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【戯曲】新しい桃の噺/水彩奴

落語家
お爺
お婆
桃太郎
鬼たち

落語家 上手から登場 座って一礼
「ちょっとばかりお付き合いを願おうかななんて思っておりますけども。えー、皆さんはここに来るのにどのような手段を使ったのでありましょうか。電車やバスに乗ってきたという方もいれば、近所に住んでいるから歩いてきたという方もいらっしゃるのではないのでしょうか。まあー、何が言いたいのかと申しますと、各々で何らかの手段を選んでここに来ている、ということなんですね。大変ありがたいことなんですけども。しかし、選択には失敗も付き物でして、まあ、電車なんかで言いますと、天候不良で遅延になって、ああ、こりゃ車の方がよかったかなあ、なんモンなんですけど。これを人間関係に置き換えますと、これがとても面倒くさい。そのうえやり辛い。後になって、ああ、あの一言は言い過ぎたかなあ、とか、あんなことしなけりゃよかった、なんてのもよくある話だと思います」

落語家 上着を脱ぐ
「時代も場所もはっきりとはしねえんですが、こんな話があります。昔、ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいたんですね。近頃、少子化が進んでおりますように、ここの老夫婦にも子供はいませんでした。しかし、現代と違うのは子供がほしい、という願望だけはあったんですね。しかし、年も年でありましたので、子供はできません。そんな二人は普段何をして過ごしているのかと言いますと、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川で洗濯をするんですね。お婆さんが川で洗濯をしていると、川上の方から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな桃が流れてくるではありませんか。「あれ、このシチュエーションなんかで知ってるなあ」とお婆さんは思いましたが、面白そうだったので、そのまま持って帰りました」

お爺とお婆、上下から別々に登場

お爺 「お前、こん桃、どっから盗ってきたんだ!」

お婆 「何、わけの分からんこつ、言ってんだ!わっしが盗んでくるわけねえべや!」

お爺 「じゃあ、お前どうやってこん桃手に入れたんだ!言ってみろ!」

お婆 「川で洗濯しとったら、上から流れてきたんだってえ」

お爺 「お前、そんな昔ばなしみてえなこつ、あるわけなかっぺ!」

落語家「とまあこんな感じで言い合いになったんですが、何とかお爺さんも納得がいったようで、さて、この桃をどうしてくれようか、となったんですが、特に食べる以外に思いつきませんでした。お爺さんがこの大きな桃を一口大に切ると、不思議なこともあるもんで、中から一口大の赤子が出てきました。最初は不思議がって見ていましたが、この二人、長年子供がほしがっていただけはあります。たいそう嬉しがり、この赤子に」

お爺 「この子は桃から生まれたんだから、名前は桃太郎にしよう」

落語家「という、なんとも安直な名前をつけたんですね。二人は桃太郎を大変かわいがり、山で鹿を捕ったり、川で魚を採ったり、町の市場で野菜を盗ったりして、桃太郎を育てました」

桃太郎 登場

落語家「さて、この桃太郎、不思議なのはその出自だけじゃあございません。すくすくと成長し、一年もしないうちに爽やかな好青年になりました。子供の成長は早いとはよく言ったものですが、これには二人ともとても驚きました。ある日桃太郎がこんなことを言い出しました」

桃太郎「僕は鬼退治に行こうと思います」

落語家「お爺さんとお婆さんは町に鬼が来ることを知っていました。若い女や金目の物を奪っていくんですね。しかし危ないので、桃太郎の前では鬼の話はNG、禁止にしていました。そこでお爺さんは」

お爺 「桃太郎、あれは言い伝えには残っとるけんど、架空の生き物じゃけえ。そんなこつ気にせんでええ」

お婆 「そうさね、桃太郎。あんなもんはSF。サイエンスフィクションなんだから」

桃太郎「しかし、昨日町へ下りた時、越前屋の新七さんが言ってました。夕べ、鬼がやって来て若い女や金目の物を奪われた、と」

お爺 「新七の奴、いらねえこつばっか言いよって。おい」
手を叩く

お婆  引き割に一度はけて、戻る

桃太郎「鎧と刀じゃないですか」

お婆 「とうとうこの日が来てしまったのか」

桃太郎「どういう意味ですか?」

お爺 「あまり突っ込まねえでくれるか?」

桃太郎 お婆さんに鎧を着させてもらう
「分かりました。二人とも随分と了解が早い。まるで僕が鬼退治へ行くということを予め知っていたようだ」

お婆 「ああ、最後にきびだんご。これを持っていきな」

お爺 「どっかで役立つと思うからなあ」

桃太郎「ありがとうございます。それでは行ってきます」

落語家「こうして桃太郎は鬼退治へ出かけました。しばらく歩いていると、ガサガサ!と近くの茂みから音がしたんですね」

桃太郎「何奴!」

落語家「そう言うとワン!ワン!と聞こえてくるわけであります」

桃太郎「なんだ、犬か」

落語家「そう言って茂みを覗きますと、腹でも空かしているのでしょうか、痩せこけた犬が寝そべっておりました」

桃太郎「お前、お腹が減っているのか。なら、このきびだんごをお食べ」

落語家「優しい桃太郎はきびだんごを犬に食べさせてやりました。すると、みるみるうちに犬は元気になり、桃太郎にすっかり懐いてしまいました」

桃太郎「僕はこれから鬼退治へ行くんだ。お前はもう、あっちへおいき」

落語家「桃太郎はそう言うと、歩き出しました。しかし、余程桃太郎に恩を感じているのか、あるいはきびだんごを食べたいだけなのかは分かりませんが、ずっとついて来るんですね。桃太郎は思い切って聞きました」

