【掌編小説】『夏:ホワイトサワー』【+シチュエーションボイス】

端書

※本作品群は以下の商品に収録されているものです。

本編(シチュエーションボイス)
2022年4月24日(日)に開催M3-2022春にて頒布
ギンクル 1stフルアルバム『#甘酸っぱくなきゃキスじゃないっ』

『プロローグ』『エピローグ』
同アルバム会場限定特典ブックレット(数量限定)


プロローグ

縦書きレイアウトはこちらから。




 青春。

 字面こそ「春」と書くものの、なぜか単語の雰囲気からは夏っぽさをイメージしてしまうのは自分だけだろうか。
「青」という漢字がそうさせるのかもしれない。

 青い空、生い茂る青葉、海とそれによく似たブルーハワイ。

 大切なものほど失ってからその大きさに気づく、なんてよく言ったものだけど、俺の場合はあまりにも何も無さすぎて、過ぎ去ったところで本当に大切だったのかすら分からない。
 もしかしたら俺には無かったんじゃないだろうか、青春。

 そんな非生産的なことばかりぼんやりと考えてしまうのには理由がある。
 暇だからだ。

 大学を出て、東京の企業に就職した最初の夏。
 俺は久しぶりに田舎の実家へと帰ってきていた。

 入社してからここ数か月、覚えないといけないことが多すぎて、この感覚もすっかり忘れていた。
 この地元にはすることが無いのだ。
 コンビニすらしばらく歩かないと無いような片田舎では当然遊びに行けるような施設もなく、あったとしても生憎もうそんな年頃でもない。
 仲間内で騒いでいれば楽しかった学生生活もまた、終わってしまったのだ。

 買うだけ買って読んでいない漫画本でも持ってこれば良かったなと軽く後悔し始めていたころ、

「あんた、千夏ちかちゃんには挨拶したの?」

 と、母親がそんなことを言ってきた。

 小松こまつ千夏。
 五つ年下の従妹。
 この近くに住んでいて、昔はよく一緒にゲームとかして遊んだっけ。
 新生活の準備で春には帰ってこられなかったから、もう半年以上会っていない。

「でも、あいつ今年受験だろ? 俺が行っても邪魔になるだけだろ」

「どうせここでダラダラされてもアタシの邪魔だよ」

 そんな母親らしからぬことを言われて半ば追い出されるように家を出た俺は、おとなしく従妹の家へと向かうことになった。

 

 

 蝉がけたたましく合唱を響かせる中、舗装もされていないあぜ道を歩く。

「千夏ちゃん、元気してるかな」

 確か高校では男子バスケ部のマネジャーを務めていたはずだ。
 今の時期ならもう最後のインターハイは終わっているはず。
 結果はどうだったんだろう。

「正月に会ったときは、あんまり話せなかったからなあ」

 年始は親戚総出で集まるため、中々じっくりとはいかない。
 だから二人で会うのはもう一年ぶりとなる。

「にしても、今年も暑いな……」

 ふと空を見上げる。
 突き抜けるような青空に、入道雲が浮いている。

 ──青春。

 数年前の会話が脳裏をよぎる。
 俺が都内の大学に進学することが決まったとき、普段あまり感情を表に出さないあの子が珍しく取り乱したのだ。

 お願い、遠くに行かないで。

 そのようなことを言われた気がする。
 別に会えなくなるわけじゃない、と俺も叔母さんたちも必死に説得して何とか納得してもらったが、当時中学生だった彼女は最後には泣き出してしまっていた。
 上京してから頻繁に帰省するようになったのも、その一幕があったからだ。

 そんな昔のこと、本人はもう憶えていないだろうけど。

「青春、か」

 なぜかそんな単語と共に蘇った思い出。

 きっとそこに深い意味はなくて。

 でも、もし俺にも青春と呼べる時代があるとするなら──

「……暑いな」

 従妹の家まで、まだ少し歩く。



本編(シチュエーションボイス)

クレジット(敬称略)

声 : 芽唯 (Twitter(声優))(Twitter(VTuber))
原案・監修 : ギンクル (Twitter)
エンジニアリング : しょてん (Twitter)
脚本 : レファル



