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東京グランドキャバレー物語 ★19超ドS華乃 さん VS M社長


 ある日、私は店内マイクで名前を呼ばれた。
「福さん、福さん」
「はぁい!」
 客待ちをしている女性たちがクスクス笑う。
「名前を呼ばれたら、返事をしましょう」と学校で習った。私は、つい条件反射で反応してしまう。

 社長が付けてくれた福と言う源氏名が、段々と自分と一体して来る様な不思議な感覚になって来た今日この頃である。どちらにしても今夜、誰かしらが福を呼んで下さった、と言う事だ。喜びを隠さず鼻歌まじりでホールの下に降りて行く。
 あの工場の社長か?近所の中華屋の主か?それともキャバレー命と言ってるご隠居の爺ちゃんか?数少ない私のお客様の顔を思い出す。

 階下に降りて行くと、マネージャーの川崎氏が言った。
「今日は、福ちゃんね、華乃さんのヘルプして下さい」
 と言った。
 自分のお客様ではなかったが、お姉様のヘルプも立派なお仕事である。
「福ちゃんなら、大丈夫だから。うまく切り抜けられるよ」
 と、マネージャーがおかしな言い方をした。
 うまく切り抜けられるとは?どういう意味なのだろうか?と怪訝な顔しながらも、先輩ホステスの華乃さんの顔を思い浮かべる。百人ほどいるホステスの顔と名前を一致させるには、半年ほどの福には至難の業であった。

「どんな人だったかなぁ~」
 キョロキョロと席を探すと、茶パツのお姉様が福に向かって手招きをしている。
「あんた!こっちよ」
「あっ、福です。華乃さん宜しくお願いします」
 一礼しながら、目の前に座るお客さんにも
「いらっしゃいませ。福と申し・・・」
 と私の声を遮るように華乃さんは、そのお客様に向かって大きな声で怒鳴った。
「だからさぁ、何回言ったらわかるんだよ!」
『ひぇ~』
 と、おずおずと目の前に座るお客様を見ながら華乃さんの横に座り、私は固まった。
 華乃さんが怒鳴った方は、仮にまぎれもないお客様ではないだろうか?
 よくよく見れば品の良いスーツ、ちょっとリッチな時計、年の頃60代前半か?どこかの社長さんって雰囲気だ。
それなのに、華乃さんは、そんなお客様に向かって大声をあげる。
「M男!あんた!私のこの美しさがわかってるの?」
 お酒が入っているせいか、華乃さんの目はすわっている。胸元が大きく広がったドレスのせいか豊満に揺れる胸がまぶしい。そのまぶしさに動揺しているのか、かしこまったM男と呼ばれたお客様が小さな声で答える。
「はい。わかっていますぅ」
「声が小さいんだよ!」
 華乃さんが、ドンとテーブルを拳で叩く。
「はい!わかっておりますですぅ!」
 お尻が浮くぐらい驚いた私は、華乃さんとお客様を交互に見る。近くを通るお姉様方は、
「あらぁ、あらぁ」
 と、薄笑いをしながら足早に通り過ぎる。

 華乃さんは、グラスにビールを注ぎ泡が溢れ出るのもお構いなしに私の目の前にドンと置く。
またまた、お尻が浮く。
「飲みな」
「あっ、はい」
 冷や汗が出る。

「いやぁ、華乃さま最高ですぅ!」
(何?どういう事?華乃さまって?)
 目を細めてズズっと音をたてながら、うっとりしたM男さんは、まるでお茶でも頂く様にお湯割り焼酎を飲みながら称賛する。
間髪を入れず華乃さんが言う。
「華乃さまにビールを注ぎなさい!気が利かないんだから!」
 またM男さんは、なぜか真っ赤な顔をしながらも嬉しそうに
「これは、これは、華乃さま失礼致しました」
 ビール瓶に両手を添え、華乃さんのグラスにビールを注ぐ。

「ほらぁ、今日はどうして欲しいんだっけ?」
 華乃さんは、長い脚を美しく組みながらソファにふんぞり返っている。
(えぇ!どうして欲しいって?このお席でいったい何が始まるんですか?)
 戸惑いを隠せない私は、華乃さんを見た。
「その首に締めてるネクタイを取りなさい!」
「はい!」
 M男さんは、まるで喜び震えるかの如く華乃さんの申し出にお答えする。
スルスルと音を立て青いストライプのネクタイを外した。
「福、あんたこのネクタイでこの人の両手首を縛りなさい!」
「えぇ! 私がですか?」
 華乃さんが私に命令した。
「あんた、今日は私のヘルプなんだから、ちゃんと言う通りにしなさい!」
「あっ、はい」
 仕方なしにM男さんの隣に移動し、そのネクタイを手に取り
「失礼します」
 と言った。

 M男さんは、両手を私に突き出す。
まるで容疑者がお縄になると言う場面と同じだ。
 慣れない手つきで、軽く蝶々結びにすると、華乃さんが容赦なく私に言う!
「何で蝶々結びなんかにする?もっときつく締めるんだよ!」
「はいっ!!」
 もう仕方ない。
「それでは、もう一度失礼致します」
 今度は、両手が動かないぐらいにギュっと締めた。
「うっ・・」
 軽い呻き声を出しながら、なぜか頬が紅潮しているM男さん。
「あっ、すいません」
 ノーマルな私はあやまる。
「さぁ、社長!いやM男、焼酎を飲みなさい」
 華乃さんが、命令する。やっぱりどこかの社長さんなんだ。
「華乃さま、難しいですぅ。両手が思う様にグラスが持てないですしぃ。
 私は、お湯割り焼酎なので熱いですぅ」
 ちょっと困った顔をしたM男さんが、上目遣いに華乃さんを見る。
 何となく甘えているような?変な雰囲気だ。もしかしてM男さんは、痛めつけられたいMなのだろうか?
「なんだってぇ!私の言う事が聞けないって?」
 まるで、女王様のように振舞う華乃さん。
「聞きますぅ。飲みますぅ。華乃さんの命令ならぁ。熱っち、っちち」
 両手でグラスを持ちながら、フーフーしながら熱そうに、それでいて嬉しそうな顔でお湯割りを飲まれた。
 そんな不思議な怪しい席でかれこれ二時間が経った頃、M男社長が突然おっしゃった。
「あ~、楽しかったですぅ。もう帰りますぅ」
 気がつくと、ネクタイはしっかり元の首に締められていた。
「今日は、お会計とは別に、この娘にもチップあげてよ!」
「わかっておりますぅ」
 M男さんは、皮財布から英世さんを取り出し私にくれた。
 エレベーターまでお客様のM男さんを見送りに行くと、華乃さんは、M男さんの耳を引っ張りながら
「来月早々に店に来なかったら、イイ事してあげないからね」
とつぶやいた。
「わかってますぅ」
 M男さんは、胸の前で腕を組み仁王立ちした女王様の華乃さんにエレベーターのドアが閉まるまで、手を振り続けていたのだった。
  
              つづく