【ラー博の何故?】第5話 どのようにお店が入れ替わるの?
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【ラー博の何故?】第5話 どのようにお店が入れ替わるの?

🍥入れ替わるタイミングとは?

前話の「どうやってラーメン店を選んでいるの?」というご質問と同じく、「どのタイミングでお店が入れ替わるの?」というご質問も多く聞かれます。ではどのようにお店が入れ替わるのでしょうか?

「いろんな方から“売上が悪くなると入替えるんでしょ?”とよく言われるのですが、それは違います。私どもが選んだお店は惚れ込んでご出店いただいておりますので、常にずっといていただきたいという想いでおります。
その一方で“飛行機に乗らずに全国の銘店の味が味わえる”というコンセプトに則り、お客様に新たなサプライズ(新店舗)を提供したいという想いもあります。」

「そのため、前話でお話したように“本店及びその周辺しかないお店“が他の地域に出店する事になるとお客様へのサプライズが薄れてしまいますので、ずっといてほしいという気持ちはありますが、卒業(入替え)という形になります。」

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入れ替わるタイミングはそれだけではありません。
「もちろんラーメン店さんからも“首都圏での役割を果たしたので次のお店に譲りたい“というお話や“もう一度本店のある地元の基盤を築き上げたい“というお話をいただいたりして入れ替わる事もあります。」

「例えば博多 一風堂さんの場合は、今では考えられないかもしれませんが、1994年のオープン時には、博多の本店しかありませんでした。当館への出店後、恵比寿などに店舗を広げられたのですが、店主の河原さんより“店舗を増やしていきたいので、これ以上迷惑をかけられないのでラー博を卒業します“というお話をいただきました。卒業する頃、ラーメンブームも絶頂期で、当館の一風堂さんも、もの凄い売上だったのですが、そのような決断をしていただきました。」

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🍥期間限定店

そしてもうひとつは企画店舗としてご出店いただく期間限定店です。
今まで行ってきた企画は「新横浜着全国ラーメン紀行」や、「ラーメン登竜門」、「新ご当地ラーメン創生計画」、「みんなのふるさとラーメン」、「逆輸入ラーメン」等です。
「企画店舗に関しましてはスタートするときから期間が決まっております。企画によって変わりますが、例えば"新ご当地ラーメン創生計画"は、1年間の出店後に、必ず地元に戻りお店をオープンするというプロジェクトですし、東日本大震災の復興支援として行いました“かもめ食堂“は、建築制限が解除されるまでの間、首都圏から気仙沼の魅力を発信し、その後、地元気仙沼に帰郷オープンするというプロジェクトでした。」

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🍥再出店

また過去に出店したお店が再出店することもあります。
「これまで、和歌山の井出商店さんや、札幌のすみれさんには再出店していただきました。これはお客様からの多くのリクエストをいただいて実現したものです。すみれさんの場合は1度卒業された後、店舗を広げられたのですが、再出店していただく際は店舗を縮小し、最終的には札幌と当館だけの営業となりました。」

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🍥最後に

「これまで26年間で50店舗のお店にご出店いただきました。50店舗が多いか少ないかはわかりませんが、50人の店主の方のご決断に感謝しかありません。そして私たちがお声がけしたお店に、足しげく通っていただいているお客様、そして裏方で支えていただいている取引業者の方々、働いている従業員と、皆様のお力添えがあって今日が迎えられております。」

「私どもはこれからも、日本の食文化としてのラーメンを世界に広げるとともに、知られざるラーメンの歴史を調査し、100年後、200年後の方々に言い伝えられる施設を目指しております。これからもどうぞよろしくお願い致します。ご精読ありがとうございました」
                新横浜ラーメン博物館 館長 岩岡洋志


★バックナンバー
第1話「何故?新横浜に作ったの?」
第2話 何故?ラー博を作ったの?
第3話 何故?昭和33年の街並?
第4話 どうやってラーメン店を選んでいるの?

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こんにちは。新横浜ラーメン博物館です。noteでは「ラーメンの何故?」にフォーカスした歴史や雑学を配信していきます。 https://www.raumen.co.jp/