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【インサイトコラム】膨張する資本主義経済/急成長する「サブスクリプション・エコノミー」(伝統的なマーケティング・リサーチャーは自らをUPDATEできるか?)

2020年3月「COVID-19のワクチンを使えるようになるまでに少なくとも1年半(18ヵ月)はかかる」(米国立アレルギー・感染症研究所所長アンソニー・S・ファウチ)

当時『最短で18ヵ月か・・・』と長期戦を覚悟しておりましたが、英国・米国は18ヵ月を待たずして2020年12月からワクチン接種を開始(緊急使用許可)しました。2021年5月末には米国は全人口の49.5%(1億6,437万人強)が少なくとも1回の接種を受け、全成人の50%にあたる1億3,107万人強が完全に接種を受けたとTwitterで公表。そして米国の独立記念日の7月4日までに接種率70%を目指すとしています。ドイツ、チェコ、ブルガリアなどの欧州7ヵ国では今年の6月から「(1)コロナワクチンを接種した人」「(2)コロナから回復している人」「(3)72時間以内に陰性と判定されたかどうか」といった3つの条件のうち、ひとつでも該当することを証明したオンライン文書を持つ人々については自由に移動ができる「ワクチン・パスポート(正式名称はデジタル・グリーン証明書)」を世界に先駆けて導入しています。

片や日本での全世代へのワクチン接種は「早い自治体では7月上旬から」(Yahoo!News 5/27(木)21:50配信 読売新聞オンライン)です。加えて3回目の緊急事態宣言が再延長され(東京、大阪、兵庫などの10都道府県を対象に6月20日まで延長を決定)、6月上旬現在も家を出ることは少なく、未だ家の中で過ごす時間が増えた方も多い状態だと思われます。

パスカル「人間はひとくきの葦にすぎない」(『パンセ』断章番号三四七)

ここで過去を振り返ってみますと、十七世紀のフランスの思想家パスカル[1623-1662]はかの有名な「パンセ」で「人間の不幸というものは、みなただ一つのこと、すなわち、部屋の中に静かに休んでいられないことから起こるのだということである」(世界の名著24パスカル「パンセ」,1966年,前田陽一・由木康訳,中央公論社,断章番号一三九)と述べています。これは食うに困らない人や十分な財産を持っている人ならば、その暮らしに満足しじっとしていればいいものを、人間にはどうしてもそれができない。情念もなく、仕事もなく、熱中することもなしでいるほど堪えがたいことはなく、自己の虚無、孤独、不足、従属、無力、空虚さえ感じてくる。だから独房が恐ろしい責苦となり得るのであり「人は気を紛らせてくれる騒ぎ」(同前、断章番号一三九)を求めるのだ、と言います。それは兎狩り、玉突き、賭け事、社交会のダンス、これだけなら理解できますが、要塞の包囲線に出かけ戦争までも求め、身を危険にさらしさえする。兎が欲しくて狩りに出かけるのでも、もうけが欲しくて毎朝賭け事をするのでもなく、彼/彼女が好きで恋をするのでもない(恋のから騒ぎがしたい)。人間は気晴らしを欲し、その結果として不幸を招き寄せる(時に人は苦しむことすら厭わず、積極的に苦しみを求めることすらある)のだとパスカルは言うのです。

何やら今の日本の世相の一側面を言い当てているような気がしてなりませんが、同時に“気晴らしが欲しい”という人間の事情を知りながら「あなたが欲しているのは、こちらの稀少なブランドAウサギなんですよ」と訳知り顔で語りかけ、ありふれたウサギをブランド化し買わせようとする供給者側の“行き過ぎた資本主義”を思い起させます。

この“行き過ぎた資本主義”の功罪としては、確かに私たちの生活は便利になり、そして豊かになりました。その一方で、昨今の「地球温暖化」や「大規模災害(ex.2019年3月-2020年2月頃まで続いたオーストラリア史上最悪の大規模森林火災では30億匹ともいわれる動物が犠牲に。その要因は乾燥・高温・強風だと言われておりますが、地球温暖化による異常気象との関連を指摘する専門家もいるようです)」、資本家の収益が労働者の収入を上回るペースで増大している「巨大格差(ex.世界上位の資本家26人の総資産と世界の貧困層38億人の総資産が同額)」などを見るに“行き過ぎ”と言っても過言ではないでしょう。事実この60年間で世界の自動車保有台数は14億台に達し、化石燃料などでつくられる電気の消費量は70年間で25倍以上と言われ、ある仮想通貨の1年間の電力消費量はスウェーデンの年間の消費電力くらいにまで膨らんでいるとも言われております。特に温暖化によって北極圏の永久凍土の融解がさらに進めば、温室効果ガスのCO2とその25倍の温室効果があるとされるメタンガスが放出され、数万年に渡って閉じ込められていた病原体が解き放たれることで、新たな感染症をもたらす可能性もあるとされています。

