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【戯曲】無くした!


心の声(影アナ)
研究員
 
明転
引き割二間開いている
椅子が二つ置いてある
 
心の声に合わせて男が動く
 
心の声「朝起きて、顔洗って、寝ぐせ直して、コンタクト入れて、朝ごはん食べて、歯磨きして、着替えて、トイレして……今。ん?朝起きて、顔洗って、寝ぐせ直して、コンタクト入れて、朝ごはん食べて、歯磨きして、着替えて、トイレして……今。あれ?どこだ?」
 
心の声「いーや、しっかり思い出すんだ。朝起きて、顔洗って、寝ぐせ直して、コンタクト入れて、朝ごはん食べて、歯磨きして、着替えて、トイレして……今。……。一回も触ってないな。ていうか見てすらないぞ!」
 
心の声「どーすんだ、これ。思ってたよりも深刻な事態だぞ。今日が休日だったというのが、不幸中の幸いだな。とりあえず、動かないと。こういうときは時系列に沿ってやると良いって、こないだ観た医療番組で言ってた。えーと、だから、まずは……ベッドか」
 
男 寝室へ行く
 
心の声「ない!ないぞ!」
引き割の間で
「無かった。ある素振りも無かった。次は洗面所か」
 
男 洗面所へ行く
戻ってくる
 
心の声 幕の中で
「歯磨き粉買わなきゃ。……そう言えば、これ、さっき歯磨いてる時も考えてたな。俺こういうのすぐ忘れちゃうからなあ。忘れない内にメモ、メモと……。あ、今それを探してる真っ最中じゃないか。参ったなあ。……。えーと、この部屋は一番広いから、最後にして、トイレ、だな」
 
男 トイレへ行く
しばらくして戻ってくる
 
心の声「トイレットペーパーも切れかかってた。買いに行かなきゃ。えーと、メモは、無いんだった。ていうか俺、トイレに何しに行ったんだ?変え芯の確認か?いや、違う。もっと崇高な目的があったんだ。えーと、あ、うん。うん。あ~そうそうそう」
 
心の声「最後にこの部屋か。一番広いって言っても、そんなに広くないし、家具もこの椅子の他には……」
悪役のように
「そこか。よ~お、タンスちゃん。久しぶりだなあ」
我に返って
「……。何か違うな」
歌舞伎役者のように
「ア、誰かと思えば、タンスじゃあねえかァ。ア、ここで会ったが百年目ェ。いざ、尋常にィ、しょ」
 
男 口上が終る前にタンスを開けて探し始める
 
心の声「無い。無い。ここにも無い!ん?あ!これは!前に失くしたと思っていた、変な形の爪切りじゃないか!これ、何て名前なんだろう。まあ、見つかって良かった。さかむけが酷いからなあ」
 
心の声「くそー、どこ行きやがった、アイツ。これじゃあ連絡が来ても分からない……。あ。それだ。そうだよ!自分から連絡をすれば良いじゃないか!何でこんな簡単なことに気付かなかったんだ!馬鹿だなあ、もう。早速、電話、はいま俺が探してる物じゃねえかあ!ああー!」
 
男 探す気力を失って座り込む
 
心の声「……。何でこんな簡単なことに気付かなかったんだ……。馬鹿なんだなあ」
 
男 寝転がる
 
心の声「いいかな、別に。いいじゃん。携帯電話が失くなったぐらいで何を慌てる必要がある。昨日は外出もしてないし、この家の中にあることはよーく分かってる。それに今日は休日だ。誰も連絡なんか入れてこないだろ。あーあ、良い天気だ。そうだ、こんな良い天気の日に仕事の連絡なんか入るわけがない。そうに決まってる。大体、世のお父さんっていうのは、こういう日は家族サービスをする日なんだ。俺みたいな独り身の奴に一体何を連絡する必要がある。ん?ということは……俺は携帯電話と引き換えに自由を手に入れたんだ!」
男しばらくゴロゴロする
心の声はずっと喋っている
 
