見出し画像

おとこともだち(ショートストーリー)

大学2年生の春、講義を受講するためのオリエンテーリングに出席したら、たまたま隣の席に座っていた男子に話しかけられた。名前は加藤君。彼は1年生の時、仮面浪人をしていたせいで、ほとんどの単位を落としてしまったという。
「入試には失敗しちゃったんだ。だからこの学校に通って卒業するって決めた。けど友達がいなくて。もし良かったらどんな授業をとればいいか教えてほしい」
と言われた。

加藤君の第一印象は「爽やかな人」だった。身長が185センチくらいあってイケメンの部類に入る、キリッとした顔立ち。そんな人が、心底困った顔で頼み事をしてくるのだから断れなかった。

単位を取りやすい授業などを教えるうちに、何故か妙になつかれた。気付いたら加藤君と私は、ほぼ同じ授業を履修し、毎日一緒にいるようになり、しまいには私の入っているサークルにまで加入してしまった。
「星月さんがいるから、俺もみんなと打ち解けられるかなと思って」
人間関係ができあがっている2年生からサークルに入るのは、確かに勇気がいる。人当たりがよく、誰からも好かれそうな加藤君でさえ気後れするんだな、と思った。

3年生の春に必修ゼミを決めるときも、私が決めたゼミに入るんだから早く決めてよ、と言われた。まるでコバンザメのようにつきまとわれた。授業はいつも私の隣の席に座る。これは、教授の言っていることが理解できない時に私に聞くためだ。
サークルも一緒、テストやレポート前は図書館や私の家で一緒に勉強した。もう時効だから書いてしまうが、彼のレポートはいつも、私のレポートを8割ほど丸写しした上に、アレンジを加えたものだった。
「だから絶対に俺の方が星月さんよりも出来のいいレポートだ」と豪語していた。その堂々たる姿を見ると怒る気も失せて、はぁ、そうですか、としか言えなかった。

加藤君は優しい人だった。
「いつもお世話になってるから」と言って、学校帰りにカフェに立ち寄ると、よくパフェをおごってくれた。確かにパフェは私の好物のひとつではあるのだけど、同時に甘い物に目がない加藤君の好物でもあった。要するに男1人でパフェを食べるのが恥ずかしいから私を誘っていたのだった。まあいいか。
「おいしい~」「幸せだよな~」なんて、きゃっきゃとはしゃぎながら加藤君とパフェを食べるのは、結構楽しかった。
”自分がパフェを食べたいから”という動機こみだったけど、その貢ぎ額は、今まで付き合った誰よりも多かった気がする。

でも、加藤君と私は恋愛関係ではなかった。

私に彼氏が出来るたびに、加藤君は私の彼氏に挨拶をした。「僕たちいつも一緒にいるのですが、勉強を教えてもらってるだけなので誤解しないでください」って。誠実そうな加藤君の発言は効果絶大だったらしく、嫉妬深かった彼氏でさえも「加藤君っていい人だよな」なんて評価していた。

彼氏公認の男友だち。なんだか変わった関係だな、って思ったけど、突き放せなかった。いや、本当は一回突き放したんだけど戻ってきてしまった。

大学3年のゼミメンバーの顔合わせ飲み会で、私は以前から知り合いだった2人の女子から「加藤君と付き合ってるの?」と聞かれた。「付き合ってないよ」と答えると「じゃあ私たち、彼と仲良くなってもいい?」と聞かれた。願ったりかなったりだと思った。これで彼から解放される!
「彼に私たちを紹介して」というから紹介して、後日彼にも言った。「今後は彼女たちに勉強を教えてもらったら?」。加藤君も嬉しそうな顔をしていた。「2人ともかわいいし勉強を教えてくれるんならいいな」
だけど、1ヶ月位で戻ってきてしまった。「やっぱり星月さんに教えてもらう方がいい」って。
彼女たちに「加藤君とはどうなったの?」と聞くと、顔を見合わせてちょっと困ったように言った。
「いや、加藤君ってイケメンはイケメンなんだけどさぁ…なんかちょっと違った」
そう、彼は残念なイケメンなのだった。顔のよさに反比例して、要領があまりよくなく、天然ボケで頼りない。その良さを分かってくれる人じゃないとお付き合いは出来ないし、勉強をみてあげることも出来ないのかもしれない。

加藤君も、ありのままの自分じゃモテないって、薄々気づいていたんだろう。
あれは大学3年生の秋。加藤君に彼女が出来た。彼女は同じ大学で同じ学科。なのに相変わらず私にくっついている。
「ねぇ、彼女に勉強を見てもらえば」
って言ったら、
「そんな恥ずかしいことは出来ない」
って言われた。
まぁ、付き合うまではかっこつけててもいいかもしれないけどさ、ボロが出た時どうすんのよ。本音を隠して付き合ったっていいことないのに。
案の定、彼らはすぐに別れてしまった。 