なぜこうもしてまで資本主義経済は“行き過ぎる”のか。

少し消費の観点から眺めてみると分かりやすいのではないかと思います。たとえば、皆さんも一度は『(着ていく)服がない・・・』と思ったことがあるのではないでしょうか。クローゼットに服はあります。あるにもかかわらずそう思ってしまうのは、衣服に対して暑さ・寒さをしのぐための機能的特性・目的よりも嗜好的な充足特性・装飾審美上の価値(好みの色合い、スタイルに合う、色彩・デザインが楽しめるなど)を重視しているからではないでしょうか。数年前に流行ったスキニーパンツが今では古臭く見え、逆にワイドパンツがトレンドアイテムになっているなど、流行の移り変わりは本当に日々刻刻です。戦後の日本だけを見ても「アイビー・ファッション」、「ジーンズ」、「ヒッピー・ファッション」、「アウトドア・ヘビーデューティー(heavy-duty)」、「キャンパス・ルック」、「ヤンキースタイル」、「ストリートウェア」、「プレッピー・ファッション」、「DCブーム(デザイナー&キャラクター・ブランド)」、「ビンテージ/アメカジ・渋カジ・裏原宿系」などなど、様々なファッションスタイルが通り過ぎてゆきました。もちろんこれだけではありません。もはや衣服というモノを消費しているのではなく、ブランドや記号、観念や意味(ファッションの場合はそのライフスタイルやトレンド・潮流など)を消費していると言えるでしょう。ファッションの世界はこのブランド価値、記号論的価値訴求が顕著で、またそこに立脚するトレンドを供給側(ブランド、メーカー側)が意図的に消費者へ発信する構図が継続してきました。これは供給が需要を喚起し、そして需要は供給に依存する、言い換えれば消費者の消費意欲は供給側に支配され、消費者自身の意思で終わらせることが困難な状態にあるのです。そして、当然ながら消費は終わらなく、終わらせなくします。需要を意図的に戦略的(次々とバージョンアップやモデルチェンジを繰り返し、買い替えを促進させる計画的陳腐化など)に供給側が作り出しているのであり、まさにこれが資本主義経済の典型なのです。「資本とは、価値を絶えず増やしていく終わりなき運動である。繰り返し、繰り返し投資して、財やサービスの生産によって新たな価値を生み出し、利益を上げ、さらに拡大していく。目標実現のためには、世界中の労働力や資源を利用して、新しい市場を開拓し、わずかなビジネスチャンスも見逃してはならない」(人新世の「資本論」,斎藤幸平,2020年,集英社)と考えるのが資本主義、そしてそれを体現するのが資本家となります。

「プロダクト・エコノミー」から「サブスクリプション・エコノミー」へ

消費者が本来的に欲しいものは物理的なモノそのものではなく、モノに付随する記号や観念、気晴らしや体験を欲しているのである、ということは何も目新しいことではありません。モノの所有ではなくモノを使って得られる結果が欲しい(ex.ドリルではなく穴が欲しい)/モノは所有せず必要な時に必要な分だけ利用したい/標準化されたコトではなく、カスタマイズされたコトを好む。よくある消費行動です。こうした消費需要の一端を捉え急成長しているがサブスクリプション・サービス(以下サブスク)です。

「サブスクリプション ― 「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル」(2018年,ティエン・ツォ,ゲイブ・ワイザート 著,桑野順一郎 監訳,御立英史 訳,ダイヤモンド社)のティエン・ツォは「これからのビジネスの目標は、まず特定の顧客のウォンツ(欲求)とニーズ(必要)に着目し、そこに向けて継続的な価値をもたらすサービスを創造することだ」「顧客をサブスクライバーに変えて、定期収益がもたらせる構造を築くことだ。この変化をもたらした文脈を、サブスクリプション・エコノミーと呼ぶ」とし、同著でミレニアル世代は「彼らはクルマに乗りたいのであって、自動車を所有したいのではない。ミルクが飲めればよいのであって、牛を飼いたいわけではない。カニエ・ウェストの新曲は聴きたいが、レコードが欲しいわけではない」のだと言います。『なるほど、よくわかる』です。

ここで下図表1を見てください。左側は製品中心でヒット商品を生むことが重要課題となるビジネスモデルです。右側が顧客中心の顧客から物事を発想する顧客ファーストのビジネスモデルであり、後者の論点は、

・顧客と長期的な関係を築くためには何をすればよいのか?
・所有ではなく結果を期待する顧客に何をすればよいのか?
・どうすれば新しいビジネスを生み出せるのか?
・どうすれば顧客に継続的な価値を提供し、定期収入を増やせるのか?
です(同前より引用)。