心の声「……。家族、か。いや、別にほしいわけじゃないし、どっちかって言うと、結婚願望もないし、ましてや子供な、俺は何を必死になってるんだ」
 
男 起き上がる
 
心の声「……。まあ、結婚するんだったら、その前に彼女作らないとなあ。別にしたいわけじゃないけどね!仮定の話だから!仮定の家庭の話だから!仮定の家庭を作る過程の話だから!」
 
心の声「……」
学校の先生の真似
「え~、今日は皆に、転校生を紹介します」
高校生(男)の真似
「……。あ!君は、さっきの!」
元に戻って
「違うなあ」
 
心の声 家庭菜園している人の真似
「これがトマトで、これがサヤエンドウ。これがナスビで、これが……。夏が待ち遠しいなあ」
 
心の声 エンジニアの真似
「ごめん、左の腕取って」
 
男 受け取って、組み合わせる
 
心の声 料理番組のように
「今日は何を作るんですか?」
「今日は彼女を造ります」
「へえ~、彼女ですか。それは楽しみです」
「出来たものがこちらになります」
「ウィーガシャ。ウィーガシャ」
 
男 ロボットのような動き
 
心の声「聖書によると、最初の女性エバはアダムのあばら骨から創られたそうじゃないか。……」
 
男 自分の体を見つめる
 
心の声「やめよう。あばらからはスペアリブしかできない」
「というかこんな事している場合ではない!なんて無駄な一分半だ。父さんが言っていた。「この世で一番無駄なのは探し物をしている時間と信号を待つ時間。時は金なり。自分の価値を上げたければ時間は有効に使え」と。多分この時間は自分史上最も市場価値が低い。だから何とかして、早く見つけなければ! ……。しかし、やる気がなくなってきた……。やる気ゲージがみるみる減っていくのが分かる。やらなきゃいけないと分かっているのに……。ごめんなさい、父さん。僕はアナタの言いつけを守ることが出来ない……」
 
男 力尽きる
 
心の声「何か俺を焚きつけるようなことは起きないだろうか?例えば見つけられなければ命の危険があるとか……」
 
男 起き上がる
飛んできた矢文を掴む
 
心の声「ヒュッ!パシッ!矢文?えーなになに
「お前の家の爆弾を仕掛けた。解除するた  めにはお前の携帯電話が必要だ。タイムリミットは一時間。健闘を祈る」……」
矢文を膝でポキッと折り、投げる
「現実感無さ過ぎ。検討の余地なし」
 
心の声「一体何だったらやる気が出るんだ?見当もつかないなあ。あ、そうだ。好きな人に応援してもらえればやる気が出るのではないか?「私、携帯電話をちゃんと見つけられる人が好き」……」
 
男 我に返る
 
心の声「止めておこう。これやると市場価値が最悪になる気がする。俺安アイツ高になって、俺通貨危機が起こってしまう。あ、でも今のでやる気が出てきたぞ。よし、またモチベーションが下がらないうちにやってしまおう。そういえばこの前観たテレビで「探し物をするときは普段言わない言葉を言いながらすると、注意力が上がって見つけやすくなる」って言ってたな。……」
 
男 何かを言いかけるて、我に返る
 
心の声「これはダメだ。俺の品質ではなく品性が疑われる。もっと他に普段言わない言葉があるだろうに。……。ニンニク?」
 
男 「……。ニンニク。ニンニク。ニンニク。ニンニク。ニンニク。ニンニク。ニンニク。ニンニク。……」
言い続ける
 
心の声「ダメだ。故障する」
 
男 動きがだんだんと鈍くなって動かなくなる
 
研究員 登場
動かなくなった男を見ながら何かを記入している
「実験結果。自分で考えて行動するためには、まだまだ研究の必要がある。と」
 
暗転

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