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『ジャングルの国のアリス』レビュー

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『ジャングルの国のアリス』

メアリー・ヘイスティングズ・ブラッドリー (著), Mary Hastings Bradley (原著), 宮坂 宏美 (翻訳)

今から100年ほど昔、まだまだ「暗黒の大陸」などと呼ばれていたアフリカの大地に、5歳の白人の女の子を連れた一行が冒険旅行をします。その少女の名はアリス。一行は、アメリカ自然博物館に収める標本をつくろうと、マウンテンゴリラを仕留めるため(!)に旅をしていたのです。

本書はそんなアリスと一行の旅を、同行していたアリスの母親である著者が、少女アリスの目を通して、ごく平易な子供向けの文章で書いている本なのです。

なにしろ100年前の話ですから、今とはまったく感覚が違います。自然保護なんて考えはそもそも地球上になく、白人の一行はとにかく何でもかんでもライフルをぶっぱなし、ゾウもワニもただそこらへんにいたら危ないというだけの理由やハンティング気分でばんばん殺戮します。旅の目的であるゴリラも、捕獲なんて考えることもなくぶち殺してその場で革をはぎ、はく製にしてしまおうというのですからなんともはや……昔の人はぶっそうですねぇ。

さすがにもうアメリカでは奴隷制度は廃止されていましたが、白人からみた黒人・アフリカ土人(!)への差別意識は、ごくふつうの常識としてまかり通っておりました。

そんなころの「(白人の)常識的な視点」で書かれた、暗黒大陸を旅した少女のドキュメンタリーと言えるかもしれません。まるで絵本のような子供向けの文章もわかりやすく、当時の感覚をそのまま伝えてくれています。

さて、この本、「100年前に白人少女がアフリカを旅した」というだけの本ではありません。もちろん、著者のお母さん的にはそれだけのかわいらしい内容の本(まあそれだって当時は本になるぐらいたいしたこと)だったわけなのですが……。

実は、この少女アリスことアリス・ヘイスティングズ・ブラッドリーは、大人になって結婚してアリス・ブラッドリー・シェルドンと名を変え、そして、男性名でSF作家としてデビューするのです。

その作家こそは誰あろう、『ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア』その人です。

そう、あの!!

『たったひとつの冴えたやりかた』の!
『愛はさだめ、さだめは死』の!
『老いたる霊長類の星への賛歌』の!

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの少女時代の姿が、ここに描かれているのです!

ティプトリー作品のファンなら、アリス時代(?)の彼女の経験が、実はティプトリーの作品の根底に宇宙の背景放射のように漂っていることはご存じでしょう。その原点がここにありました。

あの悲劇的な死を迎えた、最後の時までドラマチックで衝撃的だった彼女の人生のファーストステージの記録です。ティプトリーの名作たちを頭に浮かべながら読んでみると、高度な異星人や文明と人類の関係などが「あああ、これのことだったのかぁ」とじわっと腑に落ちて……。そして、彼女のとてつもなく、なんというか激動としかいいようのない人生に思いをはせるとき、アリスとティプトリーの人生そのものにあらためて衝撃と、センス・オブ・ワンダーを感じてしまうのです。

別の本からになりますが、ハヤカワSF文庫『愛はさだめ、さだめは死』巻末掲載の大野万紀さんによる名解説『センス・オブ・ワンダーランドのアリス』から、彼女の幼少期の記述を引用させていただきます。

彼女の名はアリス。高名な探検家の父と作家である母に連れられて、十歳になるまでに世の中のありとあらゆる現実を見てしまった銀色の髪の美少女。幼い頃から世界中をめぐって、飛行機や銃によって荒らされる以前のアフリカ、月の山と呼ばれるルベンゾリを眺め、カルカッタの街では飢えた人々の間を歩き、まだ平和だったベトナムの森を子馬に乗って駆けた彼女。五歳の頃、彼女を女神のように崇拝する三十人の原住民の見守る前で平然と髪にブラシをかけていたと言う彼女は、しかし誰よりも鋭い感受性の持ち主であり、様々な文化、宗教、タブー、その他との接触によって、”同世代の普通の子供たちとの生活に深い疎外感を覚え、文化の相対性に悩まされる” 早熟で孤独な少女となった。

この後、『センス・オブ・ワンダーランドのアリス』では本気でスパイ映画さながらのドラマチックな人生と衝撃的なラストシーンを迎えるアリスことティプトリーJrの人生が解説されています。解説文自体とっても名文です。『愛はさだめ、さだめは死』を未読の方は本屋さんでまず解説を立ち読みでもしてみてください。いやほんと、マジ、すごい人生なんですから。
そして、衝撃を受けたら、レジに持っていきましょう。もちろん、掲載されているSF小説は傑作ぞろいです。別の本ですがこれももちろんおすすめ!


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