女のふりをして日記を書いたのは亡き娘を思う悲しみを書き残したかったからではないか

『土佐日記』の話する。昨晩考えてたら寝られなくなりそうだった。

紀貫之が女のふりをして日記を書いたのは、亡くなった娘を思う悲しみを書き残したかったからではないかという解釈をした。それとも、本当は新しい試みとして取り組んでいたのが、いつの間にか旅の苦しさにともなって暗い心境を書きつけるものになってしまったか。

出発の時は景気良くワイワイガヤガヤして楽しげな雰囲気なのに、二十一日に出発して二十七日には娘の話題を出しているのよね。「この頃の出立いそぎを見れど何事もえいはず。」(十二月二十七日)とあって、旅の準備の期間からこの文章を書きたかったけど、初めから出す話題でもないので流れを作ってから書いたと読むこともできる。

女性は感情的になるもので、男性は感情に振り回されず政治をするという社会にいて、男のままで日記を書いても自分が書きたい感情のことを思う存分出せないのが分かっていたから女性として書いたのかな。「男もならはねばいとも心細し。まして女は船底に頭をつきあてゝねをのみぞなく。」(一月九日)男ですら心細い、まして女は〜と書くくらいだから、やはり女性の方が感情的だという認識が社会全体にあったのだろう。


「とまれかくまれ疾くやりてむ。」とにもかくにも早く破り捨ててしまおう。で終わるのに、今でも読めるほどずっと残っているのは当時破り捨てなかったからっていうのは当然あるとして。誰かに見せるつもりで残したのか、娘を思う気持ちがつまっているから破り捨てることができなかったのか。

書き残したものを捨ててしまうと感情も捨ててしまう感じがするじゃん。別れた恋人からもらったものを捨てるとか、嫌なことを紙に書きつけてその紙を捨てるとか、そういうのと同じ感覚で、ものを捨てるというのはそこに落とし込んだ感情を無かったことにする効果があると思う。

娘を忘れずにいたい、恋しいと思う悲しさを残しておきたい。という気持ちが、娘の母の描き方に投影されているのではなかろうか。

「わすれ貝ひろひしもせじ白玉を戀ふるをだにもかたみと思はむ」(二月四日)
私訳:忘れ貝なんて拾うまい。あの白玉のように可愛らしい子を恋しく思うだけでも形見と思おう。

「住の江に船さしよせよわすれ草しるしありやとつみて行くべく」(二月五日)
私訳:住の江に船を寄せてくれ。ここの忘れ草は効果があるか摘んでいくために。

「うつたへに忘れなむとにはあらで、戀しき心ちしばしやすめて又も戀ふる力にせむとなるべし。」(二月五日)
私訳:忘れようとするのではなく、恋しいと思う気持ちを少し休めて、また恋しく思いたい。


文章の感じから、読者がいることを想定しているんじゃないかとは思う。所々ウケを取ろうとしてない?似つかわしくない人が詠んだ良い和歌のくだりとか、教養のある感じとか。誰かに読んでほしい気持ちはありそう。感想が「女のふりして書いたん、マジか、ウケる」でも「亡くなった子供のことを忘れられないの、そうだよねえ」でも「こんなことあったんだ!?」でもなんでも良かった。書きたくて読まれたかった、これは合っていてほしい。


他人の子供の和歌を取り上げる場面が何度かあるけど、これが海の旅が終わって以降の

「かくのぼる人々のなかに京よりくだりし時に、皆人子どもなかりき。いたれりし國にてぞ子生める者どもありあへる。みな人船のとまる所に子を抱きつゝおりのりす。これを見て昔の子の母かなしきに堪へずして、「なかりしもありつゝ歸る人の子をありしもなくてくるが悲しさ」といひてぞ泣きける。父もこれを聞きていかゞあらむ。」(二月九日)

に繋がる。子供を連れた他の人たちと自分たちを比べて耐えられなくなっている。旅の終わりに近づくにつれて、娘不在の帰宅が強調されている感じがするのよね。家に帰った時、杜撰に管理されていて松が半分無くなっているのも、娘不在の悲しさがあるから悔しいとかそれどころじゃない感情が出ていて、「あはれ」としか言えなくなる。


たびたび月とか松が出てきて「ずっと変わらないもの」として描かれている。これは「変わってしまったもの」を意識させるモチーフでもある。不変の話題が登場すると亡き娘の影が濃くなる。昔も今も、中国も日本も、見えている月は同じものだと文字にした時、でも私の娘は亡くなってしまってもう見ることもできないと考えてしまう。

「月あかければいとよくありさま見ゆ。」(二月十六日)夜に帰宅して、ズタボロになった自宅を見る時、月が明るく美しくずっと変わらず輝いているにもかかわらず、それに対して、私は、私の家は、私の家族は、ボロボロに変わってしまった。と分かる対比が悲しい。

考えてみたら、その前の渚の院のところで在原業平が「世の中に絶えて櫻のさかざらは春のこゝろはのどけからまし」を詠んで有名なところなんだよと言っているのも、変わらないものと変わってしまったものの対比になっている。このくだりの後に、先述した「かくのぼる人々のなかに京よりくだりし時に、皆人子どもなかりき〜」が登場している。構成がもう、そうじゃん。


海の荒れているのを見て落ち着く的な一節があってもおかしくないよな。月を見るだけで娘を思い出すし、海が荒れて娘不在の家に帰る日が遠のくことにちょっと安心していてもおかしくない。だから家が荒れてしまっていることにも、自分にはこういうのが似合うよなと諦めの気持ちがあるだろうな。

教育で『土佐日記』は男の人が女の人のふりをして、面白おかしくジョークを混ぜて書いた紀行文だよって言われていたせいで、読後のギャップがすごいんだが。おかしみってのは悲しみを際立たせるんだぞ。私が誰かに『土佐日記』を説明するとしたら、「立場のある男性が女性のふりをしてまで書いた亡き娘を思う感情の吐露を読ませるに耐える達者な文章術を紀行文に落とし込んだもの」とかかなあ。

高校で『こころ』の「先生と遺書」だけ読まされて、大学で全文読んだときみたいな気持ち。



めでたし、めでたし。と書いておけば何でもめでたく完結します。