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緊張がゆるむと本来の力が出る

なまけものがやって来た。自称「なまけもの」の青年。
めんどくさいのが苦手だと言う。「なにもしないことをずーっとできますね」と豪語。一番驚いたのは、本の原稿を寝ながらスマホで書いたってこと。
「パソコンで書いたほうが早いんじゃないの?」
「パソコンを立ち上げるのばめんどくさいんです」
なるほど……。さすが若者。
彼の名は方条 遼雨(ほうじょうりょうう)、鼻筋の通った美人……じゃなかった美形の男子。肌がきめ細やかで白く、こういう肌の人は感受性が高いんだよな……とさりげなく観察。声も態度も落ち着いている。
「古武術」と出会ったのがきっかけでいまは古武術から学んだ技法を自分なりに研究開発し「身体の緊張をとる」技法を伝えるのをなりわいにしているとのこ。
なまけものでめんどくさがりやだからこそ行き着いた「ゆるゆる技法」とでも言うべきか。

「そうなんだよね、現代人ってみんな緊張している。この社会が人間に緊張を強いる社会なんだよね。慢性の便秘、不眠、胃痛、下痢、肩凝りなどなど、緊張のために症状が出ている人も多いんだよなあ……」
「私は、ストレスというものを感じたことがなです」
「へーーーー!それはすごい」
「身体のどこが緊張しているかを観察し、緊張を感じたらすぐに緩めるようにしてきました。自分が緩んでいる状態を覚えて、いつもその感覚に戻るように練習してきました。どうしたら最小のエネルギーで最大の成果を出せるか。最小の動きを日常生活で追求してきた結果として、身体が緩みストレスは減りました」
「でもね、ストレスフリーってことはないでしょう? 人間はどこかに違和を感じていないと……、その……、まるで動けなくなっちゃうんじゃないの?」
「仕事であちこち移動するんで、活動的だと思われることが多いけれど、私は基本、なにもしていない状態が楽で好きですね〜。」
「ふーん。私なんか何かしていないといてもたってもいられないけど……。何もしないほうがかえってストレスかも(笑)」

人間はいろいろである。だから面白い。

「よろしければ、身体を緩める方法を私にも教えていただけますか? こう見えてもけっこうストレス多いんです」
いきなりだが、では……ということで、ワークショップみたいになった。彼は裸足である。外に出る時はホテルによく置いてある、あの白いぺらぺらの簡易スリッパを履いている。「え? それって……」「ああ、これが一番便利なんで」
でも、それで歩いている人って相当、変かも?
「裸足で歩いていると職質(警察官の職務質問)受けちゃうんで」
「ホテルの白いスリッパを履いていても受けるでしょ?」
「いや、だいぶ頻度は落ちますよ」
もうちょっと見栄えのいい履物があると思うのだが、ま、いいか。この不思議な実直さは好きだな……と思った。
「ちなみに、そのジーンズはものすごくブカブカでパンツが見えそうですが、それには意味があるんですか?」
「ああ、このストレッチジーンズは洗濯すると縮むんですよ。なので縮んでもいいように大きめのを買うんです」
「な、なるほど……」
「ストレッチジーンズはよく伸びるので、このまま稽古に入れます。着替えるのってめんどくさいんで。ストレッチGジャンとストレッチジーンズなら、このまま稽古ができて便利です」

さあ、では実地練習。百聞は一見にしかず。
彼は言う。身体に緊張があるとムダな力を使っているため、本来の力が出せない。緊張を緩めたほうが大きなエネルギーを使うことができる。また、あちこちに緊張した部分を抱えていると、それが痛みや、しいては病気の原因になる。人間は緊張によってエネルギーをムダに消費している……と。

・ダメージを透過させる

なるほど、身体の省エネ対策を教えているんだな。
エネルギーの節電が叫ばれているこの時代風潮とシンクロしている。身体省エネ理論はこれから流行りそうだな、と直感。そもそも、近代以降、活動的なことが素晴らしいと思われてきた傾向があるが、人々が活動的になりムダに移動するから地球温暖化が起きているのである。さまざまにムダなことを引き算していけば、身体は健康になり、生活は豊かになり、地球環境も良くなるかも……しれん。

ワークは、まず身体に緊張を与えてその緊張を抜いてリラックスした状態を覚えることから始まった。ぎゅっと肩に力を入れ、ストンと落とす。この緩んだ感じを身体に覚えさせる。緊張と緩和……これはヨガにも通じるものだ。

