見出し画像

冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ おまとめ版 第五話 #DDDVM

「ふんふん、物見の術がマニピュレーターとしても使えることにはどうやって気づいたんだい?」
「マニピュレーター?ってなんですか?」
「ああ失敬、離れた所に手を届かせられる道具だと思ってもらえれば」
「難しい言葉使う人だ……ほら、新しいこと覚えたらそれで何が出来るか試したくなりません?師匠から物見術を教わってから、あちこち遠方を覗いていたんですけど……ある日、初めて見る果物が鈴なりになってるのを見つけて、それでちょっと色々試してみたんですよね。どうしても食べてみたくて」

サーン少年は手持ち無沙汰らしき腕を、焼き物を創る様にぐるぐる回して身振り手振り、当時の創意工夫を伝えようとしていた。

「目的の対象に対して、管を分割させた上で、眼を担当する管とは別に……指先を担当させる管を複数作って、そっちの表面をマナの密度を高めれば自分の手みたいに物をもたせられる様にしました。目的の果物もひとつまみ位のサイズだったのであっさり水管の中を通らせて手元まで。うん、まあ、実際食べてみたら腹壊して……師匠と母ちゃんからはすっごい怒られたんだけど」

事の顛末を聞いた二世殿は、それはもう大笑い。腰に手をあて背をそらすほどの爆笑っぷりに一同しばし沈黙するも、やがて本人が空気を読んで平常時へと立ち戻った。

「うん、いい。最高だ。やっぱりサーン君の活躍は犯罪録ではなく、英雄譚として語られるべきだねぇ」
「なんですかそれ、両極端過ぎますよ」
「要するに、君の立場は非常に危ういわけだが、自分は極力良い方向に倒したいのだね。そうでないとついでに私の格まで下げられてしまうしー」
「アンタのいってる事、全然わっかんないよ」
「まあそうだね~、改めて自己紹介させてくださいな」

レオート二世殿はサーン少年を向き合い、大仰にお辞儀をしては本人は愛嬌のつもりであろう、ウインク……めいた所作を見せた。

「わたくし、グラス・レオートともうします。君が打倒した迷宮公、それその人です」

彼の自己紹介を聞いたサーン少年は、きっかり三秒硬直した後に、天までとどけとばかりの叫び声をあげた。

「うわああああああああああああああああああ!?」
「こうしてお目にかかれて、実際自分はとても嬉しく思ってるよ?」
「あああああああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!どうかゆるして!」

怒涛の勢いで土下座し上下運動をはじめて拝み倒すサーン少年を見かねて、シャンティカ君が二世殿の脇腹を、やんわり肘でつついた。

「ちょっと、脅かすのは程々にしてあげなさいよ。さっきから変な態度取ってると思ったら」
「いやなに、こっちは殺された身なのでちょっとばかりおどかしても、まあ許されるかなーと。ふふ」

追い詰められた子ねずみよりも細かく震える少年に、二世殿がしゃがみこんで訂正をかけた。

「うん、ゴメンゴメン。正確には自分は死亡した迷宮公本人じゃなくて、その息子、二世のような物だと思ってくれたまえ」
「む、息子……いや、でも、どっちにしても俺の事恨んでもおかしくないんじゃ?」
「そこはね、我々は人間と倫理観とか、いろいろ違うから気にしなくてよろしい。それより問題なのは君の処遇なんだよ」

そう言って、二世殿はアゴに……正確にはフルフェイスの装飾に手をあてわざとらしい咳払いを見せる。彼の身体構造として、体内に声帯や呼吸器が有るのかは……はなはだ疑問ではあるが。

「君も既に自覚はあると思うんだけど、君は今、アルトワイス王家が有する重要施設をメッタメタのボッロボロにしてしまった。しかも、偶然などではなく自分と意思として行動を起こしたわけで……まあ有り体に言って重犯罪人だねー」
「それは……わかってます。覚悟も、してます」
「ウソは良くない。死に対する覚悟なんて、おいそれと出来るもんじゃないから」

二世殿はサーン少年の震える手を取って、その硬質ですべらかな指先でもって握りしめた。その指先はあまりに非人間的、非生命的でありながら、生ける者への敬意に満ちていた様に思う。

