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冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ おまとめ版 第四話 #DDDVM

「ここですね」

立ち止まったリューノ殿が指し示した文字盤は、確かに私が指示した記号と一致していた。身震いを隠さないシャンティカ君。

「ここは危険物あるの?」
「いや、ここに保管されているのは比較的安全な遺物だよ」
「わかったわ、でも違う物に手を出さないようどれが対象なのかちゃんと指示してよね」
「もちろん」

黒灰の板によって塞がれている様にしか見えない出入り口は、リューノ殿が目の前に立った事でシュッという軽い駆動音を立てて右にスライド、そして来訪者を迎え入れる。

「わぁ……」

感嘆の声を漏らすワトリア君の眼の前には、一室だけでも実に多種多様な物品が棚に保管されていた。杖とも剣とも似つかない道具に、一枚鏡にも関わらず合わせ鏡のように鏡面が反射している鏡、魔力とは異なる力で浮遊し回転し続ける天球図などなど、害は無いとは言えどなかなかに関心を引く遺物が揃っている。

「それで、目的の遺物はどこに?」
「入り口から十歩ほど進んだ先の右側、ちょうどシャンティカ君の目線ほどの高さにクライン形状の……奇妙な形をしたガラス瓶がないかね」
「ええと……あったわ」

シャンティカ君に続いてワトリア君が駆け寄った事で、その物品が私の眼にも写る。それは、クラインの壺、などとも呼ばれる奇妙な構造を持った透明なガラス瓶、そしてその中にはほのかに輝く黄金の液体が静かにとどまっていた。

「量は、減っているね。明らかに」
「そうなの?」
「ああ、目録によると瓶の八分目までは入っていたらしい。今は瓶の半ばほどだね」
「ふうん……でもおかしくないかしら、普通盗むなら瓶ごと持っていかない?そりゃあ、こんな私が一抱えしてなんとか持てるサイズの瓶なんてまるごと持っていったら目立ってしょうがないと思うけど」
「それには二つ理由が考えられる。一つは犯人はこの瓶に入っている全量は必要なかった事。そしてもう一つは、そもそもこの瓶ごと持って帰る手段は犯人は持ち合わせていなかったんじゃないかな、私の推理が正しかったらだけどね」
「持って帰れなかった……ですか?でも減ってる量からすると、別の瓶を持ってくるにしてもそこそこ大きなサイズになるような気がします」
「その通り、だがそもそも犯人は門番達の前に姿さえ現していない」

ワトリア君の疑問を私は肯定する。
とはいえ、やって見せなければ具体的にどうしてこの大きな瓶は持って帰れなかったのか、いまいちピンとは来ないだろう。

「ちょっと今から、それらの疑問を一挙に解決出来るか私の考えた方法を実演してみるとするよ。準備は済ませてあるから、少しだけ待っていてほしい」

見様見真似で作成した魔法陣は、空中にほのかに浮かんで停滞している。
後は私の思考を魔素、一般的にはマナと呼称される力を介して反映するだけだ。

と、迷宮公の入り口から離れるわけにもいかず、さりとて、いよいよ竜である私が奇怪な魔術をはじめたとあって対応にまごついている門番さんたちに、首を振って危険はないことを知らせる。

私のそぶりを見たおふた方は、安堵半分、畏怖半分といった様子で私の仕草を見守っている。

そして、私の意を受けた『それ』は、獲物を狙う大蛇のごとく迷宮公の中へと滑り込んで行った。それから、私は彼らに一つ頼み事をかさねる。

―――――

「まだかしら?」

シャンティカ君の言葉に、私は魔術を並行で動かしながらなだめる。

「もう、着くよ」

嘆息を隠さないシャンティカ君、周囲の物品をノートに書き留めるワトリア君、そして芸術的な彫像めいて佇まいを崩さないリューノ殿。彼ら三者の前に、私が送り込んだ存在は棚の垣根をはいわたり、つる草よりも繊細にあの黄金酒の湾曲ガラス瓶へとたどり着き、カマ首をもたげてはその透明な身柄で瓶のガラス栓を抜いてみせた。

