3. ナカガワちょっと
オフィスに戻ると、営業のナカガワさんがすでに出社してきた。ナカガワさんは去年入社なので、僕の1年先輩。誰が見ても人が良さそうで、いつもニコニコしている。営業にもかかわらず、頭にはひどい寝癖がついていたり、口に歯磨き粉がついていたりして、かなりのマイペースさをかもし出している。ちなみに、スーツはなぜかいつもテカテカである。彼と話したことはなかったが、席が近いこともあり、挨拶程度の会話はしたことがあった。だから、オフィスに彼を見かけてすごく嬉しかった。
こんなに早い時間に二人も来るなんて今日はどうなっているんだろう?などと普通の会社では考えられないようなことを思いながら、ナカガワさんと雑談していた。彼は今日10時の打ち合わせの資料まとめのために、早めに出社してきたそうだ。だからなのか、普段より緊張感があった。でも、席が僕のすぐ後ろなので資料の準備しながら僕に話しかけてくれた。
「いつもこんな早くきてるん?えらいなあ。」
「本当にこの会社は誰も9時に出社しないんですね?」
確かこんな会話から始まった。ナカガワさんは営業で外に出ていることが多いので、ちゃんと話するのはこれが初めてだった。この時の話もいつもと同じだった。この1週間、数人の先輩と話す機会があったが、みんな決まって、「この会社はおかしいから気を付けたほうがいいよ!」と言うのだ。でも、詳しくは教えてくれない。僕自身、初日から何かおかしいと感じていたし、実際、いっしょに入社したイシヅカさんは5日で辞めた。しかし、この時はまだそれほどおかしい会社だとは実感していなかった。当然といえば当然だ。新入社員は、他の会社と比較できないから、社会人ってこんなものかな。って思ってしまう。
話に熱中していると誰かがオフィスに入ってきた。山本さんだ。ナカガワさんが話すのをピタッとやめたので、僕もやめた。そして、イスを自分の机のほうにスライドさせながら、力いっぱい挨拶した。が、またもやムシされた。彼はそのまま僕たちの前を通り過ぎ、奥の休憩室の長机の前に腰をおろし本を読み始めた。
僕の視界の右端に山本さんがかすかに入る。なんとなく視線を感じるが、こっちを見ているのかどうかはわからない。無言で資料まとめをするナカガワさん。部屋が静まり返っていて、ペラペラと本をめくる音だけが聞こえる。
とりあえず僕は目の前のMacに向き合った。ネットに繋がっていないパソコンですることはないが、何かしないといけないと思い、フォトショップを立ち上げた。することはないので、チュートリアルを開けて作業をしているフリをした。僕の横の席のハシグチさんが来れば、作業の指示をもらえるのだが、彼は当分来そうもない。まだ、9時45分だ。
することがない僕は、いつの間にか、ファイルをダブルクリックしては閉じるといった、意味のないことを繰り返していた。
「ナカガワちょっと」
突然、山本さんがナカガワさんを休憩室に呼んだ。僕はまるで自分が呼ばれたかのように、ハッとして、我に返った。
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