「君達の首が飛んだところで、父はもとには戻らないし、それどころか我々を倒した相手は犯罪人などというレッテルまでついてしまう。これは実に良くない。どうせ後世に語り継がれるなら、知勇溢れる若者に敗れた、そういうことにしておきたいのが父の意向なのさ。そして、自分もまたその意向を尊重したい。わかってくれる?」
「アンタの事情はわかった……信じて、いい?」
「信頼に叶う働きをすると約束しよう、君と君の先生の未来のためにも」

そこで、ようやく少年の手の震えが止まった。が、同時に次のトラブルもまた発生してしまった。

まず最初に生じた変化は、湖畔の水面が風の波紋を明らかにこえる戦慄きを起こした事。それから、公園の噴水のように水が湧き上がると、形を一変させ、透き通る花弁を集めた薔薇に変じたのだ。

集落にも関わらず生じた変異に、リューノ殿とシャンティカ君は非戦闘員の前に出て戦闘態勢を取る。が、私はそんな二人に待ったをかけなくてはならない。あれは敵ではないからだ。

「止すんだ、ふたりとも。あれは敵ではない!」

私の言葉を否定するかの様に、薔薇の花弁に波紋が溢れたかと思えば、我々の足元に向かって、高密度に圧縮されたと思しき水流が多数撃ち込まれた。水竜の類が操るブレスに準じたそれは、並の鋼板などあっさりと両断しうるだろう。

「攻撃してきたんですけど!?」
「だから、誤解が生じている!サーン君!彼女に伝えてほしい!」

水しぶきが上がる中、私の言葉にサーン少年も頷いて見せた。だが、こちらより早く水薔薇の中央が開き、内より女性の上半身を生やしてみせる。姿を見せた女性は燃えるような赤髪のロングストレート、緋の瞳には怒りの炎を伴っていて、その身を麻のローブで覆っていた。

「アンタ達!ウチのバカ弟子に手を出したら承知しないよ!」

彼女の言葉に、一同も状況を察したのか、武器を収めようとするも水薔薇の威嚇射撃が、早い。リューノ殿とシャンティカ君の手元をかすめ、またも派手な水しぶきが立ち昇った。

荒ぶる水の華を前に、サーン少年が駆け寄っていって両手を広げる。

「先生!ちがう、ちがうんだ!この人達は味方!味方なんだよ!」

少年の制止を他所に、見事に咲き誇った水華はあまた重なる花弁のそこかしこより波紋をほとばしらせ、水撃を吹き散らす。あくまで地面を狙った一撃なのは、集落への誤射を嫌ってのことか。

やむなく抜刀したリューノ殿が、猫科肉食動物の低姿勢めいて駆け抜けては水華の根幹へと刃を振るう。かたやシャンティカ君はバク転側転から距離を撹乱した後、術者本体を避けての射撃を行うもことごとく花弁に埋もれて有効打とならない。

そして二世殿は、どういう技術か水撃の一線をことごとく最小限の動作で回避していた。彼の戦闘能力については未知であるが、少なくともここで披露する気はないようだ。

一方で私といえば、ワトリア君とサーン少年に累が及ばないよう、ワトリア君のメガネを通して防御場を構築していた。私自身がその場に行ければ話はまだ早いのだが、今度は私の姿を目にした村民がパニックに陥りかねない。こういう事態では、竜の身の不便さを痛み入るものだ。ワトリア君の眼前で水撃が弾けて水しぶきに変わり、短い悲鳴もあがる。

「怒り狂った水精<ウンディーネ>でもここまで攻撃的じゃないわ!こっちの呼びかけは耳に入ってないし、矢はのきなみ水塊に飲まれて弾かれてる!」
「相手もこれほどの術式をいつまでも維持は出来ないでしょうが、我々の方が先に追い詰められます。シャール殿、何かいいアイデアはありませんか?」
「そうそう、どうにかここまで来たのだから、ちゃんと丸くおさめていただきたいね探偵君?」