「えっ、待って、それって……」
「まさか、これが凶器?」

困惑する二人の前に現れたのは、透明な、まったくも透明な純粋でかたどられた水の蛇だ。正確には途方もない長さでも問題なく稼働する水の管であった。

「なるほど……さしもの雨竜のしずくでも、元より形のない水なら溶かされる事はない。そういう理屈ですね?」
「その通り。この水蛇は管の輪郭をマナで形成していて、管の内部表面は純粋な水で覆っているんだ。だから内容物とは混ざらない優れもの。ほら、ちょっとコップを出してくれるかい?」

誰よりも素早くコップを差し出してくれたリューノ殿へと、水蛇は頸をかしげ薄暗がりから葡萄の暗い紫を流し届けた。

「失礼」

逡巡することなく、彼は暗闇より深い液体をあおった。

「……驚きました、あなたの言葉通りこのジュースはなんら薄まった印象はありません」
「試してみるまで、私も半信半疑だったけれどもね」
「ちょっと待って、そんな完璧に液体を伝達出来るなら、なんで犯人はわざわざ跡が残るような使い方をしたの?」

シャンティカ君の疑問に対して、私は自分の首の代わりに水蛇の首を振ってみせる。

「まず前提として、竜の私と、恐らくは人間族か類する種族であろう犯人とは若干前提が異なる。天井についた溶解痕は魔力消費を抑える為の省エネ運用、といったところだね」
「ああ、そっか……それって望遠鏡の代わりにもなるのかしら」
「もちろん、じゃないと本体が離れたところから悪さなんて出来ないだろう?」
「ほへー、良く思いつくわねこんなの」

シャンティカ君が熱心に聞き取る隣で、ワトリア君はというと黙々と私の説明を書き取っていた。
聞いてくれれば二度三度説明するのだが、彼女はことのほか初回で詳細に書き留めることを好んでいる。

「アリガトウ、ソンナ仕組みだなんて、全然わからなかったヨ」

その言葉を発したのは、この場にいる誰でもなく、私にすら気取られることなくその場に現出した第三者であった。

奇妙な存在だった。私のできる表現でもっとも近い存在はフルプレートアーマーの騎士に相当するが、装甲の継ぎ目が無くツルリとした表面はこの迷宮の壁材と同様の物質に見受けられる。そう、鎧姿にして黒灰色のマネキン、といった表現が最も適切であろうか。

「オッと失礼。声帯ニマだ不備が……」

謎のマネキン……彼から自己紹介をいただくまではそう表現しておこう。彼は自身の首周りをさすると、何度か咳払いをしてみせた。その後、不安定だった声色は透き通った高音の、男性のそれに落ち着く。一方で、剣と盾を構えたままなのは、リューノ殿だ。

「何者ですか」
「警戒させてしまって申し訳ない、少なくとも敵ではないね、あなた方の」
「敵ではない、という表現は、危険がないことを率直に意味しませんね」
「あなた方にとって脅威でないかといえば、まあ脅威ではあります。えい」

マネキン氏がパチリと硬質な指を鳴らすと、一瞬にして宝物庫の棚は壁に覆われ、何もなかったかの様に変じる。これで、彼が何者なのかは明白になった。

「あなたが敵でないことは存じておりますよ、グラス・レオート二世殿」
「二世、良いね。確かにあなた方の有する概念では、親子がもっとも近しく、そしてわかりやすい表現だ」
「二世、それではこの方が……」
「そう、私達の探索をサポートしてくれた当の本人さ」

レオート二世殿は、わずかに首をかしげ微笑んだ気配を発した。彼の頭部はフルフェイスの板面に覆われ、リューノ殿のようなスリットさえ存在していない。

「君たちが侵入した当初は父が残した権限を引き継いでいる真っ最中でね、なにせ元々はなかった機能だからすんなりとは行かなかったし、内部警戒機は自動巡回のまま君たちに襲いかかってしまった。後一日経ったころに来てくれればもっとスムーズにご案内したのだけれど、そこは不可抗力って事でどうか許してほしい」
「いえ、ご配慮感謝いたします、二世殿」
「えっと、ごめん。一気に言われると私置いてけぼり感が……」

