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「愛するとは何か」考察3 偉人の名言を参考にしてみた

今回は、偉人の名言を元に先人が「愛する」ことについてどう考えていたか考えます。

前回までのもの↓


まず先に、「愛する」には、以下の捉え方があると思う。ざっくりと4種類に分けた。

一方的能動


愛というものは、愛されることよりも、むしろ愛することに存する。(アリストテレス)

愛されることより愛することを。理解されることより理解することを。(マザーテレサ)

愛する人の欠点を愛することのできない者は、真に愛しているとは言えない。(ゲーテ)

愛とは相手に合わせる心である。(無住)

もし本当に愛したいと願うなら、許すことを知らねばなりません。(マザーテレサ)

愛するとはどんなことか知っていますか。自分を殺して、相手の中に生きることです。(オノレ・デュルフェ)

自分が愛していればそれで良くて、相手から好かれるかどうかは別という分類。アイドルに対して持つ感情に近い?もしくは猫。



双方的能動

自ら苦しむか、もしくは他人を苦しませるか、そのいずれかなしに恋愛というものは存在しない。(レニエ)

愛されたいなら、愛し、愛らしくあれ。(ベンジャミン・フランクリン)

与えようとばかりして、貰おうとしなかった。なんと愚かな、間違った、誇張された、高慢な、短気な恋愛ではなかったか。ただ相手に与えるだけではいけない。相手からも貰わなくては。(ゴッホ)

愛とは、2つの肉体に宿るひとつの魂で形作られる。(アリストテレス)

あの人が私を愛してから、自分が自分にとってどれほど価値のあるものになったことだろう。(ゲーテ)

愛する相手に借りがある。いつもそう感じている人こそ、本当に愛しているのです。(ラルフ・W・リックマン)

人を愛することばかりを学んではいけません。愛されるように努力することも大切です。(塩瀬信子)

思っているより、みんなこのタイプだと思う。愛し愛されることが「愛する」行為だとみなす分類。



一方的受動

女はなぜか、何のためにとかいった理由なしに愛されることを望むものだ。つまり、美しいからとか、善良であるとか、聡明であるとかといった理由によってではなく、彼女が彼女自身であるという理由によって愛されることを望むものだ。(アミエル)

女には大きな人道の立場から来る愛情よりも、多少義理をはずれても自分だけに集注される親切を嬉しがる性質が、男よりも強いように思われます。(夏目漱石)

これは少ないけど、わたしは比較的このタイプかもしれない。愛されることで愛したいと思うタイプ。なるべく能動的にはなりたいと思ってはいるが。好きって言われると好きになるタイプはそこそこの人数居ると思う。それが「愛する」と考えているかは別として。



双方的能動・その他

愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向をみつめることである。(サン=テグジュペリ)

男の幸せは「われ欲す」、女の幸せは「彼欲す」ということである。(ニーチェ)

人は、人を愛してると思い込み、実は自分自身だけしか愛していない場合が多い。(瀬戸内寂聴)

未熟な愛は言う「愛してるよ、君が必要だから」と。成熟した愛は言う「君が必要だよ、愛してるから」と。(エーリッヒ・フロム)

愛することの反対は、憎み合うことではありません。無関心になることです。(永六輔)

この最後のやつ好きなんだよ〜その通り過ぎて。この分類の名言は一つ一つわかるわあ〜ってなる。「我欲す」「彼欲す」なんかは女子の気持ち分かってる感がすごい。

愛してるの裏に愛して!を隠してる人は少なくないから、お互いにそう思ってたら双方的受動になるのかなと思う。



愛してるから愛されなくても良いですか?

愛されてるから愛したいですか?

ただ愛されたいですか?

愛してるから愛されたいですか?

この中にあなたの考える「愛する」はありますか?

この中にあなたのやっている「愛する」はありますか?



めでたし、めでたし。と書いておけば何でもめでたく完結します。