三者三様にこっちへ話を振ってくるが、これで策なし案なし手も足も出ないとなれば私の信用はガタ落ちだろう。もちろん、打開策はある。

「ワトリア君、申し訳ないが少しだけあの水華に視線を向けてほしい」
「えっ、あっ、はい!わかりました!」

私の要請に応えてくれたワトリア君が、水華を視界に入れた瞬間に合わせて次の魔術式を稼働させる。ワトリア君のメガネには、緊急回避用に遠隔操作可能な魔術具としての機能も持たせてある。しかして残念ながら、あの規模の相手を一息に無力化出来るほどの出力はもたせられていない。

一瞬のうちに、私の視覚へ通常は視認されない魔素、マナの流れが克明に認識される。それは糸引きで操るマリオネットのように、水華の内部へ骨格的に組み込まれていた。魔術といえど人為的に操る以上、そこには力の流れが生じる。

つづけて、水華の骨格、上下それぞれ二箇所の計四箇所に向かって次なる魔術を起動。それは暗殺者が好む吹き矢さながらに、赤い矢羽となって水華へと突き立った。水面に赤いインクを落とした様に、透明な像に赤の文様がにじむ。

リューノ殿は、私が声をかけるよりもなお早く眼前の赤い点を切り裂いた。続いて、クラゲの触腕同様に振るわれる水の一撃をくぐり抜けてもう一点を目指す。

「今ポイントした箇所を狙って一撃を!」
「わかったわ!」

リューノ殿につづく形で、シャンティカ君もまたマーキングされたポイントめがけ矢をつがえる。

「サーン君は、こちらに」
「はっ、はい!」

果敢にも咲き誇る脅威を前に突貫する戦士二人を背にして、少年はワトリア君の眼前へと駆けてくる。大音声にならないよう注意を払いつつ、私はメガネ越しにサーン少年へと語りかけた。

「いいかい?今から君の先生、正確には彼女のまとった魔術兵装がその安定を失う。君にはその隙に乗じて、彼女の兵装の魔力構造体に干渉して無力化してほしい」
「えっ、ええっ!?」
「君が適任だ、私ではこの状況下で彼女を無力化する事はできない。そちらに行けば村人達にいらぬ恐怖を与えてしまう」
「ででで、でもっ、俺にそんなこと……!」
「あの迷宮公を出し抜いた君なら充分可能だとも。そしてこの事件を丸く収めるためには、彼女にも話を聞いてもらわないことには終わらないんだ」
「……っ!わかった、わかりました!やります!俺が!」
「良い返事だ、よろしく頼むよ」

私がそう告げた頃には、サーン少年は身をひるがえして己の師へと向き直った。彼の右手からは不可視の魔力流が溢れ、湧き水のように青の魔法陣が編まれていく。彼の陣が噴水のように水を溢れさせて、右腕をふるえば宿り木よりも獰猛に、使役される水が相対する水華へと突き進んでいった。

そして私が打ち込んだ楔はというと、既に上方の2つはシャンティカ君の鮮やかな手並みによって射抜かれていた。最後の一点は警戒を強めた水華の、猛攻といって差し支えない水の触腕の猛打の雨あられが、リューノ殿へ襲いかかることで被弾を遠ざけている。

「シャンティカ君、最後の一点も射抜けるかい?」
「駄目、警戒されちゃって射線を防がれてる……でも、彼なら大丈夫。やってくれるわ」

彼女が断言するほんの少し前に、水華より二十歩程度は間合いをあけたリューノ殿は、やおら剣を大きく振りかぶった。次の瞬間、彼の手にしていた剣は、水華の紅点、そのすぐ側へと移っていた。投擲、したのだ。

恐るべき速度で投げ放たれた剣は、水華の茎を真横に深々と切り裂いて止まる。残念ながら紅点にはいま一歩届いていはいない。だが。

「なっ……!?」

水華の主が動揺して剣へ意識をそらした瞬間に、リューノ殿は動いた。疾い、私の視覚でもまるで風の行く先を追うかのような速さで。水華もすぐに意識を彼へと戻し、水撃を持って行く手をはばまんと大地に撃ち込むも、リューノ殿は短くステップを踏んで狙いをかわし、猫が障害をすり抜けるが如くふかく踏み込んで相手のふところまで潜り込んだ。彼の手が、剣を掴む。

「ハァ……ッ!」

短い、しかし天地をゆさぶらんほどの裂帛の気合と共に剣が振り抜かれ、ここで初めて水華は自身の意に沿わない水しぶきをあげることとなった。

「サーン君!いまだ!」
「わかってます!」

サーン君が私の合図に応え、右手から形成した水の管をしたたかに水華の裂け目へと撃ち込んだ!