自己紹介が一段落したタイミングで、シャンティカ君がおずおずと手をあげた。

「何なりと、ミス・シャンティカ」
「じゃあ順番に、結局迷宮公本人はその、お亡くなりに?」
「そう、その認識が一番近いんだ。厳密には違うんだけれど、父の持っていた多くのものは、あのおっかない液体の災禍によって大部分が失われて、自分が引き継げたのはこの迷宮を維持する権限と知識、そしてごくわずかな想い出。ここまで毀損と変質が発生した以上は、自分は父と全く存在とは言えない。父は死んで、代わりに僕が産まれたんだ」
「そう……それは、残念ね」
「何事にも終わりはあるって、ミス・シャンティカ。それで、探偵君には僕からも一つお願いがあるんだけど」
「探偵?」

聞き慣れない言葉に、私は思わず問い返した。

「失敬失敬、この国にはまだ探偵って概念はなかったね。ええと、今の君たちみたいに、あれこれ探し回って謎解きをするのが探偵ってやつでさ」
「探偵、ふむ。『看取り屋』などという不名誉な呼ばれ方よりは良いかもしれません」

探偵、という役割名は確かに私には似合いかもしれない。
だが、彼の口ぶりからすると、彼らはまるで未来から来たような表現だ。いったい彼ら親子は何処から来たのだろう。

「話を戻すと、探偵君には首謀者、犯人を見つけてほしいのだよね」
「それについては、既に王家からも要望を受けておりますので構いませんが、よろしいければあなたの意図をお伺いしても?」
「ああ、なに。君が警戒するような理由ではないとも。僕らにはそもそも肉親の情とかそういうものはないし、そもそも絶対毀損されたくないのであれば、王家の頼みも断って地の底に引きこもっていたほうがずっと安全だったろう。要するに、父はいずれは攻略されるのを待ち望んでいたんだ」

レオート二世殿は、その非人間的外見からは想像し難い人間臭い振る舞いで淡々と彼らの信条を述べる。

「誰かに殺されるのを待ってたっていうの?」
「その通り。まあ財宝の獲得を目指すのであれば、特段僕らを害するのは実は必須条件ではないのだけれど……こうして価値のあるものを腹に抱えている以上いずれは、ね」
「ごめんなさい、ちょっと私にはその心情まではわからないけれど、あなた達の望みがそうであった、のは理解したわ」
「ありがとう、ミス・シャンティカ。ただ、実際打ち破られた後だと問題もあってだね」

二世殿は、大仰な仕草でため息をついてみせた。彼の身体に本当に呼吸機能があるのかは、少々疑わしいが。

「僕らの想定の範囲だと、制覇者は直接生身で内部を探索すると考えていたんだよね。君たちの言うところの魔術は、僕らには知覚できないにしても、今までは遠隔操作は難しいものと捉えていたわけで……だからこそ裏をかかれたのだけれど」
「もしかして二世さんは、犯人に会いたいだけ、なんですか?」
「そう、おっしゃるとおりだよミス・ワトリア。彼が持っていった物品を考えれば、悪人の可能性は低いし、もう一つ懸念もある」
「王家が犯人を迷宮を制覇した英雄ではなく、犯罪者として断罪することですね?」

私の指摘に、彼は重々しい所作を伴ってうなずいた。

「父と今の女王陛下はとても親しい間柄だった。それに人間ってのは自分たちの損益でどう動くか変わるからね、僕らが王国にとって害ある存在なら、彼は英雄扱いだったろうけども。残念ながら今の僕らは王国の国有財産的存在で、彼はそれを毀損した訳でもある。なので、僕の預かり知らぬところで、意中の人が処断されるのを防いでほしいんだ」
「お受けしましょう。他の皆も構いませんね?」

私の確認に対し、三人は三様に同意してみせた。

「当の被害者がそう言ってるなら、私に断る理由もないし」
「はい、それに丸く収められるならそれに越したことはないと私も思います」
「同意します。我々への依頼は迷宮公の調査であって、犯人の処断までは含まれていませんから。そうでしょう、シャール殿」
「可能であれば見つけてほしい、とまではお願いされていたけれど。そこまでだね」

