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東京グランドキャバレー物語★30 アフターと言う名の夜デート

  お店が終わるのも、あと10分ほどだ。時間になると、いつものバンド演奏が始まる。哀愁漂うスローな曲が流れ始めると、ほとんどのお客様が帰り支度となり、お付きのホステス嬢が伝票を持ち会計カウンターに並ぶ。

 隣の席に座っていた弥生さんは、お客様に耳打ちし
「じゃあ、お店出た後、横断歩道の渡った所で待っていてね」
聞くとはなしに聞こえた話しを、弥生さんにたずねる。彼女は、明るく優しい何でも教えてくれる頼もしい先輩だ。
「お店が終わってからも、お客様と待ち合わせするんですか?」
「あらぁ、福ちゃん。これからアフターよ」

「アフター?」
「まだ、飲み足らないお客様と別の場所に移って、飲み直したり食べたりするのよ」
 私たちは、ロッカールームに移動し弥生さんは、深紅色のドレスからカジュアルなワンピースに着替えながら教えてくれた。
「最終電車がなくなったら、どうするんですか?」
弥生さんはキュっと両肩を上げ驚いたわね~と言う表情で、私を見ながらこう言った。
「タクシー代を頂くのよ。私たちホステスは、自分の時間を売ってるんだから。一緒にいてあげる事がサービスなの。それに、そこまでしてくれるホステスって言うだけで、次の同伴の約束も固いでしょう!」
「なるほど!」
と、私は感心した。
 
 周りを見ると忙しそうに化粧直しをしている女性が数人はいる。あの方たちもアフターなのだろうか!
「それでアフターと言うのは、どんな所に行くのですか?」
「お客様にもよるけど、近くの居酒屋が好きな人もいれば、中にはお寿司屋さんとか焼き肉、あとは知り合いのスナックもあるわね」
「わぁ~いいなぁ。夜のデートじゃないですか?自分の好きな物、食べたい物をご馳走して貰えるですから!」
 私は羨ましくて仕方がない!と言う顔をし、あれこれ頭の中で想像した。お店が終わった後に好きな物をご馳走になり、何とお足代まで頂けるとは!ホステスになって良かったと思うのは、こんな時ではないだろうか?

「ホステスにとっては、アフターだってお仕事のうちなのよ。でも、お仕事と思わせない自然な感じの夜のデートって言う含みも必要になるわね」
「アフターとは、自然な感じの夜デート。名言ですね!」
と弥生さんの一言に福は唸った。

 続けて弥生さんは、話し始めた。
「最初の頃は、アフター行こう!とお客様に誘われると、今の福ちゃんみたいに大喜びしていたものよ。だけど毎晩のように焼き肉とか行ってごらんなさい、どうなると思う?下腹に厚いお肉が付いて、取るに取れなくなるのよ。自分が食べる焼き肉が全部自分の肉になる。それでも行きたい?」
「はい!それでも行ってみたいです。そんな焼き肉が自分の肉になるぐらい食べてみたいです!」
本音をさらけ出した卑しい私に、弥生さんは、
「福にお肉が付きますように」
と呪文の様な一言を残し、手を振って去って行った。

 お客様が、焼き肉やお寿司までご馳走してあげたくなり、帰りのタクシー代を出してでも、アフターをご一緒したいと思うホステス嬢とは?いったいどこの誰だろう!
 しかし、気がつくと誰かしら、その夜のお客様と約束している事がわかった。知らなかった、気づかなかった行き遅れのホステス福。
 
 数週間後、お客様が福に聞いた。
「今日さ、福ちゃんアフター行かれる?」
「アフターですか?もちろんです!行かれますとも!」
(来た!!来た!!やっと来ました!アフターのお誘い!えぇと、お寿司?焼き肉かな?居酒屋でも良いな。少しだけお腹空いているから、ちょうど適度にお腹に入る)
幸せな顔の福。
「じゃあさ、春ちゃん、秋ちゃんと冬ちゃんも皆一緒にさ、OKかどうか聞いてきてくれる?皆で一緒に行きたいんだよ」
「あっ、三人ご一緒ってことですね?お待ちください」
(太っ腹なお客様だわ、全員で5人?ってことか)
私は、大喜びで春子さん秋子さん冬子さんに、お客様からアフターに誘われたことを伝えた。
 まずは、春子さん
「私は、他の人とお寿司行くことになっているで、お断り」
 次に秋子さんは
「私は遠慮させてもらうわ」
 二人とも首を横にふる。
最後に冬子さん。
「えぇ!〇〇さん?嫌よ~。あの人は、ファミレス行って終わりよ!タクシー代も出ないのよ。最終電車に間に合わせる様にお茶だけだから。そんな時間あるなら早く家に帰って寝た方がマシよ!」
と冬子さんの一言ですべてが理解できた。食い意地が張っている福にしても、昼間に子供と行けるファミレスは、夜デートにしては微妙である。

「どうだった?」
 とお客様は、何も知らず笑顔で福に聞いて来た。
お姉様方は、全員ノーである。お客様のご機嫌を損なわないように、伝えなくてはならない損な役回りである。
「あのぉ、お客様。申し訳ないのですが、お声をかけました三人の方は、この後すでにご予定があり、今夜は、アフターは行かれないとの事です。私だけで良ければ、御一緒いたしますが」

 お客様は、目をカッと見開き大声で残念そうに言った。
「えぇ!なんだよ。三人ともぉダメなのか!福だけじゃつまらないよ!皆でファミレスで喋ろうって思ってたのにさ。じゃあ、今夜のアフターはなしね」
「はぁ。わかりました、アフターはなしですね」
 初めてお誘いを受けたアフターは、いとも簡単にキャンセルとなった。残念と言うべきか、良かったと思うべきか?焼き肉下腹付き放題、アフター夜デートは、まだ先の出来事と相成りました。  チャンチャン  
 
              つづく