「サーンッ!?」
「先生、頼むから落ち着いて……っ!」

私の視覚に含まれるマナ受容体が、水華を構築している魔力骨子に微細なひび割れが走ることを確認した。サーン少年が打ち込んだ水管が、本来繊細な魔力構造体に制御上のノイズを走らせ、彼女の制御を乱したのだ。

二三度ぶるぶると水華が振動したかと思うと、あたかも噴水が最も噴き上がって四散するかのように四方八方へ水滴が爆発四散する。ポーンと宙へ投げ出された華奢なご婦人は、リューノ殿が剣を投げうって着地点に踏み込み、何事もなくキャッチした。

「お怪我はありませんか?」
「……ないよ、どーも」

脅した相手に救われたのが流石に気まずいのか、整った顔立ちに朱をさしてリューノ殿の胸板を押しつつ地に足を下ろす。ざんばらな水色の髪が風に揺れる花のように乱れた。と、そこにサーン少年も駆け寄っていた。

「先生!」
「あー、その、なんだ……悪かったね。アタシの早とちりで」
「いえ、こちらこそあなたに先に話を通すべきだったかもしれません」
「えーっ、順序逆でも絶対こうなったってぇ。先生の喧嘩っ早さはここらへんで一番じゃん」
「うっさい!……とにかく、アンタ達がアタシがとちったような連中でないってのはわかったよ」

地もゆらさんばかりの大きなため息をついた後、わずかばかりの逡巡の後で彼女は自身の自宅を背中越しに指差した。

「立ち話もなんだ、ウチに来な。椅子は足りんがタオル位は出すよ」

―――――

通された木造のご自宅は、こじんまりとした造りで我々一行がお邪魔すれば少々狭苦しい印象の広さだった。中央にはテーブルに二脚の椅子、後は寝台とアチラコチラに魔術書と思しき分厚い書籍が散乱していた。

サーン少年の師は椅子の内一つにどっかりと腰を下ろして頬杖つくと、一行の顔を見回す。

「エリシラだ、ここで隠居しながらこのヒヨッコに魔術を教えてる」
「リューノと申します。一介の冒険者です」
「アルトワイス王立学院にて医学生につとめております、ワトリアです。それと、私の眼鏡越しにシャール先生も話を聞いています」
「シャール・ローグスです。しがない竜ですがよろしくお願いします」
「アルヴァ族、シャンティカよ。私も冒険者ね」
「グラス・レオート二世です。よしなに」

最後の二世殿の自己紹介を聞いてエリシラ殿は眉をピクリと跳ね上げたが、何ごともなかったかのように話を続けた。

「率直に聞こうか、ウチのバカ弟子は一体どこで何をやらかしてアレを持ってきたんだい?」
「では、その疑問には自分がお答えしましょう」

一行の中から、レオート二世殿が進み出てエリシラ殿の対面に座った。他の面々には、サーン君がタンスからタオルを引っ張り出して配っていくのが見える。

「サーン君の罪状は先代迷宮公グラス・レオートの破壊・殺害と、アルトワイス王家が管理している遺物の盗難です、ね」
「ひゅーっ……案の定だ。こりゃアタシの首一個じゃ釣り合わないねぇ」
「イヤだよ先生そんなの!」
「お黙り!悪さのすべを教えたアタシが、無責任決め込むって訳にはいかないんだよっ!」