とはいえ、安請け合いはしたものの、王家に先んじて……となれば彼らの情報網が犯人候補をキャッチするよりも更に早く動かなければならない。これは少々、忙しくなってきそうだ。

「では、外へは僕がご案内しようか。時間が惜しいしね」

迷宮公二世殿が水晶を打ち鳴らした様な澄んだ音を指先で奏でると、にわかに全員の足場がスライドし、宝物庫の中より外へと運び出す。決して早い速度ではないが、それでも徒歩よりは幾分か早い。

「へぇ……便利なことも出来るのね」
「コレもようやくついさっき復旧した機能でね、いやはや君たちにはお手間を取らせてばかりで申し訳ない」
「どうかお気になさらず、公には公のご都合があった事に変わりはありませんし」
「ありがとう、仮面の勇士君」

彼らが移動している間、こちらはこちらで索敵の作業を進める。
まず、やはりおっかなびっくりのままこちらを見守っている門番の二人に対して、これから魔術を行使するが周囲に危害を加えるたぐいの術式ではないことを申し開き、その上で空中へと陣を敷く。

フェート魔術学部長より頂いた魔術式の陣を、平面から立体構造の三次元陣へと再構築、より広範な天球儀に類似した構造の魔術式が展開される。
そして構築完了した魔法陣へ爪先を振るうと、その中央部から間欠泉めいた勢いで多量の水が天をさかのぼり、青空の元で四方八方へ拡散していく。

私の推理が適切であれば、犯人は必ずある『証拠』を残さざるを得ない。
それを追うには同様の術式を使うのが最も相手と同様の視点に立ちやすい、そう私は判断したわけだ。

まるでメロンの網目のように緻密に、この山地の山肌をくまなく水の管が見聞していく。その情報は間断なく私の脳裏に流れ込んでは、すぐに目的の物の存在に気づいた。

そこから方角を限定して水管を張り巡らせると、芋づるをたぐって目当ての芋を掘り当てるみたいに、次々と目的の『証拠』が見つかっていった。

「まずは、これでよし、と。ミスリードがあったら次の手を考えないといけなかったけど、その様子はないか」

おそらく、首謀者が出来る手段は相当に限られている。
そもそもが、見張りの門番にも、迷宮公本建にもさとられずに遺物のみを持ち去るという困難な目的に対して、彼が手持ちの手札から何とか引き出せた唯一の手段がコレなのだろう。

「火・風・土のエレメントでは類似の試みを行っても、雨竜君の雫は魔術構造へ干渉して破断してしまう。表層をただの水で覆えたからこその芸当だった訳、か」

思案に没頭する私の視界の端で、ワトリア君達は宝物庫のドーム、その中央部の円盤床に移っていた。二世殿が上を指差すと、彼女らが乗っていた円盤床は音もなく浮かび上がり、ドーム天井の真ん中にある筒状の通路へと進んでいった。

ほどなく、眼鏡越しの光景の中に私自身の姿を認めれば、迷宮の入り口より一行が姿を見せたのを確認する。いつの間にか一人増えている探索メンバーにぎょっとする門番君達に、身振り手振りを交えて仲間であることを伝えた。加えて、二世殿の自己紹介。

「父、グラス・レオート公の後継ぎです。二世って呼んでくださいね」

彼のフランクな言い草に眼を白黒させる彼らをさて置き、私は一行をその背へと背負いあげた。目指すはもちろん、犯人の居場所だ。

上に乗る人数が三名が四名にふえた所で、私の飛翔能力にはいささかの影響も生じない。
鳥の飛び方と、虫の飛び方、それぞれの原理が異なるように、竜の飛翔は重さの影響をやすやすと受けるようなものではないからだ。
もっとも、個体によって異なるので飛べない竜もいれば、私から見ても奇妙な跳び方をする個体もいるのだが。

