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スピッツのライブをほぼ最前列で見たらいろいろと持ってかれた【2021.6.18 SPITZ JAMBOREE TOUR 2021"NEW MIKKE"@ぴあアリーナMM ライブレポ】

1年半ぶりのリアルライブだ。それだけでも色んな感情が湧きあがってきそうなところだが、この期間もフェスやライブは行われていた訳で、正直なところ“行けなかった”というより“行かなかった”という方が正しい。なので、久しぶりというところに感情の沸点を持っていくのは個人的になんか違う気がする。あくまでそこはニュートラルな気持ちでいきたい。雨がちらつく桜木町駅から会場までの道程を、そんなどうでもいいことを考えながら歩く。

会場に着くと、事前に連絡先を登録したスマホ画面をスタッフに見せ、検温、アルコールを行う。そんな諸手続きがあった割に入場は意外にすんなり進んだが、こうしたオペレーションが必要なのは開催者側にとっては本当に大きな負担だろう。ファンクラブ枠で取ったのでチケットは無くて、入り口で会員証をスキャンすると座席券が発行される。

「アリーナ 3列 〇〇番」

ん?…いや、勘違いしちゃいけない。横浜アリーナみたいに、アリーナ席よりも前に別の席種が設定されている場合もある。それに必ずしも若い数字=前の方とも限らない。

席を探す。ステージがどんどん近づいてくる。

「えぇ…」

前から2列目。なんなら密対策で1席飛ばしになっているので前の席は空席。実質的に最前列といっていい。3本のマイクスタンドも、シンバルが高めにセットされたドラムセットも、キーボードも、ステージ脇に並べられているギターやベースも、準備に動き回っているスタッフもばっちり見える。というより嫌でも目に入ってくる。

「あのマイクの前にマサムネさんが立って歌うのか…」

なんだか現実感がない。この距離なら、もしちょっと大きな声を出せばステージ上にも簡単に声が届くだろうし、もし変顔でもすればメンバーからも見える。「下手なことはできない…」というよくわからない気分になる。いやするつもりはないけど。

一生分、とは思いたくないが、少なくとも向こう1年分くらいの運はたぶんこれで使ってしまったのではないか。いや、でもかなり有効な使い方だ。しばらくは信号で引っかかりまくろうと、洗濯したい日に土砂降りであろうと「まあいいか」で済ませそうな気がする。

18時を廻った。洋楽の会場BGMがフェードアウトしていき、客席の照明が落とされていく。それとともにステージ前方に設置されている、蛍光灯のような形状の数本のライトが白く光りはじめた。聴き慣れたあのシーケンス音が鳴り始める。蛍光灯の後ろでメンバーが入場してきているみたいだけれど、ステージ上は真っ暗なのでよくわからない。

シーケンス音にかぶさるようにギターのフィードバック音が響き、スティックを叩いてカウントをとる音が暗闇の中から聴こえ、次の瞬間、「ジャカジャーン!」というバンドサウンドとともにステージ上が一気に明るくなった。蛍光灯が緞帳のように上にあがっていく。

間違いなくそこに彼らがいた。今まで目を凝らさないと見えなかった人たちがすぐ目の前にいる。手や足を動かしてリズムを刻む様子、音に合わせて身体を揺らす姿、表情、ギターやベースのフレットを押さえる手元まで見える。

”再会へ!消えそうな道を辿りたい すぐに準備しよう”

正直言ってこの曲から始まること、そしてこの歌い出しでもの凄い高揚感に襲われることは予想していた。実際にそうなったし、これを書いている今でもあの時を思い出すとゾクゾクする。そして久しぶりに生演奏を浴びることができたこと、いま無事にここにいることへの安堵感など、いろいろなものが混じり合っていきなりクライマックスだ。

盛り上がる気持ちそのままに「はぐれ狼」。キレのあるドラムが気持ちよく、疾走感もあって今後は「けもの道」に替わる存在にもなれるのではないか。「エスカルゴ」では草野がステージ前方のお立ち台に立つ。後ろからのライトに照らされて後光が差しているようだ。イントロからのシンプルなリフ、間奏のギターのユニゾンと、ライブ映えする楽曲だ。

赤いスポットライトが田村に当たる。エフェクトのかかったベースが会場にを包み込み「けもの道」に突入する。前言撤回、やっぱりこっちも捨てがたい。田村のベースラインがよく動くのが、音としてはもちろん、視角的にもよく見える。それにしても情報量がとてつもなく多い。けれどせっかくこんな絶好の場所にいるのだから、何一つ見逃したくも聴き逃したくもない。全神経をステージ上に集中させる。

