見出し画像

幸せのカタチについて思うこと

好きな人と一緒にいられる幸せ。
美味しいものを食べられる幸せ。
好きなことに没頭する幸せ。
幸せの感じ方は人の数だけあり、それは、他の誰にも侵されてはならない。

○○について思うこと著
「幸せのカタチ」より

十数年前、僕は全国に飲食店をチェーン展開する会社に勤めていた。
店舗で調理や接客をしたり、マネジメントをする仕事だ。

とある県に新規の出店が決まり、僕は転勤先の店舗でオープニングスタッフの採用面接をしていた。
この面接で僕は狩野かのさん(仮名)という一人の男性と出会う。

狩野さんは現役の板前いたまえだが、収入が減ったのでアルバイトとして働きたいという。
いわゆるダブルワークだ。

奥さんは「幸子さちこさん」という名前だということも、その時に聞かされた。
彼のセリフをそのまま引用するが、「俺、勉強出来ないし馬鹿なんですよ。でも魚を捌く技術には自信あります」とのこと。

そういう職人っぽい感じ、嫌いじゃない。

ちなみに狩野さんはチンピラまたは反社会的勢力の権化ごんげのような風貌である。
体重は恐らく100kg超という所だろうか。
とにかく大きい。

何となく彼を気に入った僕は、採用を決めた。


10歳上の狩野さんだったが、社員-アルバイトという関係性や、面接担当が僕だったこともあってか、終始敬語で話しかけてくる。
むずがゆい感じはしたが、社会とはそういうものなのか、と思ったのもこの頃だったように思う。

彼は僕を可愛がってくれ、余所者よそものである僕に、色々なことを教えてくれた。
地元の美味しいお店や土地柄、文化。

板前である彼は、事あるごとに「〇〇さんに美味い刺身を食わせてやりたいんですよ」とも言っていた。

しかし新店オープンの忙しさもあり、その機会が訪れることはないまま、海沿いの街に来て半年程が過ぎていた。


場面は変わり、僕は病室のベッドで寝ていた。
数日前、右足を骨折したのだ。

命に別条は無いものの、この入院生活どうやって暇を潰したものか、と思案していた。

そこに、両手に荷物を持った狩野さんが現れる。


「大丈夫ですか!〇〇さんに何かあったら俺…!」

反社会的勢力はんしゃの権化(推定体重100kg超)が目に涙を浮かべている。

嬉しくないと言ったら嘘になるが、実際のところ異様な光景ではある。


同室の患者さん視点では、僕は大人しそうな若頭わかがしら的な感じに見えてしまっただろうか。
暴れまくる子分に「まぁまぁ、その辺にしておきなさい」と静かに言うタイプのやつ。

骨折の具合を説明をすると、狩野さんはようやく落ち着いて、持参した包みを開け始めた。

見舞いの品だろうか。

包みから出て来たものは一本の…





包丁。





られる。こいつ、マジか。



足が折れて動けないのをいいことに、タマ取りに来やがった。
てめぇどこの組のもんだ。
誰の差し金だ。
涙で油断を誘うとは、味な真似をしやがって。

どうする?
ナースコールか?いや違う。
警察か?
いや、親分オヤジに迷惑を掛けちまう。


こんなことを2.5秒ほど考えている間に、彼はもうひとつの包みを開け始める。


今度は何だ?拳銃チャカか?


包みから出てくる、光沢のある立派な…






たい






あぁ、なんだ、そういうことか。

狩野さん言ってたもんな、「〇〇さんに美味い刺身を食わせてやりたい」って。

それなら納得…







出来ねぇよ。




病院×包丁
病室×鯛(生魚まるごと)
骨折とはいえベッド上で病衣を着た患者×刺身

現場の環境×アイテム



マラソンの給水ポイントに置かれたバリウムくらいマッチングしていない。


病院を追い出される想像しか出来なかったので、丁重にお断りした。


結局彼は駐車場に行き、自分の車で鯛を捌き、姿造りを持って戻って来た。
まぁ、美味かったが…、こそこそとカーテンを閉めて食べる鯛の刺身は、背徳の味がした。


ふと、そでをまくった彼の腕に古傷があることに気付く。
よく見ると、何かの漢字のようだ。

「あぁ、これですか。若気の至りで、カッターで刻んだんすよ。」

さすがチンピラ。やることが違う。

その行動は全く理解出来ないが、まぁこの人らしいかと思いながらもう一度それに目をる。


彼の妻の名である「幸子」と読めなくもないが、違和感を感じる。

そう。




漢字が、間違っている。


腕に刻むほど狂おしく愛するひとの名前が。


「辛」に似ているが、下の線が一本多い。

『「辛い」という字に線を一本足すと、「幸せ」になるんだよ!』みたいな使い古された表現があるが、違う、そこじゃない


一本足すのは上だ。


幸せになりたければ、上部を「土」みたいにしなければならない。


さすがに奥さんにドン引きされた上にツッコミを受けたとのことだったが、やはり僕はこう思わざるを得ないのだ。




幸せの感じ方は人の数だけある。
幸せの漢字は一つだけである。

○○について思うこと著
「幸せのカタチ リローデッド」より






以上、本文終わり。(1991文字)



この記事は、企画「第1回note-M1(真顔で文字を書いて笑わせる1)グランプリ」応募作品です。

下記リンクで企画発表をしている渡邊惺仁さんとは、『ついて思う渡邊』という名前でnote上のコンビを組んでいます。
恐らく前代未聞です。
いや、前例はあるのかもしれません。
面倒なので調べてはいません。
この先も調べません。面倒なので。

「は?コンビ?何言ってんの?」
と思われた方は、僕と渡邊さんの過去記事を辿って頂ければお楽しみいただけるかと思います。

コンビを組んでみて渡邊さんという人物変わり者について思うことは多々ありますが、それはまた、別のお話で。

グランプリへの応募はどなたでも可能です。
リンク先の募集要項をご確認の上、奮ってご応募ください。
応募された作品は、こちらに収録されます。
すでにいくつかの作品が収録されており、どれも読みごたえのあるものばかりです。
グランプリの趣旨に則り真顔で書かれた作品達ですが、真顔で読み切るのは不可能と断言します。


お読み頂いた皆様、相方に、最大限の感謝をこめて。

『ついて思う渡邊』○○について思うこと


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?