エピローグ

縦書きレイアウトはこちらから。




 社会人生活も二年目になり、後輩を持つようになった。

 一年かけて覚えた仕事を今度は教える立場になり、その難しさに諸先輩方の偉大さを痛感する。
「新卒」という肩書きが実質的に失われた途端降りかかる仕事も叱責もその勢いを増し、正直心が折れそうだった。

「──先輩!」

 これ記録して然るべきところに通報すればパワハラとして訴えられるのではと思いながら聞き流していた上司からの説教からやっと解放され、ようやく自分のデスクに戻れると安堵のため息を漏らしていたところで後ろから声が掛かった。

「あ、ああ。君か」

「先輩、何度も呼ばせないでくださいよー」

 タタタッと廊下を小走りで駆けてきた女子社員。

 現在、俺が受け持っている後輩だ。

「もしかして今日もですか? むー、ひどいですよね。悪いのはミスをした私なのに、どうして先輩ばかり怒られなきゃいけないんですか? ちょっと文句言ってきます」

「ちょっ、ちょっと待って! 気持ちは分かるけど、確認を怠った俺も悪いから」

 それにそんなことをされたらまた「任された後輩一人満足に指導できないとは社会人としての責任が──」と俺に火の粉が降りかねない。

「えー? 納得いかないなあ」

「その気持ちだけで嬉しいよ。それで、何の用?」

「あ、そうだ! 先輩この後予定あったりします? ご飯、食べにいきましょ!」

 ぱっと表情を変え、キラキラした目を向けてくる。
 俺に懐いてくれているのか、いつも何かと誘ってくれる彼女。
 それ自体はすごくありがたいのだが、

「──ごめん、今日もパスで」

 

 

 電車に揺られ、足早に帰路を急ぎ、アパートの一室へとたどり着く。

 扉を開ける。
 部屋の明かりはすでに点いていて、奥からいい匂いが漂ってきた。

「あっ、おかえりなさい」

 玄関の物音に気付いたのか、キッチンからエプロン姿の千夏がパタパタとスリッパの足音を鳴らして出迎える。

「今日も遅かったね。残業?」

「まあ、そんなところかな」

 一年前の夏、彼女が語った夢は見事に成就した。

 第一志望の大学に合格し、上京してきたのだ。

 ある朝玄関先に彼女が立っていたときは度肝を抜かれたものだが、その熱意に根負けして今ではこうして一緒に住んでいる。

「ご飯できてるよ。早く食べよう」

「待ってくれなくてもよかったのに」

 そう言いつつ、頬が緩んでいる自分に気づく。
 大学生活含めて五年間一人暮らしを経験して、やはり心のどこかで寂しさが募っていたのかもしれない。

 たまに訛りこそすれ、こっちに来てからというもの千夏はほとんど方言を喋らなくなった。
 俺と同じ言葉を喋りたいらしい。

「そういえば今度の週末って大丈夫そう?」

「ああ、予定通りパンケーキ食べに行こう。後輩の女の子がいいお店教えてくれたんだ」

「へえ、女の子」

「……そんな怖い顔すんなよ、ただの後輩だろ?」

 一緒に住むようになってから、また見せる表情が増えた気がした。

 

 

 今でもたまに思うことがある。

 ──青春。

 もし俺にもそう呼べる時代があるとするなら、それはもしかしたら今なのかもしれない。



後書

今回のシチュエーションボイスも収録されるギンクル1stフルアルバム
『#甘酸っぱくなきゃキスじゃないっ』2022年4月24日(日)に開催の
M3-2022春にて頒布!!!!

ボイスドラマだけでも総再生時間約30分という超濃密なボリュームで、
あなたもきっと甘酸っぱい気持ちになること間違いなし!!

さらに会場限定特典として、
季節を彩る4編をさらに深く楽しめる特別掌編(全8編)や、
全作詞曲・プロデュースを行ったギンクル氏によるセルフライナーノーツ
収録されたブックレットもついてくる!!(数量限定)

レファルの執筆活動10周年の集大成としても自信を持ってお届けできる
最高のクオリティとなっています!!

買ってね!!!!!!!!



本編(シチュエーションボイス)の台本&解説記事はこちら。

関係者に送った台本プロットデータをPDF形式で公開
原案・監修 ギンクル氏からのコメントも掲載しています。


感想もぜひお待ちしております。



レファル

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?