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猫の話。島=『島暮らし、「うちの猫」』原案です。

 島に住んでいたことがある。
 おとうちゃんは転勤族と呼ばれる職種で、各地を渡り歩いた。おかあちゃんはついて歩いた。島に転勤が決まったときも一も二もなく二人は一緒にやってきた。

 あてがわれた住宅は、一軒家だった。
 廊下の縁側から庭のバナナが見えてその背景は海だった。その景色に二人とも満足して、存分に楽しんだ。海の端っこに港が見えた。フェリーが入港すると波が湧いた。
 おとうちゃんは釣りが趣味だった。毎日港に釣りに行ってはアジを釣った。旅館のご主人も毎日来る、と話していた。隣に猫が座っていたらしい。
 おとうちゃんの釣ったアジはおいしかった。ただ塩焼きしただけでもほろほろと身がほどけ、いい香りがした。おとうちゃんはきっちり二人分釣ってきた。最初は物珍しく、三枚におろしたり素揚げにしたりしていたのだが、だんだん扱いが雑になるのは仕方あるまい。ある日。おかあちゃんは、バケツを生け簀代りにして、買い物に行った。
 帰ってきたら、アジがいない!
 さばくのが苦手なおかあちゃんは〔ああ、おとうちゃんがやってくれたんだ〕と感謝、おとうちゃんにお礼を言った。
「なんもやっとらんぞ。」
 え?
 次の日もなくなったので、さすがの二人も異変を感じてそっと見守ることにした。小一時間待っても何の異変もない。二人して引っ込むと、カサカサと小さな音がする。そっと庭に回って縁側の前に置いたバケツのアジを見に行った。
 小さな猫がバケツに顔を突っ込んで大き目のアジを縁の下に引っ張っていく、その一部始終を見ることになった。驚かさないよう、隠れるようにしていたのは言うまでもない。猫が消えてからしばらくして確認したら、バケツには海水しか残っていなかった。

 その猫には見覚えがあった。数週間前に姿を現し、遠くにじっとしていた。最初は呼んでもご飯を出しても、無反応。そのうち、ご飯を食べに来るようにはなったが小食でいつまでもやせたままだった。島のそこここにいる太った猫たちとは大違い。鳴いてごらん?と呼びかけたら、
「みゃ、みゃ、みゃ」と緊張した震え声で応じてきた。みゃーとは鳴けないようだった。
 逞しい一面を垣間見て二人の会話は盛り上がった。
「言ってくれたらみゃみゃに譲ってあげたのに。他のご飯はあんなに小食なのに、ねぇ」

 島には地域猫の集団がいて、太ったのや、甘え上手、その辺を睥睨する立派な体格のブチもいた。
 みゃとなく猫はどのコと家族なのか。
 決して懐かない猫を勝手に『うちの猫』と呼びながら暮らした。
 おとうちゃんはうちの猫のために2~3匹多く釣ってくるようになった。うちの猫は1・2匹、ちゃんと縁の下に引っ張って消えた。

2.に続く。
後日、「エッセイ部門」にエントリーしました。原稿は、6月23日付で新たにアップいたしました。
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