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『虚数の情緒』レビュー

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虚数の情緒―中学生からの全方位独学法

吉田 武 (著)

虚数ってタイトルの文字でまず数学の本に見えますね。
もちろん、数学の本ではあるのですが。
じつはこれ、副題にもある通り「中学生からの全方位独習法」の本なのです。

全方位って何でしょう?
それは、すべての方向に向かう人類の「知」です。

歴史も、科学も、哲学も。
全ての学問をまるっとひっくるめて「独習」しようという本。

枕になるぐらい分厚いのもうなづけます。(実際、1000頁あります)

数学を中心にはしているけれど(著者は数学の名著『オイラーの贈り物』を書いた京都大学の数学博士、吉田 武 教授)、最初の章はまったく数学は出てこないで、人類の歴史と国語について書かれています。
そもそも智慧とは、人類の英知とはなんぞや? ってところをまず踏まえ、そこから言葉、国語についてをきっちりと、省略せずに書いています。普通、そんなところは数学書の範疇を超える、とかいってすっ飛ばすところを丁寧に全部書いてあるのです。

国語ですよ国語! 数学の本なのにまず国語から!

国語から学ばないと、数学や算数の問題文を正しく読めないだろう。そこから押さえなくては。という、読者である初学者(中学生を想定しているものの、大人でも十分楽しめます)へのメッセージなのですね。

(問題文の解釈と言えば、いま小学校の教育で話題になっている掛け算順序の問題を吉田先生はどう考えてらっしゃるのか聞いてみたいところです……閑話休題)

さて、この吉田先生、こうした学習しようとする若者に対する思いと、学問に対する愛がとにかくものすごいのです。

勉強が好きで好きでたまらない、勉強しない人生なんてもったいない、君もあなたも勉強にのめり込もう! さすれば人生憂いるところなし! さあ、今こそ勉強しようぜゴーゴー! というかんじ。

本の最初にある「巻頭言」がこれまたイカスのです。

冒頭がもうこれですよ。

さあ諸君、勉強を始めよう勉強を。数学に限らず、凡そ勉強なんてものは、何だって辛くて厳しい修行である。然し、それを乗り越えた時、自分でも驚く程の充実感と、学問そのものへの興味が湧き起こってくる。昔から、楽して得られるものなんて、詰まらないものに決まっている。怠けを誘う甘い言葉は、諸君に 一人前になって貰いたくない、という嫉妬である。思い切り苦労して、一所懸命努力して、素晴らしいものを身につけようではないか。

という感じ、焚き付けてくれます。なかなかにエモーショナルですw
この勢い、いいですよねえ。この後8ページにわたってハイテンションな檄文が続きます。
勉強する気力がたりない時など、この巻頭書きを読むだけでパワーをいただけます。まだ本文が始まってもいないのに、凄いパワーですw

そして、これまた良いなと思ったのがルビの打ち方ですね。小学生・中学生向けの本によくある、ちょっと難しい初出の難読漢字にそれぞれびっしりとルビがうってあるのです。
最初は、古い言い回しと漢字が多くて、少々読みにくいわけです。(上の引用文で分かってもらえるでしょうか、ちょっと古い言い回しですよね)それでも、がんばって読んでいると、だんだん慣れて読むスピードが速くなってきます。
読者が慣れてきたであろう、ちょうどそんなころに

始めは少々抵抗もあろうが、直ぐに慣れる。そして暫くすると驚くほど読解速度が上がっている事に気づくだろう

という文がくる。あ、わざとだったんだ。うまいなあ。ってほんと感心しました。
そして、巻頭言の後の表記法に就いての説明でだんだんルビの頻度が減っていき、

―――そして、諸君はこの文章の殆どを、既にルビ無しで読めている筈である。

とくるわけです。

文章を読むという国語的な行為に慣れてくる、その学習効果で読み手が成長することをいきなり体験させてくれ、リアルにその場で実感できる。「そういえばルビなしでもう読める!」と体験できちゃう。初学者への心憎い演出がそんなところに隠されているわけです。

そんな巻頭からはじまって、人類の歴史の解説と、数のすごさ、数学の燃えポイントなど、熱量みなぎる圧倒的な文章がガンガンと迫ってくるのですよ!

かなり分厚くて少々お高い本ですが、それだけの価値は絶対にある!

もちろん勉強の本ですから、勉強しながら、智慧を身に付けつつ読み進めていってほしいと思いますが、普通に読み物としても大変に面白いのです。一種のエンターテインメントとしての知的興奮は当然のこと、吉田先生の熱さも感じられる、エモーショナルな部分でもとてもとても味わい深いのです。

タイトルの『虚数の情緒』、すなわち虚数という、虚ろでなんとなく冷たく、むつかしい数学をイメージする言葉に、情緒という文字通り情緒的な言葉が重なる、その意味が読者の体験として腑に落ちた時、たとえ学習書であっても文学書のように感動を味わえることと思います。

私も中学生のころにこの本読んでいたらきっと数学畑にいっていただろうになあ。と、ちょっと今の中学生が羨ましくなっちゃう本です。もちろん、大人にだって超オススメです。ほんとに!

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ちょいとお高い本だけれど、巻頭言だけでも読んでほしい! と常々思っていたら、首都東京大学の別の先生がPDFを公開されていました。研究室の学生にまず読んでほしいと公開しているようです。

ここだけはホント読んでほしいので、そのPDFのURLだけ張っておきます。

※著作権的にどうかともおもうけれど、学習用だからよいのでしょうかね・・・?

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【巻頭言】pdf

見よ! この格調高く熱い檄文を!

この後に続く「本文」は、ぜひ、書籍を購入して、ゆっくりじっくり楽しんでいただければとおもいます。ぜったい、”素晴らしいものが身に”付き、ためになりますよ。ほんとに!

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このレビューは以前『らせんの本棚①』で行った紹介にかなーり加筆修正したものです。


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