緩和した状態をしっかり感覚として覚える。方条遼雨さんの教えのポイントは「感覚の知覚」だった。イマジネーションで感覚を自在に再現する。しかしこれって出来る人は案外少ないと思うよ。人間の身体感覚は感情と紐付けられていることが多い。紐付け感情がない感覚はなかなか想起しづらい。

ともあれ緩んだ状態の身体を記憶し、日常生活の中でその状態を維持するよう意図する。身体感覚を内観して「あ、緊張したな」と思ったらすぐに緩める。……この、行動療法的な訓練を通してまず身体に緩みをたたき込み、常に緩んだ状態まで持っていくのが第一段階のようだ。よって、内観(自分の内側を観察する)はすごく大事。
「瞑想をしなくても、緊張を内観をすることで瞑想に近いことができると思います。マインドフルネスも同時にできて身体もゆるまって、動きが効率的になる」
「身体と心は繋がっていると考えるんですね」
「そうです。たとえば、胸に強い緊張があったりすると、ダメージを受けやすいです。胸を緩くしておけば、感情的な衝撃も透過していくんです」
「おお、緩めることで隙間ができる……みたいな?」
「そんなイメージです。精神的なショックを和らげることができます。全身が緩んでいれば、さまざまな刺激は分散され、透過していきます」
なるほど、この理論は視覚イメージをしっかり作れば確かに効果がありそうだ。

・ふんばらないで立つ


次に緩んだ身体がいかに効率的か、を教えてくれた。
ふんばって力を入れても持てない重い物も、力を抜けばすっと持ち上がる、と言う。
「えー! 力を抜いたら持ち上がらないだろー?」と思うのは当然。
余分な力を抜く、ということだ。
持とうとするとどうしても手や腕に力が入る。ぎゅっと支えようとして踏ん張るとバランスが崩れる。物と自分をひとつと見なし、自分が立ち上がるつもりでただ立つ……。すると余分な力が必要なく最小限の力で立てる。立つ時に物も一緒に上がる……というわけだ。

実際、それはその通りなのだ。だけども人は(物を持っている)という意識から逃れられず、物と一緒に立ち上がるとはなかなか認識できない。持っているという意識が勝るとバランスが前に移動して本来の力が出せない。

これは太極拳などにも通じるものだ。ただ、方条遼雨さんは「緩む」にだけ特化し一点突破で教えている。まあね。武術って、稽古して鍛練が必要で、ややこしくて、めんどくさいことは認める。
彼は一般人に「緩めて効率的に動く」だけを、なんとかして伝えようとしているのだな、ということがわかってきた。

「この『ゆるゆる身体術(名称は不明・便宜上田口がつけた)』(※方条さんは天根流の代表・文末のプロフィールをご参照下さい)を、何に応用してどう生きるかはそれぞれの自由だと思うんです。どう使ってくれてもいい。その人の人生に役立てばいいんです。健康のために使ってもいいし、仕事に使ってもいい。こんないいものを使わないのはもったいない。ムダな動きをすることで疲れるし、疲れたらイライラするでしょう。私はこれを初めてから快適で、毎日幸せです」

方条遼雨さんは比較的無表情だ。ほとんど表情を変えない。表情を変えるのもムダな動きなのか。それとも私が察知できないほど省エネに笑っているのかもしれない。もし緊張していたとしても省エネの範囲で緊張しているんだろう。

私の身体を軽々と持ち運んだり、背負ったりもしてくれた。持ち運ばれた時、まるで不安がなかった。これにはびっくりした。一体になっている感じだ。背負われたまま、飛んだり跳ねたりされても怖くない。安定しているのは彼と一体になっているからだ。

つまり……私を背負っているのではなく、私と一体になって動いているから私は怖くないし不安も感じない……。赤ちゃんとお母さんみたいな状態。お母さんはいつもこれを実践していると思う。私は赤ちゃんに戻ったみたいで楽しかった。これは合気道にも通じるかも。

とにかく、すべての枠を取っ払って「ゆるゆるはすごい」ってことを教えようとしている方条遼雨さんは、確かに合理的でなまけ者だと思う。形とか流儀とか、それはそれで重要かもしれないが、さまざまな武術や身体技法の必要十分条件は、実はそう違わないはず。それを、すぱっと教えてもらえるのは、Efficientだ。

なにより、方条遼雨という人が、面白すぎる。

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