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東京グランドキャバレー物語★12 お客さん同士のケンカ騒動

喧嘩が始まるのは、些細な事が原因である。
エレベーターで肩が触れたのに謝りもしないとか、あそこにいる奴が俺を見て笑っているとか、どうでもない事で客同士のこぜりあいが始まる。
そして、それは時に大爆発となるのだが。

どしゃぶりの雨の金曜日、福をいつも指名してくれる金森さんがいらした。
「いらっしゃいませ~。お足元の悪い中ようこそ。」
「福ちゃんの顔を見に来ましたよ!」
金森さんは、ご機嫌で店に入って来た。

こういう天気が悪い時は、店は暇ではないかと思われがちだが、
飲むのが人生の楽しみと豪語するお客さんには、雨が降ろうが風が吹こうが槍が飛んで来ようが、そんな天気如きに、飲みたい気持ちを左右されるものではないらしい。

カウンターで傘をお預かりすると、金森さんは、ゆっくりとソファに座りタバコに火を点けた。
強烈で独特な癖の強い香りが煙と共にユラユラ広がっていく。
近くの席にいた女性達が一斉に立ち上がり始めた。
一時的、避難です。

私もその場から逃げたいが、指名を頂いた私が、お客さんの前からいなくなるわけにもいかず、首をかしげ、ぶりっ子みたいに煙を避け、焼酎の水割りを作り始めた。
どうしようもないぐらい臭くて、倒れそうだった。匂いがきついとある種の拷問だ。

鼻がもげる。

そうとは知らない金森さんは、ご機嫌でこう言った。

「このタバコね、サーフィンする若者が好んで吸うんだよ。海の潮の香りに、バッチリ合うんだ。」
70近い金森さんが、サーフィンするとは思えない。

「どうして、そのタバコが良いのですか?匂いが強烈、イエその独特ですよね。」
「普通の匂いじゃ物足りなくてさ。」

その時だった。

「クセぇなぁ~。」
金森さんの後ろの席のお客さんが、こちらに聞こえるほどの大きな声で言った。

「どこの奴だよ、クセぇタバコを吸いやがってぇ~。」
最初は、気にせずにいた金森さんの顔が段々と歪み始める。

困った事に金森さんの背もたれは、後ろのお客さんの背にあたる。
古いソファが、ギーギー嫌な音をたて背中同士で押し合いになった。

「なに押してんだよ!」
金森さんが、声を荒げ振り向く。

押したの押さないのが始まった。
相手のお客さんが返答し
「おまえがクセぇの吸ってるから、こっちは迷惑なんだよぉ。」
「なんだとぉ!」

心なしか、周りが静まりかえり、ゴングの金が鳴った。

タバコの煙から避難していた、ホステス達もそれぞれの席に戻り始める。
何か面白い事が始まるのではないか?
野次馬的期待感を持っている皆の視線を痛いほど感じる。

「あらあら、福ちゃんのお席よ!」
「どうしたの?なんで喧嘩が始まったの?」
「タバコが臭いみたいよ。」

ざわめく観衆。

平和なキャバレーに、事件が起こる事もたまには刺激になるが、自分の席では、起こって欲しくない。

これは、まずい、一触即発状態である。

「おまえが押してるんだろう!」
「いえいえ、ソファが古いだけなんですよ」
私が、言う。

立ち上がろうとした金森さんをなだめる様に、急いで向いの席から私は、隣に移り、行方を塞いだ。

そして、すぐにボーイを呼んだ。
「急いで、あそこの席にテーブルを移してくれる?」
ボーイは表情も変えず、トレイの上に全ての物を乗せると、さっさと指示した席に移してくれた。

一呼吸をおき、笑いながら、私は金森さんに言った。
「ここのソファ少し古いから、あちらの席に移りましょうね。」
ブツブツ言っている金森さんの背中を押しながら歩かせる。

「ほらぁ、早く。あそこの方がソファの方がしっかりしているから。」

店が広いと言う利点は、こんな時だ。これで足も手も出ない。あわや乱闘に発展しそうな喧嘩は回避された。

周りの雰囲気が通常モードに戻るのは、あっという間だったが、金森さんは、まだ、怒りが治まらないのか、席が離れても相手のお客さんを睨みつけ、焼酎を一口飲んでいた。が、しばらくすると、さっきのタバコに、再び火を点けた。

「クサ~い。」
またまた、周りの女性達が席を立ち上がり逃げて行った。

ワイルドな大人の男には、酒とタバコが似合うとアピールするCMが流れた時代もあったが、それは、もう昔の話なのだ。

今や自分だけではなく、周りにも気を配る、健康志向時代へと突入している、燃えて灰になってしまうだけのタバコは、燃えて朽ちる恋よりも、つまらない物だ。
誰かぁ~。臭いタバコを何とかしてくれませんか?

鼻がもげそう。

つづく

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私は20代頃、手相を見てもらうと、いつも「あなたは、大器晩成の相が出ている」と言われました。大器晩成それは、一体いつ頃でしょうか?人生は、上がったり下がったり。そろそろ大器晩成の花が、咲いても良いんじゃない?これは、華やかなグランドキャバレー・夜の蝶になった私の体験記です。
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