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ロボトミー手術、こんな流行があった。

NHKオンデマンドで「フランケンシュタインの誘惑」というドキュメンタリーシリーズを見ている。理想の人間をつくろうとしたフランケンシュタインが怪物をつくってしまったように、科学技術を誤って使った科学者たちが人類史に遺した負の遺産を特集している。毎日、少しずつしか見れないのだが、昨日は2本を続けて見たらお腹をこわしてしまった。ダメージを受けた。

内容は精神医学にロボトミー手術(前頭葉白質切截術)という外科手術を導入したウォルター・フリーマンの物語。高校時代に「カッコーの巣の上で」という映画を観て衝撃だった。初めてロボトミーという治療法があったことを知った。だが、この治療法がかつて精神医療現場で大流行したことは……つまり、ここまで世界中の精神病院に普及していたという自覚も知識もなく……映画を観てから40年以上経って再び衝撃を受け、お腹がピーになってしまった。

ウォルター・フリーマンの祖父は初めて脳腫瘍の摘出手術に成功した脳外科医だった。その祖父を尊敬していたフリーマンは成長して精神科医になり、患者に脳外科手術を試みる。脳を開けて一部を削除するという発想は子どもの頃から祖父を通して培われたものだった。ロボトミー手術は新聞で称賛され一躍有名になったフリーマンはこの手術の正当性を盲信。さまざまな精神病院でこの技術を教え、手術室も麻酔医もいない精神科病院でも施術が可能であるように、電気ショックとアイスピックで行う合理的なロボトミー手術を開発。麻酔なして患者の前頭葉にアイスピックで穴を開けるという、乱暴な手術が行われ、多くの患者の人生を奪った。ケネディ大統領の妹までこの手術を受けていた事実を見れば、どれほどこの「ロボトミー」という治療方法が「精神疾患の治療方法」として当時、大流行していたことがわかった。

前頭葉の前部の神経繊維を切断するという処置はポルトガルの神経学者エガス・モニスによって考案され、モニスはこの研究によってノーベル賞を受賞している。フリーマンはモニスの論文を読み、この手法を世界に広める伝道師になった。特に女性の患者に多く施術された。
人がなぜ精神を、心を病むのか……その原因について20世紀初頭の科学はまったく無力だった。精神を病む人間が増えて精神科病院は満員になるも、その治療方法がわからない。病院は治療せず収容する場所。
19世紀から20世紀にかけて社会システムが大きく変わり、そのプロセスの中で多くの人がストレスを感じ、適応できなくなっていたのかもしれない。心の病は「関係性」に起因するという考えは、この当時はなかった(今もしっかりとあるとは思えないが)。
科学が新しい宗教のように信奉された20世紀に、人々が「人間の前頭葉の神経繊維を切断する」という治療に大喝采を送った事実を知り、この人間のなにか新しいものに熱狂する性質や、科学への盲信は、21世紀の今となってもほとんど変わっていない……と感じ、腸がねじれていくような不可解な感覚を覚え、夜中に何度もトイレとベッドを往復することになった。
「ロボトミー」は当初、重篤な患者に施術されていたが、暴走を続けて思春期の少年や、反抗的な患者を支配するために使われるまでになった。人間の残虐性……というよりも、弱い他者に対して「都合のいい正当化や正義」を通して支配してしまう、そのご都合主義のようなものが、確かに自分にもあることがわかるため、どうしようもなく気分が悪くなってしまうのだ。自家中毒に近い。いま、現在にだって、似たような事はたくさん行われているが、それを行っている人たちにはそれぞれに信念があり、正義や合理化や大勢の幸せのために、仕方のないこととして少数の人々の犠牲を強い、多数決を民主主義と呼んだりもする。そこに自分が加担していないと言いきれない。

自分の信念は常に疑っていなければいけないと思う。それは、どうやって? 人間の自我はとても弱い。なぜチベット密教はあれほど「菩提心」を説き、慈悲の心を養おうとするのか、しかし、その慈悲心だって都合のよい解釈をすることで人を殺すこともできる……。

感じたことを言葉にしていくことが、自分への治療であり、日常的にできる考えの整理、記憶の整理であり、物事を深めていくための手段だ。これを止めたら、立ち止まることができずに流されて、どんどん流されていきそうだから、書き留めている。書くという語源は、甲骨文字にあり、骨に文字をひっかいて刻むことから来ている。ひっかいて、ひっかいて、確かめていく感じ。自分の骨に、刻んでいる、そんな感じ。誰にとっても必要なこと。ここに刻む。かつては自分のノートだったけれど、いまはネットのアルゴリズムに刻む。

無自覚に使っているこのネットワークの情報は、ディープラーニングされ蓄積されている。だとしたら、ここになにを刻むのか、それが未来になにかしら影響を与えるかもしれない。そういう、壮大な社会実験に参加させられているという自覚も、持てないまま。


◎10月は創作を通して自分に向うにはよい季節なので「クリエイティブ・ライティング」を開催します。2ヶ月ぶりの開催です。
10月29日〜30日の土日の午前中です。
https://pekere-co-creative-senter.webnode.jp/

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