エリシラ殿の一喝に、サーン少年は季節外れの草花のようにしおしおとしおれた。

「しかし、なんだってこっちに肩入れするんだい?さっきのタイミングでアタシを殺傷しても、アンタ達はお役目を果たしただけになるだろうに」
「我々の務めは真相の究明であって、犯人の捕縛と処断ではありませんので。ついでに、ご遺族の希望でもあります」
「そっちの二世さんかい。なるほど、アンタの名乗りも詐欺ってワケじゃないんだねぇ」
「どうしてそのように?」
「アンタからはマナを感じられない。草木、動物、魔物に悪魔、何にだってマナは、有る。ゴーレムにしたって、魔術で動かすならマナ無しには動かない。じゃあそのルールの例外になるってのは……神話のご遺物様くらいだろうさ」

彼女の分析に、二世殿は感心したように頷いた。

「ご慧眼、感心の至りですとも。まあ私の出自については名乗った通りとご理解いただければ」
「で、その迷宮公のご遺族様が何だって、殺した側に肩入れするのかね」
「なぁに、せっかく父を倒した相手が重犯罪者扱いとなると私達の格も下げられてしまいますので。せっかくなんですから、吟遊詩人には英雄として語っていただきたいと、それが父の意向でもあります」
「ふーん……ま、アタシとしちゃその提案に乗るしか無いんだがね」
「ご理解いただけてなによりです」
「なんだか妙な展開になっちまったけど、勝算はあるのかい?」
「精一杯、弁護させていただきますとも。我が一族は女王陛下とも懇意ですので」
「その言い回しは背筋が凍るねぇ」

エリシラ殿は目をつむって二三度机を指で叩いた後に、ぱっと開眼する。

「よし、のった。もとより差し出すつもりの命だ、アンタの賭けに乗せてやるよレオート公」
「ええ、よしなにお任せください」
「アンタも異論はないね、サーン」
「俺はもともと……ひとりで行くつもりだったし」

暗に自分一人で背負うつもりだったと吐露してしまったサーン君は、そのままエリシラ殿に頭を小脇に抱えられて締め上げられてしまった。一番近い表現は、親の心子知らずだろうか。

「もう一人前だからひとりで責任取るって!?十年、いやこの体たらくじゃまだ百年ははやいね!もっとがんばんな!」
「いだだだだだだっ!痛い、痛いよエリシラ先生!」
「エリシラ殿、どうかその辺りで」

私が声をかけると、べしゃり、とサーン君が床に落下した。エリシラ殿の腕を回して身体をほぐす姿は、少し前まで難病にて死の淵にあったとは思えない壮健さだ。

「エリシラさん、一つお聞きしてよいですか?」
「なんだいワトリアちゃん。私事以外なら、ま、答えてあげるよ」
「『水晶薔薇病』が寛解した後の体調はいかがですか?非常にまれな症例なので、詳しくお聞きできればと」
「ああ、アンタ勉強熱心だね。ウチのバカ弟子にも見習ってほしいくらいだ。そうさねぇ……端的に言って、前よりずっと調子は良い。アタシの術式を見たろ?以前はアレの半分くらいが関の山だったんだ、アタシのマナじゃね」
「寛解後はむしろ好調、と」
「ああ、自覚症状は全くなし、再発の様子もないね」
「でしたら何よりです。それと、発症前にこれと言って変わった事象はありましたか?」
「いんや?ぜんぜん」
「そう、ですか。ありがとうございます」

声に物足りない雰囲気をにじませながらも、礼を述べるワトリア君に入れ替わる形で、今度はリューノ殿が問いかけた。

「エリシラさん、もしや水晶薔薇病が発症する少し前に……水系統の大魔術、それも本来自分の手にあまる様なものを使いませんでしたか?」
「ん、使った」
「それはどの様な術式でしょうか」
「あー……」

なにやら照れくさい様子で髪を掻いて往時を振り返るエリシラ殿。
しばし時を置いたのち、当時のことを彼女は語り始めた。

「大したことじゃない。ほら、ここって湖畔の集落だろ?水源が近いってのは平時は良いが、大雨になるとそれが牙を剥くってわけだ」
「湖の水位が激増し、集落が飲み込まれる事態になったと」
「その通り。散々世話になったんだから見て見ぬ振りも出来ないし、こう……ちょいっと一番近い川に無理やり水路を造ったんだ」
「無茶をなさる」
「まあねえ、やってる最中も後悔しっぱなしだったさ。しかし、それがなにか関係あるのかい?」