曲間、ステージが暗転しているところで楽器交換がされるが、この位置だとそうした動きも手に取るようにわかる。草野がアコギ、田村はバイオリンベース、そして三輪は珍しくTelecasterを持っている。アコギを弾きながら草野が「稲穂」を歌い出す。カントリー調ののどかな曲だが、うねるベースも、細かくリズムを刻むドラムも聴きごたえがあって、まったく気持ちが休まらない。

最初のMCでは草野が「後ろの人元気?」→後方の人が手を振る

「右の人は?」「左の人は?」「前の人どう?」と聞いたあと、

「どこに属してるかわからない人?」

という最近恒例となっているゆるいやり取り。続けて「俺達も立ち位置がよく分からないまま30年以上来てしまいました」と少し自虐気味に草野が話す。そんな“はぐれ者”であって“唯一無二”である彼らが生み出す強くて優しい音楽が、私は好きなのだと改めて思う。

「遥か」ではイントロの草野、田村、崎山、クジの4声のハモリが心地よい。思いの外ドラムが軽快で、バラードにもかかわらず体を揺らしてしまった。続いて「快速」。意外だったのはイントロのアルペジオを草野が弾いていたことだ。緑のライトが左右に駆けていく様子は、まさに鉄道が軽快に走っていく姿を感じさせられた。スピッツが歌うのは、颯爽と駆けていく“流線型のあいつ”ではなく、人々の記憶に残ることもそんなにないだろうけれど、それでも愚直に走り続ける在来線なのだと思う。間奏の「おー」は、こんな状況でなければみんなで歌えただろう。そんな日が早く来てほしいと思う。

「放浪カモメはどこまでも」「ワタリ」と盛り上がる曲が続く。どちらの曲もほとんどアウトロがないので、サビの最高潮から急に曲が終わる。数秒前までのあの空間が夢だったのでは?という気になってくる。「ラジオデイズ」ではシンプルなギターのアルペジオとメロディアスなベースラインが交わるのが気持ちいい。

草野の学生時代の話のMCをはさんで「優しいあの子」。照明はオレンジ色で、夕暮れを感じさせる雰囲気だった。歌詞的には、もしくはタイアップだった「なつぞら」的には青空なんだろうけど、柔らかい曲調的にはこの色調もありなのではと思ったりした。「ヒビスクス」はうって変わって赤と青の暗めの照明のなかで演奏される。「水色の街」では、ステージ後方に4つ程設置されたミラーボールに青と白の光が当たって反射する。後ろを振り返ると会場全体に光がちりばめられて幻想的だ。草野の儚げな、気だるいような歌声も相まって、白昼夢を見ているような気分になる。

「僕のまがったしっぽ」は、序盤と終盤のフルートの音色による異国情緒な雰囲気と、中盤のテンポが上がる部分のシンプルで力強いサウンドとのギャップがいい。そして「青い車」でも、比較的シンプルな演奏が、キャッチ―なメロディを引き立たせる。こうしてみると、曲調だけでなく楽器の弾き方や手数にも緩急があるように感じる。カッティング主体でタイトにリズムにリズムを刻む「YM71D」。そして「ロビンソン」はギターのアルペジオと、サビの草野ののびやかな歌声が心地よい。

ゆったりと、そして重厚なバンドサウンドの「ありがとさん」

”君と過ごした日々はやや短いかもしれないが
どんなに美しい宝より貴いと言える”

まさにこのライブのことだ。たった2時間なんて人生のなかではほんの短い時間だが、それはずっと記憶に残り続けて、後になってそのことを思い出して元気になったり、背中を押してもらえたりする。

シンプルなフレーズを力強く延々と奏で続けるアウトロは、単調な日々でも強く生きていこうというメッセージのような気がしてならなかった。ピアノのイントロからの「楓」は紅葉を思わせる黄色とオレンジの入り混じった照明のなかで歌われる。

ここまで神経を集中させすぎたせいか、体力がかなり削られている。MCは毎度着席して休んでいたし、中盤くらいから曲間では、「次は何がくるかな?」というわくわく感と、「ちょっと休ませてくれないかな」という気持ちの両方があった。「バラードだしいいか…」という訳で座りながら「楓」を聴く。そんな状態でも神経はステージへ集中させる。

