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【読書感想文的エッセイ】あの地平線輝くのは6

 次の星には実業家がいた。彼はひたすら何かを数えている。王子さまがしつこく質問を続けると、実業家が数えていたものの正体が星だったことが分かる。その星で何をするの? と王子さまは聞く。すると、実業家はこう答えた。いや、何もしない、ただ所有しているだけだ、と言う。そして、所有すると金持ちになる、それでまた新しい星を買うと続けた。金は金のあるところに集まってくるというわけだ。「お金に働かせる」。誰もが一度は夢に見る生活だ。しかし王子さまは、この実業家の話は前にいた酒飲みの理屈と似ていると言った。子供はときどき核心を突いたようなこと言う。

 前段で「酒飲み」について書いたが、ここでわたしは「忘れたくないけど、忘れたこと」を「恥ずかしさ」によって代理させているという結論を出した。つまり「無いもの」を追い求めているということだ。王子さまは実業家の理屈も酒飲みの話も似ていると言う。では、実業家はどんな「無いもの」を追い求めているというのか。それは「金」あるいは「モノ」だろう。
 小さい星に住みながら、バラと火山の世話をする王子さまがミニマリストだとすれば、たくさんの星を所有したいという飽くなき欲望を持つ実業家はマキシマリストと呼べるかもしれない。「所有」とはなかなか難しい概念だと思う。イギリスの哲学者ジョン=ロックはまず、自分は自分の身体を所有しているという前提から始め、自分の手を加えたものは自分の所有物としてもいい、と考えた。つまり、自分で作った鍬で土を耕し作物を作るといったような自分が直接手を加えたものを自分の所有物だとしたのだ。王子さまの考え方はこれと非常に近い。王子さまは毎日バラと火山の世話をしている。王子さまはこれをバラや火山のためになっていると表現していて、少し分かりにくいが、要するにこれは、自分にとって価値あるものとは何か、という話をしているのだろう。つまり王子さまは実業家に対して、ぼくにとってはこんなもの何の価値も持たないよ、と言ったのである。実生活で言うと、確実に喧嘩になるので、読者の皆さんは絶対に言わないこと。
 「価値」もなかなかに難しい概念である。ここで颯爽とマルクスを引用できたらカッコイイのだが、残念ながらマルクスに関してはほとんど何も知らない。知らなくとも、ある程度は自分で考えることはできると思うので、それで勘弁してほしい。「価値」には「自分にとっての価値」と「みんなにとっての価値」のふたつがあるように思う。どちらに重きを置くかで、その後の行動が変わる。前者に重きを置いたのが王子さまで、後者に重きを置いたのが実業家だ。「みんなにとっての価値」はどのようにしてできるのかというと、みんなの共通理解からだろう。お金がその最たる例だ。お金が普遍的価値を持ちだすようになると、当たり前の流れとして、お金が交換基軸になってくる。お金を基準にして、みんなx個分のAという商品とy個分のBという商品が同じ価値を持つ(Ax=By)という認識を持つようになる。たくさん物を買うとその分お金がかかるが、ひとつしか買わなくても同じくらいお金がかかる物もある。後者の方がひとつ当たりの値段が高いため、価値が高くなる。車がその最たる例だろう。おそらく、王子さまはこのようなお金によって決められた価値を幻想だと言っているのかもしれない。そういう幻想=「無いもの」を見て、価値があると思い込み、また幻想を買う姿を酒飲みと似ていると言ったのかもしれない。「物を持つのは勝手だけど、それにちゃんと等しく愛情を注げているのか?」ということだ。
 王子さまが言う、物のためになっているかどうかという考え方は、かなりアニミズムに近いと思う。すべての物に魂が宿っているというのがアニミズムの考えなのだが、特に日本では物を99年使い続けると、その物が付喪神になるという話があるので、モノの魂と愛着の関係はより身近に感じられる。「みんなにとっての価値」あるものから、「自分にとっての価値」あるものへ。ぜひとも、実業家には断捨離をお勧めしたい。


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