問い返しに対し、一呼吸置いた後リューノ殿が回答した。

「伝承によれば、不死王の随伴者も水の大魔術を使った後に同じ病を発症したと聞いております。事例が少ないので断言は出来ませんが、何らかの因果関係があるのではないかと」
「ふぅん……ま、覚えておくよ」
「そんなこと言って、先生ここぞという時はすぐ無茶するんだから」
「おーだーまーり。やれる奴がやれる時にやれることすんのが人間なんだよ」

最後のやり取りで、サーン少年は椅子代わりの小タルに座り込んだままぶすくれてしまった。打って変わって再びワトリア君が口をはさむ。

「では、寛解後に調子が良いこととも説明がつくと思います」
「どういうことだい?」
「人間の肉体には、ダメージを受けた後の回復後により強靭になる性質があります。おそらくエリシラさんは魔術の酷使、水マナの暴走を経由して回復したので、身体の魔力容量が以前より向上したのではないかと」
「なるほどねぇ。ま、鍛錬の手法としちゃ駄目だな。死にかける上に、犯罪者になって治療薬取ってこないとってのはあまりに非効率的だよ」

私の視界が、わずかにかしげた。エリシラ殿の、若干一般人からずれた応答がワトリア君には少々不可解だったのだろう。私も僅かな知見しか無いが、人間族の魔術士は魔術の追求にこだわるあまりに……標準的な良識を逸脱することがおうおうにしてある。その点で言えば、エリシラ殿はまだ自制がきいている方だろう。しかし彼女の、自分の命の扱いは随分と軽いものだ。

「さて、世間話はもう良いだろう。後は女王陛下に詫びを入れるのがアタシらの務めさ。そうだろう?」
「ええ、ですが悪い結末にはならないよう努力しますよ」
「ハッ、どうだか。駄目だったらワトリアちゃんに医術調書取らせる時間くらいはおくれよ」

先程の会話から程なくして、彼らは私が待つ集落から外れた場所へと戻ってきた。サーン少年が、私の姿を目の当たりにして歓声を上げる。

「ワーッ!スッゲー!本当にドラゴン!それも最上位の真竜だよね!?生きている間に見られるなんて思わなかった!」
「こらっ、静かにおし!そんなに騒いだら失礼だろうが」
「いえいえ、お構いなく」

師の制止も物ともせず、私の鱗に触れて撫で回すサーン君はなるほど大器だ。アルトワイス王国とその周辺国は争いが絶えて久しいが、それでも彼のような未来ある少年が時代に求められることも十分ありうる。

「なぁなぁシャールさん、乗っていいってマジ?」
「ああ、人数が増えたからちょっと私の背では手狭だろうけれど。気にせず乗りたまえ」
「イヤッター!じゃあ俺一番前がいい!」
「これから一世一代の大怒られに行くってのに、呑気な子だよ全く」

わかってんのかい?という問い詰めとセットで耳をつまもうとしたエリシラ殿の手をすり抜けて、サーン君は私の背へ前腕から肩口を伝ってするすると登りあがる。弟子の活発さに根負けし、足元に水流を起こしておのが身を噴き上げひらりと背に移るエリシラ殿。そしてもとよりのメンバーはそれぞれの手段で私の背へと上り詰めた。

「さていこう、王都へは私の翼でもって小一時間ほど、その間にどう弁明するかまとめておいていただきたいな」
「ホントに?めっちゃくちゃはやいじゃん」
「こーら、真面目にどうごめんなさいするか相談するが先だよ」
「は~い」

私の王国法律知識に照らし合わせると、一応死罪になるかどうかの瀬戸際のはずなのだが当の二人はいまいち緊張感に欠ける様子だ。むしろこれが腹をくくった態度なのかもしれない。その場についてしまえば後は私に出来ることは一つ二つ口添えする程度、二世殿が上手く取り直してくれることを祈るほかない。