「うん、快適だね。実に良い。探偵殿は何を差し出せば僕の足になってくれるのかな?」
「お父上の思い出話の一つも語っていただければ、乗り合い馬車の代わり位は努めましょう。私にはそれが何よりの対価です」
「おっと、困ってしまうねそれは。こう、プライベートで守秘義務に触る内容が多いから……普段は自分の脚で歩くことにするよ」

二世殿の軽口に付き合いながら、澄み渡った青空を翔ぶ。
アルトワイス王国は、温暖な気候が育てた樹海が広がる国であり、また広大な草原からなる平野もまた存在する。
迷宮公の御在所は先に語った通り、峻険な山脈の中腹であり、そこから山の麓に向かってすそが広がるように森林の緑が広がってゆく。

「手がかりはあるんですか?」
「もちろん、でなければ君たちを寒い青空にただ浮かべただけになってしまう。ほら、ちょうど手がかりの一つが見えてきた」

濃い緑の陰影は、淡い薄緑へと移り変わり、地勢が平原へと切り替わったのが見て取れる。一面の草花に覆われた大地に忽然と突き出した大岩の姿、正確にはその上に描かれた証拠を私は捉えていた。

証拠の元へ羽ばたきを伴って下降すれば、私の姿を見慣れない野うさぎを始めとする平野の生き物たちがたなびく草の合間から飛びい出ては、一目散に駆け出していった。各々のペースで私の背より降りる一堂。

「これは……魔法陣?でも、どうしてこんな所に」
「この魔法陣がここにある理由は至ってシンプルでね、これは中継地点なんだ」
「中継……ですか?」
「うん、おそらく、二つの理由で犯人は迷宮公の近くまで来てから犯行を行うことは出来なかったんだ。犯人が持っていった遺物を覚えているかい?」
「『甘竜ラ・クラリカの黄金酒』です」

答えながらメモを確認するワトリア君に対し、うなずいて見せる。

「そう、あの黄金酒は俗に、人間族に対する万能薬として働くと伝承されている。であれば、考えられる理由として……犯人は遠出が出来なかったんだ。病が原因でね。そしてあの水管の術式は高精度な操作を要求される。そこから、犯人は病んでいる当人ではなく側仕えの者だろう」
「ふーん、動機の盗品一つでそこまでわかるものなのねぇ」
「ハッハッハ、外れたら石の一つも投げてくれたまえ」
「ちょっと!ここまで来て大外れだったら困るわよ!」

シャンティカ君の突っ込みを甘んじて受け入れつつ、私は話を続ける。

「もう一つの理由は、長距離を経由して魔術を行使するにあたり、一足飛びに出発点から迷宮公のところまで術を飛ばすには遠すぎる、といったところだね。休みなく魔術を稼働させるのも非現実的だろうから、チェックポイントとして内容物をとどめたままに出来る中継点が必要だったんだ」
「でも、そんな事していたら人目につかない?」
「リスクはゼロではないけれど、ここは街道からは外れているし、人里からも大分距離があるんだ。最低限、人目につくルートは避けていると考えていいだろう」

この中継点となる魔法陣は等間隔で各所に設置されている。
その事を彼らにも教えると、私は再びパーティを伴って空へと舞い上がった。

「先生、もう何処に行けばいいか把握されているんですか?」
「もちろん、君たちが迷宮から出てくるまでの間にね」

如何に竜といえど、自らの足で一つ一つ探していては手間がかかってしょうがないが、先程の魔術を広域展開すればさしたる時間もなく手がかりを探すことが出来た。非常に便利ではあるが、大気中に十分な水分が無いことには使用出来ない点には注意が必要だろう。

平原を越え、木々のまばらな林を飛び越し、いくつもの地形変化を見届けた私の視界に、豊かな水量をたたえた湖とそこに寄り添う山村がうつってくる。

手がかりとなる魔法陣はあの村を中心に複数が等間隔に設置されており、その点からも彼処こそが首謀者の拠点であることを私は推測していた。
あまりに距離を詰めて着陸してしまうと、村民を怖がらせてしまうと判断した私は、村から大分離れた茂みへと着陸する。