桃太郎「お前も一緒に鬼退治してくれるのか」

落語家「と。すると犬は小さく、ワン、と吠えたんですね。なるほど了解、ということで桃太郎は犬をリードに繋ぎました。この後全く同じ感じで猿と雉を仲間にしたんですが、特に面白いことはなかったのでカットします。「ウチの家、ペットOKだったかなあ」と心配になった桃太郎は、ひとまずこの件については考えるのをやめにしました。桃太郎一行、そうこうしているうちに、海を渡り鬼ヶ島に到着しました。すると遠くの方から笛や太鼓の音聞こえてくるではありませんか。一行、その音を頼りに歩いておりますと、大きな洞窟の入り口に辿り着きました。中を覗いてみますと奥で明かりがちらついている」

桃太郎「奇襲を掛ける」
引き割へはける

落語家「そう言いますと桃太郎は洞窟の中へ入って行きました。ペットの三匹も遅れないよう、桃太郎の後を着いていく。理由は分かりませんが桃太郎には剣術の自信がありました。ペットの三匹にも刀裁きを披露したことがありますが、動物がそれを上手いかどうかを判断出来るわけもありません」

喋ってる間に鬼二人登場
楽しそうにしている

桃太郎 引き割から顔を覗かせる
「あいつらか。町を襲った鬼は」

落語家「岩の陰からぬうっと顔を出した桃太郎。言うが早いか、桃太郎は刀をさあっと抜き、鬼の中に突っ込みました。いきなり姿を現した桃太郎に一瞬驚く鬼。しかし、さすが悪の限りを尽くした鬼。すぐに体勢を立て直します。睨みあう鬼と桃太郎、ジリジリ、ジリジリと詰め寄る鬼。頑張れ桃太郎!負けるな桃太郎!」

殺陣(刀は扇子)

鬼  「はあー!」
襲い掛かる

桃太郎 鬼を斬る
殺陣終了
「さ、帰るぞ」
はける

落語家「さすが日本一の桃太郎。鬼をあっさりと倒してしまいました。しかし桃太郎、なにか重要なことを忘れていないか」

桃太郎 喋ってる間にまた登場
「あ。まあいいや。帰ろ」
桃太郎はける

落語家「特に苦労も無く、鬼ヶ島を攻略し、帰還しようとしている桃太郎一行。ああ、別にきびだんごはあっても無くても一緒だったなあ、と思いましたが、修学旅行みたいで結構楽しかったので、どうでもよくなりました。結局、桃太郎は鬼を倒しましたが、金品や若い女子を取り返すのを忘れ、持って帰ってきたのは、旅の途中でペットにした三匹だけでしたとさ」

ここからは落語家の一人芝居

お婆 「っていう夢を今朝見たんだってえ」

お爺 「まあった、こげな夢を見たんか!はあーっ!夢ってえのは、ほんっつわけのわからんモンじゃあの。なあ婆さんや。こん夢、ほんとに起こったりせんのかのお。あの~~~~~~~~~~~~~~。なんて言ったかな……」

お婆 「予知夢とか言うやつかい?」

お爺 「あー、それ、それ。そのこつを言ってんだ」

お婆 「面白そうだとは思うけんど、そんなこつ起こるわけなかっぺ」

お爺 「まあ、そうだわな。そげなこつ、起きるわけなかっぺな!はっはっは……じゃあ、行ってくるよ」

お婆 「はい、お気を付けて。じゃあ、あたしも洗濯に行こうかねえ」

落語家「時代も場所もはっきりとはしねえんですが、こんな話があります。昔、ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいたんですね。近頃、少子化が進んでおりますように、ここの老夫婦にも子供はいませんでした。しかし、現代と違うのは子供がほしい、という願望だけはあったんですね。そんな中お婆さんは不思議な夢を見ました。いつもの通り洗濯をしていると川の上流の方からどんぶらこ、どんぶらこ、と桃が流れてくるんです。その後の展開はまさに桃太郎そのもの。一つだけ違うのは、持って帰ってきたのは三匹の動物のみという所でしょうか。さて、いつものようにお爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川で洗濯をするかと思いきや、お婆さんは川で選択を迫られていました。時は遡ること少し前。お婆さんが川で洗濯をしていると、川上の方から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな桃が流れてくるではありませんか。「あれ、このシチュエーション夢で見たやつだなあ」とお婆さんは思いました」

お婆 「ん?なんだ、ありゃ?」
扇子を望遠鏡に見たてる

桃が目の前まで流れてくる

お婆  桃を両手で掴んでじっと見る
しばらくの沈黙
流す

暗転

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