◆◆◆

私は家事が苦手だった。特に掃除。一人暮らしのアパートは、常に“汚部屋”一歩手前だった。
彼は私の部屋で勉強を教わるついでに、部屋の掃除をしてくれた。 
きれいになった部屋でデリバリーのピザを食べていると、加藤君はポツリと言った。
「あのさぁ。俺、星月さんにつきまとっていて迷惑?」
「え?」
ビックリした。彼に“迷惑”という概念があったとは思わなかったからだ。
「うーん、まぁ迷惑といったら迷惑だけどさ」
「あーやっぱり…」
「でも、私は友達として加藤君の事が好きだからいいよ」
「ん?」
「男の人と恋愛関係になって付き合うとさ、その時は凄く気が合って楽しいのに、別れると大抵おしまいじゃん。プツッてつながりが切れる。仕方のないことなんだけど、そういうのが苦手でさぁ」
「そうだね」
「人との縁って、あっけないなって思い知らされる。だから私、加藤君と長いこと仲良くいられるのが嬉しいっていうか」
「確かに。友達だとずっと仲良くいられるもんね」 
「うん」
「俺も好きだよ。友達として、星月さんのこと」
私たちは顔を見合わせて、エヘヘ、と笑った。
「俺たち、気持ちが通じ合ってたんだね」
「うん。良かったね」
加藤君との過去を綴っているうちに、彼だけじゃなくて自分もバカなんじゃないかと思ってきた。小学生じゃないんだから、こんなことを言い合って喜んでるなんておかしい。

でも、大人になってから、恋愛以外で、純粋に「好き」だと思えて口に出して言える相手って、なかなか見つからない。そう言える人がいて嬉しいな、と思った。

結局、私たちは似た者同士だったのかもしれない。

◆◆◆

私は大学を4年で卒業したけれど、加藤君は留年してしまった。必修科目だった語学の単位が足りなかったのが原因だった。
「語学は星月さんと同じ授業を取ってなかったから」
私のせいで単位が取れなかった、と言わんばかりだった。

「俺さ、絶対にあと1年で卒業したいんだよね。5年以上大学にいたくない」
「でしょうね」
「だからさ、来年は何を受講すればいいか、星月さんが考えて」
「…はぁ?私は大学にいないんだよ。社会人になるんだよ」
「いいじゃん。考えてくれたって」
「仕事が忙しくて会う時間がないかも」
「じゃあ電話でもいいからさぁ。お願い」
私は友だちの頼みに弱いのだった。

加藤君は、自分が卒業しないにも関わらず、何故か卒業式に出席した。席はもちろん私の隣。
「どうして来たの?」
「だって、卒業したら当分みんなと会えなくなるし。あ、星月さんが卒業証書を受け取る時、写真撮ってあげるよ」
ゼミの人たち、サークル仲間などと記念写真を撮った。どの写真にも加藤君と私は一緒に写った。

◆◆◆

加藤君は5年で大学を卒業後、フリーターになった。
「俺、夏からアメリカに留学するから就職はしないんだ」
そう、加藤君はエエとこのお坊っちゃんだった。いくつもグループ会社を有する企業の社長の次男坊。「会社は兄さんが継ぐから、俺はとりあえず留学でもしようかなって」。

加藤君がアメリカに旅立つ直前、2人でカフェに行ってパフェを食べた。やたらと派手でデラックスな季節限定パフェ。いつものように、他愛のない話をして笑い合った。
「俺さぁ、向こうに行ったら金髪美女と付き合うから」
「あ、そう。頑張って」
加藤君はアメリカで勉強したいことや願望などを楽しげに語っていた。いつもの加藤君のいつもの笑顔。なんだかんだ面倒くさいことを頼まれても、この顔を見てると「まぁいいか」って思えるし、元気をもらえるんだよな。

私たちは笑顔で別れた。

◆◆◆

加藤君からのエアメールが届いたのは、秋が深まる頃だった。
そこには、寂しい、と書いてあった。
ひとりぼっちで日本語も通じなくて寂しい毎日を送っている。良かったら手紙ちょうだい。

そうだ、この人は1人で勉強するのが寂しくて私と一緒にいたんだった。自分に関係ない卒業式だって出席しちゃうくらい寂しがりやだった。英語もろくにしゃべれないのに1人で海外に行ったら、そりゃ寂しいに決まっている。

当時はインターネットもSNSも、今ほど盛んではなかったから、海外在住の人とコミュニケーションをとるにはエアメールが一般的だった。

返事を書かなきゃ、と思った。
でも何故か、何を書けばいいのか分からなくなった。
改まって書き綴るほどのことってなんだろう?私、加藤君に何を伝えればいいんだっけ?

好き、とか?
私も加藤君がいなくて寂しい、とか?
いやいや…そうではなく…。

考えれば考えるほど分からなくなって、結局エアメールは出せなかった。 

私は、最後の最後に加藤君の手を離してしまったのだった。 

◆◆◆

私は、加藤君の手を離した決まり悪さで、二度と連絡できなくなった。会ったところで、学生ではないのだから、勉強を見てあげることも、もうない。

パフェを目の前にして弾けるように笑っていた加藤君の顔が、今も私の脳裏から離れない。
思い出の中の彼は、いつまでも若い頃のままだ。
できれば一緒に年をとりたかった。バカな友達同士、バカな会話をして仲良くいたかったのに。

あれからずいぶん長い年月が経って、私は結婚して、子どももいて、なんやかや楽しく暮らしている。加藤君はどうかな?もう結婚したかな?奥さんはどんな人なんだろう。相変わらずカッコつけてるのだろうか。それとも、どんくさい一面をさらけ出しているのだろうか。

いつかどこかで加藤君に会いたい。
もしも再会できたら、あの時のことを謝って、私はまた無邪気にこう言えたらと願う。
「加藤君のことが好きだよ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?