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10ページの物語

◇1ページ

わたしは、ぺーじのあるものがたりです。
あなたがぺーじをめくるたび、
わたしはとしをとります。


◇2ページ

わたしのじゅみょうは、10ぺーじ。
ものがたりとしては、けっしてながいじゅみょうではないようです。
けれど、
わたしにしかできないこともきっとあるのだと、
さくしゃはそういいました。


◇3ページ

さいきん、カタカナをおぼえました。
かんたんなかん字も、つかえるようになりました。
学ぶことはたのしいです。
世界が広がっていく気がします。
大人になったらどんなものがたりになれるのか、
いまからとってもたのしみです。


◇4ページ

今頁(きょう)は、一人前に漢字を使って精一杯のオメカシです。
私もいろいろな表現を覚えはじめて、
伝えたいことも沢山できました。
けれど、私は何のために在る物語なのでしょう?
まだ若いんだからそんなこと考えなくていいですって?
いいえ、私はもう立派な大人なのです。
自分の存在意義だって、
少しは考えたくもなるのです。


◇5ページ

私は一体何者なのでしょうか?
ファンタジー?
ミステリー?
ホラー?
どれも違うような気がします。
ピタリと当てはまるジャンルが見当たらないのです。
この前、ファンタジーの友人は、
映画化が決まったと誇らしげに報告してくれました。
たくさんの人に、感動を届けるのだと。
私もそんなふうになりたいのに、
ジャンルすら分からないのではどうしようもありません。
私は一体、何のために書かれているの?


◇6ページ

物語が泣くのは、おかしな事でしょうか。
私の寿命も半分を過ぎました。
ただでさえ余りに短いページ数しかないのに、
私は貴方に何を伝えられたのでしょう。
このまま他の物語に埋もれて、
走り書きのメモのように消えていくのは、
嫌。


◇7ページ

ただただ、終わるのが恐ろしい。誰か、私を。


◇8ページ

さぞ、心配をおかけしたことでしょう。
いいえ、心のどこかで心配してくれていると信じているだけなのかもしれません。
それでも、私は進んでいこうと決意しました。
悪戯な風がページを捲っただけでも、
残酷に寿命が進んでしまうこの躰に、
絶望し、嘆き、恐れすら感じました。
今も、それが全く無くなったわけではありません。
未だに自分のジャンルすら分からない物語ですが、
私は私の存在意義を信じると決めたのです。
ただでさえ目まぐるしく変貌していく世界の中で、
きっと私は、歴史的に評価される傑作にはなれないでしょう。
それでも、誰かの心の片隅に、
私が存在することを許してくれる人がいたなら、
それで充分なのです。


◇9ページ

私は幸せでした。
何故って、こうやって最期に、
貴方にお別れの言葉を伝えることが出来るからです。
時には、無慈悲にページをめくる貴方を、貴方の指を、逆恨みしたこともありました。
でも、私は物語。
読まれなければ、いくら紡がれても虚しいばかりなのです。
私は物語として、読む人に感動を与え、時に笑わせ、時に涙を流させ、意味のある存在でありたいと願いました。
けれど、いつも伝えるのは私からの一方通行で、まるで片思いのよう。辛いとも思いました。
でも、気づいたのです。
物語は読み手に与えるだけではなく、
読み手からも、意味を与えてもらっていたのだと。
考えてみたら、可笑しなことですね。
貴方が私に望む筋書きも、
私に届くことなくページは進んでしまうのだから、
そういう意味ではお互い様だったのです。
だけど、すれ違いながらも確かに支え合っている、
今になってようやく分かるだなんて。
いいえ、今だからこそきっと理解出来たのね。


◇10ページ

最期のページになりました。
貴方はどんな場所にいますか?
今はどんな季節でしょう?
うららかな春の木漏れ日があたる安楽椅子に座っているのかしら。
風鈴の音と蝉が鳴き声が合唱する夏の縁側で涼むのも素敵ね。
秋の夜長に月明かりがちょっぴり冷たい窓辺も趣があるし、
雪がしんしんと降り積もるのを眺めながら炬燵で微睡むのもいいでしょう。
貴方が私の最期をどんな気持ちで読んでいるのか分からないけれど、いつかまた読みたいと思ってくれたのなら、こんな幸せなことはありません。その間に色んな物語と貴方が出会うのは、ほんの少し妬けちゃうけれど、貴方のページがこんなふうに進んだとき、また私は違う物語として生まれ変わって見えるかもしれないんだから一寸の我慢ね。
きっとまた逢えると願っています。

さようなら。
そして、ありがとう。
どうか、お元気で。

おわり

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