天頂に座す陽はすでに傾きつつある頃合いで、おそらくは師弟にとっては日帰り旅行にはならないことを示唆していた。

―――――

この実に重苦しい空気の場に、小心者の私は同席しなくて済んだことを心のすみでこっそり感謝してしまった。ことの始まりにおいて、ワトリア君が呼び出された王座の間は、あとの時とは比べ物にならないほどの重圧を伴った世界に切り替わっている。

一行は片膝をつく形で眼前の年若い女王陛下に平服しており、当然ながら中央にはサーン少年が、そして傍らにはエリシラ殿がいた。ワトリア君達一行はその後ろ、一歩離れた位置に並んでいる。

女王陛下は麗しい唇を固く真一文字に結んで、表情を分厚いカーテンのように覆い隠して淡い水色の瞳をサーン少年に、一心に向けている。あの様な表情を彼女が見せたのは、私の知る限りでは今回が初めてだ。

「その方、顔をあげてください」
「……ハッ」

出立する時の遠足気分はどこへやら、流石に空気を理解したサーン少年はぎこちない動作で顔を上げた。

「ことの経緯についてはすでにシャールから聞き及んでおります」

国家の象徴そのものが自分に圧をかけてくるのは、人間にとってはあるいは竜と同等に恐ろしいのかもしれない。そんな感想を抱くほど、少年の背は緊張感に満ちていたのだ。

そばに控えていた大臣が、女王陛下より後を引き継ぐ。重苦しい玉座の間の空気も、この男にとっては何処吹く風といった趣だ。

「陛下、続きはわたくしめが」
「よしなに」
「御意にて」

大臣はうやうやしく女王陛下に会釈した後、改めて一行へと向き直った。

「さて、容疑者のお二方。アルトワイス王国国民であるならば、王国が法の秩序の基づいて運営されており……犯された罪は法によって裁かれるのが大前提だが。そのへんはわかっているだろう?」
「……はい」

硬い声色で返答するサーンくん。その様子を満足気にながめながら、大臣はわざとらしく顎髭をしごきつつ、続きを述べる。

「にも関わらず、大罪人にあたる君たちが、陛下の御前へと目通りかなっているのには当然事情がある。もちろん、ちょおっと舐めた態度を取るなら、君たちのかろうじてつながっている命運の糸は、あっさり途切れるのでそのつもりでいたまえよ?」
「わかっています」
「よろしい。ではまず何故君たちが法廷ではなく、陛下の御前へと引き出されたかの大きな理由の話をするとしようじゃないか」

わざとらしい咳払い。相変わらず人を食った態度だが、これが果たしてどう出るか。

「法治において、とても重要な前提として、まず法でさばくにあたっては、罪が定義されていなければならない。せーいーかーくーには罪を犯したと判断される条件づけだねぇ。わかるかい少年」
「はい」
「うんむ、よろしい。では率直に言おう。我が国の法律家は大失態を犯していたのだよ」
「大失態?」

サーンくんの問いに、大臣はニッと人の悪い笑顔を見せた。

「そう、大失態も大失態だ。なにせ彼らは迷宮公が亡くなられるってことを想像もしていなかったもんだから……当然、彼が殺害されたときの罪状も定義してなかったんだねぇ。ハハッバカバカしい話だろう?」
「えっと、それはどういう」
「要するに、君は大やらかしをしたがそれを定義する罪状がない。君は犯罪者でないってことだ。はっはっはっ、まったくとんだ笑い話だが……だからといって、即無罪放免ともいかないんだなぁ。君が王国のかけがいのない財産を毀損したのは、紛れもない事実。ゆえに我ら統治組織は君の扱いを慎重に取り決めないとならないね。法律に記載のないことならなんでも無罪放免となれば、別の形でやらかす輩も現れかねない。まあ、やるとするなら貴人殺害の罪状と王室付き財産の毀損横領あたりを拡大解釈すれば、君の首をちょんと飛ばすのには十分な罪過となる」

早口でまくしたてられた大臣による長口上に、サーンくんは地震に揺さぶられる燭台のように小刻みに震えている。一方のエリシラ女史は肝の据わりゆえか、動揺した様子もなく泰然とひざまずいたままに、ことの成り行きを見守っていた。

