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猫が飼えたら(5)

支えなし

よく不調から立ち直った人の話や、劇的ビフォーアフターみたいな話の後ろには支えてくれるパートナーや、なんでも受け入れてくれる家族がいたみたいなことがあるけれど、そういう時私は少しがっかりする。なーんだ、1人じゃないじゃん。誰かがいるじゃん。だからだよって、本人の努力はまるで無視して思うことがある。というか、結構思う。
完全に卑屈な考え方だけれど、心身共に低調でパートナーもいない私にとってはかなり重要な話だった。心が元気じゃないと親身になって相手をしてくれる友達さえも、なんだか自分をチクチクと攻撃してくるような気がして遠ざけてしまうし、遠方に住む家族も物理的距離にかこつけて多くを伝える気にならなかった。
自分から遠ざけて孤立しているくせに、なぜ自分はこんなにも孤独なんだろうかとグルグル考え、怒り、落ち込みベッドに体を横たえる。

東京と地方

満足に働けているわけでもないので、実家に戻るという選択肢もあったが、18歳で大学進学の時に自分に誓った「もう家には帰らない(自分の拠点はここではないという意味で)」を破ることはどうしてもしたくなかった。
生まれ育った私の県には上京後何年もファミマが1軒もなかった。高校の通学は自転車で40分、冬は雪が降らないがとても寒く路面が凍るので、バス通学。駅前のマクドナルドは在学中に閉店した。映画館は一つ、それも今はもうない。子供の頃からテレビに齧り付いてきた私にとって常ににエンタメやカルチャー、便利な暮らしは街の外、理想の暮らしをするには東京に住むしかないと思い込むには十分だった。
もちろん、地元に残る友人たちもいたが、私から見てすでにこの街で十分満足しているからなんだと思っていた。満足できない自分、新しい世界を知りたい自分。このとき私は18歳で決断した自分を強く信じてあげたいし、叶えてあげたい気持ちだけで、齧り付いていた。

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