「この先にあった村が目的地だ。私が近寄れるのはここまでだからよろしく頼むよ」
「わかりました、でもどうやって突き止めれば良いんでしょうか」
「あの村に、直近で回復した重病人がいるはずなんだ。あんな小さな村では隠しようもなく噂になっていると思う。そこをたどってみてほしい」
「やってみます」

一行は私の側から、足早に村へと向かっていく。少々距離があるので致し方ないといったところだ。

「いよいよ、姿消しの魔術も研究しないといけないかもね」

毎回毎回この距離を歩かせてしまうのは、ワトリア君をはじめとする同行者には申し訳ない。

―――――

湖畔の村は、近くに竜が降り立った事には気づく事もなく平穏を保っていた。ご婦人方は昼下がりの雑談を楽しんでおり、こちらの一行に気づくとにこやかに会釈をしてくれた。ワトリア君達も合わせて挨拶を返す。

「あら、旅の人かい?こんな何もない村に珍しいねぇ。なにもお構い出来ませんけどゆっくりしていってらしてね」
「ありがとうございます、私は王都の医学生でして……こちらに難病を患っている方がいらっしゃるとお聞きして参りました」
「ああ、そうなの?」

ワトリア君の機転は良い判断だ。医術の徒であることを明かせば、病床にある者を探しているのはなんらおかしくはない話なのだから。
事実、ご婦人方はすんなりと私達が求めている情報を提供してくれた。

「それはきっとエリシラ先生のことね、湖畔に一番近い家にお住まいだけど……もう治ったそうだから無駄足になってしまったんじゃないかしら?」
「いえいえ、希少な症例と聞いておりますので、寛解状態に至った経緯だけでもお聞きできればと思います」
「王都の学生さんは勉強熱心なのねぇ……頭がさがっちゃうわ、うふふ」
「まだ若輩ですから、はい、がんばります」

一行はご婦人方にお礼を告げると、教わった湖畔のほとりへと向かっていった。その合間に、シャンティカ君は首をかしげて疑問を呈す。

「私達、結構な見た目の一団だけど、怪しまれなかったわね」
「普段から平和なのでしょう、この辺りは」
「覆面兜が二人いても大丈夫って、結構な平和ボケじゃないかしら。騒がれるよりはいいけれども」

元より、さして広くはない村落。目的の湖畔最寄りの家はすぐに見つかった。木材豊かな地域特有の丸太組の一軒家は、他の家々からは隔絶したかのようにぽつんと建っていた。

軋みを伴って開かれたドアから、一人の少年が姿をあらわしたのが我々の眼に映る。栗色の統一性なく伸びた髪に、あどけない顔立ちと人間としても小柄な体格はまだ年若いことを雄弁に物語る。腕には洗濯物を満載した桶を抱えていて、これから何処に行くかは明白であった。

そんな彼は、我々一行を視界に入れると同時に……洗濯物を取り落した。転がった衣服が、泥の中に舞い散る。そして彼はすぐさま駆け寄ってきては、大地に両腕をついて懇願したのだ。

「お願いします!おれはどんな罰も受けます!だけど先生は何も知らない、無関係なんです!」
「落ち着き給え、少年」

仮面の騎士はひざまずいて少年を助け起こすと、切羽詰まった様子の彼をなだめる。その様子を固唾を呑んで見守る一行。

「私達は君を捕らえに来たわけではないんだ」
「え……?」
「だが、君がやった事は確かに知っている。このまま行けば、君は厳罰を免れないだろう。その前に、私達は君の免罪を女王陛下に嘆願したい」
「えっと、俺てっきり……」
「そう思うのも無理はない、まずはお互いの事情を共有したい。いいかい?」
「はい、バレてるならもう隠すこととか無いし……何でも話します」

リューノ殿が、こちらに向かって頷く。
誤解からの強硬な反抗などが起きれば、双方ただでは済まなかったかもしれない。すんなり対話に持ち込めたのは僥倖であり、彼の手腕の賜物でもある。冒険者たるもの、交渉も技術のうちということか。

少年は、我々を湖畔のほとりに招くとぽつり、ぽつりと語りはじめた。

「俺、サーン・ラカ・トナムって言います。この村でエリシラ先生を師事して、魔術を教わってる魔術師見習いです」
「私はリューノと申します」
「ワトリアです、王都で医学生をしています」
「シャンティカよ。冒険者をしているわ」
「お供です、私のことはまた後ほど」

