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『あなたの人生の物語』レビュー

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『あなたの人生の物語』

テッド・チャン(著) 浅倉 久志(訳)

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ネビュラ賞を受賞し、映画「メッセージ」の原作となった表題作の他、現代短編SFの名手として知られるテッド・チャンの8本の短編を収録した作品集です。
寡作な方のようで、あまり作品数は多くないのですが、ものすごい打率で名作揃いなのですよね。実際、この短編集に収められている8篇の殆どはネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞などなどを総なめしています。

あんまり賞とったからスゴイスゴイと太鼓持ちをするつもりはありませんけれど、この打率はほんとうにスゴイ(いってるじゃんw)

とりあえず、短編集なのでまたそれぞれ簡単に一言コメントをすると…

『バビロンの塔』
デビュー作です。簡単に言えば天元突破する話。
このオチはなんでいままで誰もやらなかったのか? というやつ。やられたなあ。
デビュー作なのにいきなりネビュラ賞受賞、ヒューゴー賞3位、ローカス賞4位という快挙。

『理解』
凡人が超天才になるやつ。アルジャーノンかとおもいきやまさかの超能力バトルに。古典的ともいえるモチーフが最新技術でせまります。
ヒューゴー賞5位、〈アシモフ〉誌読者賞、日本の〈SFマガジン〉読者賞。

『ゼロで割る』
ゼロ除算、デバイドゼロというと数学やコンピュータをちょっとかじったことがある者はいろいろ思うところがある(かもしれない)ワード。
タイトルどおりの内容で、ゲーデルの不完全性定理をモチーフにとっても数学しつつ、それに絡み合う男女のすれ違いが秀逸ですごいお話。数学サスペンス。なのかな?(意味わかっていないかも?w)
ローカス賞第七位。

『あなたの人生の物語』
表題作。地球を訪れたエイリアンとのコンタクトを担当した言語学者のお話。まったく異なる言語(と言ってよいのかな?)を理解するにつれ、驚くべき運命にまきこまれていく。
叙述トリックに似た風合いで、それでもやっぱりSFしていて、いやあ、ほんとこれすごいわー。
ネビュラ賞受賞、ヒューゴー賞3位、ローカス賞10位、スタージョン賞受賞、ティプトリー賞候補、ホーマー賞候補、そして星雲賞などなど総なめ。そのうえ映画化!

『七十二文字』
ゴーレムに埋め込む呪文〈真辞〉のロジックを解明していく話……と思いきや、産業革命に生命科学、生命倫理的な展開がものすごい。あれこれひょっとしてもしかしたら……? と思わせるラストがすばらしい。
ヒューゴー賞5位、ローカス賞4位、世界幻想文学大賞候補、スタージョン賞候補、サイドワイズ賞受賞。

『人類科学の進化』
脳の全情報をネットワーク経由でやり取りでき、シンギュラリティに進化していく超人類と、その恩恵にあずかれない旧人類(の科学者)の確執を描いたショートショート。面白い。デジタルネイティブとインターネット恐怖症の確執を極端に増幅するとこんなかんじになりそう。雑誌〈ネイチャー〉に掲載。

『地獄とは神の不在なり』
神様(この作品中で現れるのは天使)は決して祝福を与えるだけではなく、災厄ももたらす。というなかなか面白い視点での話。エヴァンゲリオンの使途を思い出しました。(あれもいちおうキリスト教モチーフではありますね)
ネビュラ賞受賞、ヒューゴー賞受賞、ローカス賞受賞、スタージョン賞候補、星雲賞受賞。

『顔の美醜について――ドキュメンタリー』
ドキュメンタリーとありますが、もちろんSFです。顔の美醜を見分ける脳内の神経回路に干渉して、美男美女を普通の人に、普通の人を普通の人に、醜男醜女を普通の人に見えるようにする技術。賛否両論の中でその技術を使って学内の、ひいては世界の美醜差別をなくして平等な世界をつくろうという実験に参加した人々のドキュメンタリーです。これは興味深いですねえ。こういう技術があったらこうなってしまいそうという思考実験をリアルに楽しめるお話、いえ、ドキュメンタリーでしたw
ローカス賞2位、スタージョン賞候補、星雲賞候補。

いやはや、ほんと賞とりまくりですねこの方。それでいて、1990年のデビューから2010年までの20年で12作の短編しか書かれていないんですって! (その中の8篇が入ってるというのだからこの短編集価値ありまくりでしょう!)

どれも、ホントによくできたSFで、うまいなあ、すごいなあ。ってうんうんと縦方向に首をふりふり感心しながらずっと読んでましたw

特に、科学技術(や数学)を科学的な思考展開によって拡張していって、いつしか主人公の内面が変容してしまったり世界そのものが変わってしまう(見え方がかわるとかね)の説得力がすごいのです。
そして、変化していたり、もともと現実とはちょっとだけ違う舞台世界のチョイスがこれまためちゃくちゃ上手いのですね。
この本ではなく以前紹介した『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』に収録されている『商人と錬金術師の門』と、この本の冒頭の『バビロンの塔』なんて、今のSF界で描く人なんてまずいないだろうというアラビアンな砂漠の世界だし、『地獄とは神の不在なり』なんて、一見して普通の社会なのに、天使降臨という「自然災害」がある世界というだけでこんなにもSF的(でファンタジックに)なるなんて、もうしびれまくり。ずっとセンス・オブ・ワンダーを感じまくりでした。

もちろん、他の作品(特に『七十二文字』がよかった!)などもいくらでも語りたくなっちゃうのですが、あんまり長くなるとあれなので、ここらでやめておきます。

原書にグレッグ・ベアが寄せた「チャンを読まずしてSFを語るなかれ」という言葉は、ほんと、その通りだと思います。少なくとも短編では現在最高のSF作家であって、そのほぼすべてが入っているこの短編集。マストバイです。読まなきゃソン!!


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