「とどのつまるところ、君の命運は女王陛下の胸先三寸次第、というわ、け、さ。それを踏まえた上で弁明するなり、命乞いするなり、好きにしたらどうかね。少年」

謁見室を、再び重苦しい間が支配した。
女王陛下は固く口を真横一文字に結び、近衛騎士といえば厳しい眼差しを一行に向け、この場において大臣ただ一人がにやついた底意地の悪い笑みをたたえている。それでもその表情が下卑た印象を与えないのは、眉目秀麗な面立ちあってのことだろう。

永遠にも思える沈黙の後、意を決した少年は自身と同世代である陛下へ毅然と告げた。

「陛下、ごめんなさい!」

叫びと共に、サーン少年は深々と己の頭を床につけんばかりに下げる。

「オレっ、先生助けることしか頭になくって!色々考えたけど陛下に言えることなんてなんもなくて、どんな罰も受けます、悪いのは俺だけなんです!」
「軽率にどんな罰も受ける、などと言うものではありません」

ピシャリとぶつけられた返答に、少年はびくりと身をすくませた。
アルトワイス王国女王陛下は、玉座より立ち上がられて咎人たる少年の眼前まで、歩みを進める。近衛騎士もまた、甲冑の音鳴りを伴って側に続く。

「サーン、おもてをあげ、そして私を見てください」
「……はっ」

ワトリア君の位置からは、二人のうち女王陛下の様子しか見えない。彼女の青空よりも青い瞳はまっすぐに少年の瞳へと合わされていることが見て取れる。

「奪うことで大切な方を救える、そんな選択肢が提示された時。その未来を拒否出来る者がどれほどいることでしょう。私とてあなたと同じ一個人の立場であれば、同じ道を歩まない保証はありません。此度は、運命の悪戯によってあなたが奪う側であり、私が奪われる側だったのです」
「陛下、もしかして迷宮公は陛下の」
「幼くして即位した私の、後見人の一人であり……そうですね、祖父代わりの様な存在でした」

陛下の言葉を受けた狼狽えようは、まさに雷に打たれたかのようだった。おそらくは、彼の中では迷宮公なる存在は王国に仕える便利な魔神、くらいの扱いだったのかもしれない。だが、そうではなかったのだ。

「陛下……ッ、俺、おれっ……!」
「あなたが泣き出してどうするのです、もう」

背を震わせて慟哭するサーン少年を前に、女王陛下もまた不器用な微笑みを浮かべて答えた。

「もちろん、私があなたを赦免するのは寛容であるがゆえでもなければ、対面を気にしてでもありません。確たる理由が無ければ、あなたの扱いは極めて悪いものになっていたでしょう。そのことをお忘れなく」
「ひゃい……」
「今告げた通り、サーン。あなたを赦免します。ですが、完全に無罪放免というわけにもいきません。わかりますね?」
「それは、まあ……なんなりと、陛下」
「ですから、そう安請け合いするものではありません」
「ハッ」

改めてかしこまるサーン少年に対し、まるで幼馴染が苦言するような雰囲気で釘を刺す女王陛下。

「ですが、そうですね。まず先に赦免する理由からお答えしましょうか。それは一重に……公の願いであるがゆえです」

ワトリア君が、パッと脇に控えていたレオート二世殿に視線を向け直した。

【冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ おまとめ版 第五話:終わり|第六話へと続く|第一話リンクマガジンリンク

現在は以下の作品を連載中!

弊アカウントゥーの投稿は毎日夜21時更新!
ロボットが出てきて戦うとか提供しているぞ!

#小説 #毎日Note #冥竜探偵かく語りき #毎日更新 #ミステリー #毎日投稿

ここから先は

0字

パルプスリンガー、遊行剣禅のパルプ小説個人誌です。 ほぼ一日一回、1200字程度の小説かコラムが届きます。 気分に寄っておやすみするので、…

ドネートは基本おれのせいかつに使われる。 生計以上のドネートはほかのパルプ・スリンガーにドネートされたり恵まれぬ人々に寄付したりする、つもりだ。 amazonのドネートまどぐちはこちらから。 https://bit.ly/2ULpdyL