一行の中で唯一名乗りを濁した二世殿に怪訝な視線を向けながらも、サーンは続きを語る。

「皆さんは、もう俺が何をしでかしたかはご存知なんですよね」
「グラス・レオート公の殺害、そして彼が管理していた遺物の奪取だ。動機については、君のお師匠だろう」
「えっ、今喋ったのは……?」
「今発言したのは、この場に居る誰でもないんだ。申し遅れました、私は冥竜、シャール=ローグス。ある術式を通してこの場に声を届けている」
「竜<ドラゴン>……!ま、まさか村ごと焼け野原に、とか!」
「しない、しないとも。さっきリューノ殿が告げた話は真実だ。私達の役目は2つ、グラス公の死の真実を解き明かすこと、そして君の行いを免罪することだ」
「あのー、それって両立するんですか?バレたらもう問答無用とか……」
「かなり、難しくはある。だからこそ真実を語って欲しい。我々も出来ることはしよう」

私の言葉に、サーンはこわばった顔を幾分か和らげ、ようやく本題について語りはじめた。

「わかりました。どっちみち、覚悟は出来てましたし、問答無用で縛り首に比べたらまだありがたいです。みなさんを信じますよ。それで、事の起こりは1年前くらいのことでした」
「やはり、君のお師匠かね?」
「はい、エリシラ先生が発症してしまったんです。伝説の奇病、『水晶薔薇病』に」

語られたワトリアくんの動揺が、彼女の視界の揺れから私にも伝わってきた。

「『水晶薔薇病』、それ、は。本当に?」

とぎれとぎれのワトリアくんの言葉に、サーン少年は静かにうなずいてみせた。

「最初はほんのわずかな変化だったんです。先生の手足が、まるで雪が散ったみたいにキラキラしていて。今思うとそれは先生の肌の破片が、水晶化したものだったんじゃないかと」
「伝承の通りなら、それは『水晶薔薇病』の初期段階の症状です。おそらく、その次は足先から結晶化が進んでいったのではないでしょうか」
「うん、そう。その通り。おねーさん、俺よりちょっと上くらいなのに、よく知ってるのな」
「非常に特徴的な症例ですので、頭に残っていたんです」

おそらくは非常に深刻な表情をしているであろう、ワトリアくんの視界がまたも揺れた。いつのまにやら、隣に移動していたシャンティカくんが彼女の腰を肘でつついたのだ。

「ゴメン、話が全然見えないんだけど……危険な病気なのよね?」
「あ、失礼しました……伝承の病気の症例を聞けるとは思わなくて、つい。その通りです。『水晶薔薇病』はアルトワイス王国史上では未確認、近隣国史においてもはっきりと記録されているのは1,2件程度、後は各国の伝承にのみ伝わるだけの、極めて稀な症例です。発症した場合において、治療が行われなかったケースでは、すべての事例で発症者は死亡したと言われています。進行事例として、第一段階では角質の結晶化、第二段階にて足先からの肉体組織の結晶化が進み、最終的には生命維持に必要な臓器が結晶に転換することで死亡します。『水晶薔薇病』の病名は、死亡した発症者が、死後に遺体からまるで薔薇を咲かせたかのような結晶体を形成することから命名されたと……」
「ストップ、ワトリアちゃんストップ」

シャンティカくんの言葉に、びくりと私の視界が、正確にはワトリアくんのかけているメガネが震えた。ワトリアくんの好奇心は、特に医学関係において強く発揮され、大体この様な怒涛の解説として挟まるのである。

「す、スミマセン!」
「ええと、かかったら治療しない限りは絶対助からないって事でいいかしら?」
「はい、その通りです」
「……ってことは、治療出来た例もあるんでしょう?でなきゃこの坊や、ただの当てずっぽうで行動起こしたことになるじゃない」
「一番確度の高い治療例は、かの不死王が諸国を漫遊していた頃の事例ですね。不死王は……当時は一介の冒険者だったと言われていますが、彼の旅に同行していた水を奉ずる巫女が『水晶薔薇病』を発症した、とされています」

