。

つまりICでは、膝がそこそこ伸び、足首は底背屈0°の肢位になります。

背屈しない方が自然であり、むしろ膝が伸びることが必要なのです。


理学療法士がかける呪い

上記のバイオメカニクスの視点では、膝が伸びて、つま先が下がっていなければ、自然に踵から接地できるのです。

にも関わらず、なぜか理学療法士は「つま先を上げて」と指示します。

私が普段関わるクライアントの多くは、病院でのリハビリテーションを経験されて自宅復帰された方です。

その多くが、つま先を上げなければならないと思っています。

そして、それができない自分は歩き方が悪いと思っています。

これは理学療法士による呪いではないですか?


踵から接地する本当の理由

歩行中、足底にかかる圧は踵から前足部へ移動していきます。

より細かく言うと、踵→中足部外側→小趾丘→母趾丘→母趾の順に移動していきます。

そして、足底の圧が移動する経路には、固有受容器メカノセプターが多く配置されています。

なぜでしょうか。

圧と圧力分布に対する足底の感度は,とても優れている.(中略)足底の3つの主たる荷重支持領域(踵、外側中足部,前足部)に分布している固有受容器メカノセプターは,直立姿勢ならびに身体動揺の制御そして足底圧力の分配の制御に役立っている.(K.Gotz-Neumann著, 月城慶一ら訳: 観察による歩行分析, p56)

圧の感度に優れた足底の中でも、特に感度の良い部位があります。

歩行中は身体動揺の制御が重要となるため、感度の良い部位で接地し、足底圧力の細かな制御が必要です。

よって、踵から接地するのは踵にかかる圧力を知るためと言うことができます。

もちろん、『ヒールロッカー』という踵を中心とした回転運動を誘発するのが踵から接地する目的だという意見もあるでしょう。

しかしそれは踵骨の形態により、踵から接地した結果として生じる回転運動です。

歩行を行っている本人にとっては、(通常意識するかしないかに関わらず)踵にかかる圧力を知ることが踵から接地することの意義であるべきと考えます。


理学療法士としてできること

以上の視点から考えると、「踵から床に着いて!」と指示するのはナンセンスということがわかりました。

では、私たちはどう言えば、何をすれば良いのでしょう?

一つ提案したいのは、踵で床に着いたときの圧力を知る練習です。

方法は色々考えられますが、まずは踵で床に触れたこと、床に踵を押し付けると圧が変化することを知ってもらうことが大切だと考えます。

あなたのクライアントは、踵で床からの圧力を知ることができますか?

やってみるとわかりますが、介助しながら踵で床からの圧を探ってもらうと、膝の屈筋や足関節底屈筋の筋緊張も低下していきますよ。

膝や足首に力が入っていては踵で圧を感じることができないので、当然の結果です。


まとめ

理学療法士の永遠のテーマである(かもしれない)歩行時の踵接地について考えました。

実は足関節は背屈しない、膝が伸びることの方が重要ということが理解できると、声かけの仕方も変わってきます。

自分の思い込みから、クライアントに知らず知らず呪いをかけている理学療法士は非常に多いです。

何のためにその動きが必要なのか、本来はどうやって行われるべき動きなのか、一度考えてからクライアントに伝えていく必要があるのではないでしょうか。




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