この曲の一番の見所はギターソロ後のサビで草野の声とアコギだけになるところだ。伸びやかなハイトーンと掻き鳴らされるアコギの音がこんな目の前で聴けて良かったと思う。

MCをはさんで、ベースのシーケンス音から始まる「渚」は、キーは半音下げ披露された。多少体力は回復したので立った。手数が多く彩り豊かなドラム、躍動感のある歯切れのいいベース、クランチ気味で掻き鳴らすギター。夏の海のような青色の照明も綺麗で、いつまでもその音が鳴り響く空間にいられれば、なんて思ってしまう。

「8823」では田村が本当によく動く、ひたすらに飛び跳ねる。1番では向かって左側の袖へ、2番では右側へ。田村が動き回るのに合わせて、スタッフがシールドを伸ばしていく様子が面白かった。本来ならこの曲は草野のギターソロとか、崎山のドラムフレーズとかいろいろと見所があるはずだけれど、今回は田村ばかりに目が行ってしまった。

そして草野がタンバリンへ持ち替えて「俺のすべて」。この曲がくるということはほぼ終盤だろう。三輪も前に出てきて軽快にカッティングしている。疲れもピークだったが、勢いに任せて手を掲げて、曲に合わせて手拍子をする。いつもは間奏で荒ぶる田村がみられるはずなのだが、今日は比較的落ち着いていて、その分クジのキーボードに注目できた。

アウトロの三輪のギターソロの後は崎山のドラムソロに突入。終わりかと思ったがドラムソロの間に三輪がギターを交換している。まだあるようだ。音が止んで静寂のなかに、クリーンなアルペジオが響く。「紫の夜を越えて」だ。PVを思わせる紫の照明がとても幻想的だった。最高に盛り上がった状態というよりかは、少ししっとりとした雰囲気で本編が終了。メンバーが一旦袖に掃けると、私は座席にどかっと腰を下ろした。かなり疲れている。アンコールを求める拍手もそこそこに、体力を回復させる。

メンバーが再び登場。アンコール1曲目は「群青」で、斜め前の2人組のお姉さんがノリノリで振付を踊っていた。続いてのメンバー紹介では、田村が「全く以前と同じ状態にはならないかもしれないけど、バンドは続いていくよ」といった感じの力強い言葉を発してから、三輪は「誰かが言ってたけど、幸せは途切れながらも続くんだよ」と聞いたことがあるフレーズを引用して話していた。草野は、これも最近は頻繁に言っていることだが、「もしここの場にいる誰か一人が欠けてしまっていても、今日のこの素晴らしい空間は生まれなかったと思います」という感じのことを話す。ちょっと大げさかもしれないが、自分が今ここにいること、そして生きていることを全肯定してくれるような瞬間だった。

アンコール2曲目は「うめぼし」。イントロが始まったときは何の曲かわからなくて、草野の「うめぼし食べたい」の歌い出しでようやく分かった。最後は「ヤマブキ」。曲名の通り、実った稲穂のような落ち着いた黄色の照明のなかで歌われる。シンバルを豪快に叩く崎山が印象的だった。この曲も聴いていて楽しいので、今後ライブの定番曲になって欲しいと思う。「崖の上まで~」と草野が歌い切ったところで、冒頭のシーケンス音が再び鳴り響いて終了。最初に撒かれた伏線が最後に回収されたような感じだ。

メンバーが挨拶をして退場すると私も腰を下ろした。体力が吸い取られたような、もしくは削り取られたようで何も考えられない。一息ついて暗くなったステージに目を向けると、さっきまで演奏していたメンバーの残像が浮かんでくる。こんな経験は滅多にできないだろうけど、見るべきものは見て十分に満足だ。

スピッツのライブは、瞬間的にエクスタシーが爆発するような場面はそれほどないが、炭火のようにじんわりといつまでも暖かく、終わってからもその残り火が消えないでいる。良い気分に浸ったまま会場を後にした。雨は止んでいたので横浜駅まで歩いた。

帰りの電車に揺られながら、今回は演奏されなかったが、「僕のギター」という楽曲の一節が浮かんだ。

”君を歌うよ おかしいくらい 忘れたくないひとつひとつを
消えないように消えないように 刻んでる”

今日見たもの、聴いたもの、沸いてきた感情。それらを無下にしてしまってはもったいない。変な使命感からそのままスマホを取り出して、そして家に帰るなりPCを開いて、思い浮かんだあれこれを書き殴る。そうしていたらいつの間にか空が白み始めていた。

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