ワトリアくんの解説に、リューノ殿の兜がわずかにかしげたのは、果たして私の気の所為であろうか。彼女の解説は続く。

「当時としても治療のあてなどなく、王が最終的に賭けたのが、今回持ち去られた黄金酒だと言われています」
「治ったのよ、ね?治療例なんだから」
「はい、黄金酒の投与により、『水晶薔薇病』は寛解。巫女はその後も王と旅を続けたとされています」
「俺も、同じ話を読んだんです」

「それは、君が身につけた、遠見の術によってだね?」
「はい、そうで……って、なぜそれを?俺そんなのまだ一言も」
「私も同じ書を読んだのだよ。そして、読んだ資料の一部に水シミが残っていたわけだ。よもや厳重に保管されている歴史資料に、揃いも揃って水シミが残る管理ミスが発生する確率よりも……人為的作為の方が、まだ納得出来るだろう?」
「はは……確かに、おっしゃるとおり。かなわないなぁ」

サーン少年は一度言葉をきると、引き続き自分の行いについて語った。

「必死だったんです、恩人が水晶の華になって死んじゃうなんて、そんなの納得できないでしょう?俺は出来なかった。手当り次第、あちこちに術を発して、関わりがありそうな本を夜通し探し続けたんです。治療の手がかりは割合早く見つかったんですが……」
「不死王の冒険譚はわりあい、市井に知られている伝承だから、だね。問題は治療薬の方だったわけだ」
「ええ、黄金酒は所在不明、大本の甘竜も生死不明の所在不明、でしたから」
「甘竜殿の所在は我ら竜族においても伝承程度の情報しかない。伝えきく所によると、この世界のいかなる者の手も届かぬ所に去ってしまったとのことだが」
「現代まで、隠れ住んでてくれたら良かったんですけどね……代わりに、なんとか見つけ出したのが、迷宮公の宝物庫に保管されている分だったんです」

私とサーン少年のやり取りを、二世殿は興味深げに身を乗り出して聞き及んでいた。そして、一歩踏み出して会話に参加してくる。

「エクセレント、実に素晴らしい。それで、どうやって手段を固めたのかお聞きしたいな」
「すばらしくなんかないですよ。ホントはもっと穏便に出来たら良かったのに」
「まあそれは済んだことだとも、前向きにいこうじゃないか」
「はあ、そうですか。やるだけやったから、悔いはないけど……幸か不幸か、迷宮公の仕組み、とでもいうんですか?それについては、逐一迷宮公の側仕えの門番達が書き記してたんで、制覇すれば宝物を獲得出来るってのはわかったんですけど」
「真正面から行けばそもそも門番に阻まれる。王宮に申し立てても、受理されるかは見込み薄、となれば君がやったとおり、こっそり倒して持っていくしかないよね。わかるわかる」
「なんかアンタ、妙に馴れ馴れしくない?初対面だよな?」
「ハッハッハ、自分の事は事件調査官だとでもおもってくれたへ。なぁに君のことは悪いようにはしないとも」

人間の感覚からすれば、明らかに怪しすぎる全身鎧風の見た目に、さらにはフルフェイスの兜をかぶったレオート二世の親しげな振る舞いに、サーン少年はあからさまにいぶかしげな視線を向ける。そしてため息まじりに続きを話しはじめた」

「まあ……そっすね。あれこれ考えたんですけど、迷宮公を倒して黄金酒を奪う以外に俺に時間はなかったんです。他の案はそもそも手がかりさえない有様で、ギリギリ実現出来るのがこれだけでした」

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パルプスリンガー、遊行剣禅のパルプ小説個人誌です。 ほぼ一日一回、1200字程度の小説かコラムが届きます。 気分に寄っておやすみするので、…

ドネートは基本おれのせいかつに使われる。 生計以上のドネートはほかのパルプ・スリンガーにドネートされたり恵まれぬ人々に寄付したりする、つもりだ。 amazonのドネートまどぐちはこちらから。 https://bit.ly/2ULpdyL