■図表1;現在進行中のビジネスモデルの変化

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一方、製品中心型のビジネスモデル(左側)は“できるだけたくさんの製品を流通チャネルを通じてどうやって売っていくのか?”が論点の中心にあります。製品(製品開発)が川上に鎮座し、顧客は離れた川下に位置しており、このモデルでは基本的に製品は買い切りで、製品を購入した時点で消費者との関係は終わります。他方、顧客(サブスクライバー)中心型のビジネスモデル(右側)は、まさに顧客を中心に消費体験をつなぐサークル型の循環ネットワーク構造で、すべての顧客にデジタル化されたIDを付与することで、購買前・購買時・購買後のすべてのプロセスが追跡可能となります。また、サブスクはいつでもどこでも利用可能なオンデマンドによる製品やサービスの提供(モノではなく体験、所有ではなく利用)を月額継続課金で行い、顧客の生涯価値を最も重視します。消費者は必要な時に必要な分だけの製品・サービスを利用し不要になれば解約してモノを所有することはありません。さらに消費者は常に最新の製品・サービスを利用することができ、保守メンテナンスサポートも月額課金の中で受けることができます。サブスク事業者も継続的な顧客数や解約・離脱を計測し対応できるほか、年間定期収益の確保がもたらす将来の見通しが得られるというメリットもあります。

それ以上に顧客中心型モデルと製品中心型モデルとの間にある決定的な差が“顧客情報の収集力”、つまり“顧客を知る力(インサイト)”です。今日のサブスクはICT(Information and Communication Technology(情報通信技術))におけるインフラの発展を前段階として、PCやスマートフォン、タブレットなどのデバイスとアプリが収集した取引過程の膨大な量のデータを収集・分析し、消費者のニーズを予測しつつ、製品・サービスの改善や新製品・サービスの開発に役立て、顧客のアクションにつながる情報を組織にフィードバックしています(しかもグローバル規模でリアルタイムに)。製品中心型モデルもCRMデータベースや顧客ロイヤルティプログラムを導入し、アンケート調査やインタビューを駆使してカスタマー・ジャーニーを描きつつ、CS(Customer Satisfaction)やNPS🄬(Net Promotor Score)を測定して、それらの結果を組織(製品ファーストな機能別組織)にフィードバックしています。しかし、その大多数は顧客セグメントという一定の区分で区切った集合体の理解とどまることが多く、顧客解像度はなかなか高まりません。顧客との間に直接的・継続的な関係性を構築できていない場合は、必要に応じてその都度顧客情報を取得せねばならず、情報量は少なく断片的にならざるを得ない状況となります。リアルタイムの顧客情報取得も難しく、限られた情報の鮮度と粒度の中でのPDCA実行は、そこから得られる“学び”が果たして十分な質に足りうるものなのか?疑問を感じるところであります。

月額・年額定額制は“一日だけのベストセラー”と呼ばれた紙の新聞でも定期購読という形で昔から存在する馴染みある形態です。ブロードバンドが本格普及する前の「Netflix」も現在のようなストリーミング配信を開始したのはほんの10数年前から(2007年から)で、それまでは主に会員に月額でDVDを郵送で届けるものでした。それがブロードバンドの本格普及により顧客情報が取得しやすくなり、そして彼らはしっかりとPDCAを実行、学びを獲得することにより、「Netflix」は2020年度の通期売上高が250億ドル(約2兆5,915億円)、営業利益は前年比76%増の46億ドル(約4,767億円)(https://s22.q4cdn.com/959853165/files/doc_financials/2020/q4/FINAL-Q420-Shareholder-Letter.pdf)という驚異的な成長を続け、今やサブスクの成功事例として知られるまでになっています。

さらにサブスクの成功事例の代表格として忘れていけないのが2012年に「Adobe Creative Cloud」(Photoshopの買い切り版を廃止)というソフトウェアのサブスク化に踏み切った「Adobe」であり、現在はPhotoshopやIllustrator、Dreamweaverなどの20種以上のアプリが月額・年額料金で自由に使うことができます。同社は2012年以降安定した右肩上がりの成長を続け、これを見たソフトウェア各社は次々とサブスクへとシフトチェンジしていきます。この「Adobe」が転換点(ティッピングポイント)をつくったと言えるでしょうし、サブスクはソフトウェアに限らずさまざまな業界で急速に導入が進んでいます。その一部が以下です(これら以外にも教育産業、不動産業、食品・飲食業、出版業などのサブスクがあります)。

■図表2;サブスク関連企業(一例)

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伝統的なマーケティング・リサーチャーは自らをUPDATEできるか?

サブスクがこの10数年の間に急拡大しているのは、言うまでもなくインターネット、スマートフォン・アプリ、クラウドサーバの三種の神器が後押ししており、日本においてもDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進むことでさらに普及・拡大していくことでしょう。“顧客を知る力”やそこから得られる“学び”はいつの世でも必要なことであり、サブスクはその時その時の行き当たりばったりの商売ではなく、消費者との体験と継続的な関係性に根差した未来志向型のビジネスモデルです。扱うデータは主に顧客の行動ログなどのビッグデータであり、その集計・分析結果をダッシュボード上で見える化し、顧客理解と体験設計に活かされる、そんな時代になっています。こうなると標本データなどのスモールデータを主とした『伝統的なマーケティング・リサーチはどうなるのか?なくなりはしないか?』と思ってしまいます。一方でCDP(Customer Data Platform)で収集する自社会員の行動ログデータだけでは理解が難しい嗜好性や価値観などの意識情報は、アンケート調査データ(1次データ)で取得したデータを基(Seed)に、調査回答者以外に拡張・適用することで理解が広がります。

こうした動きはコロナ禍でD2C(Direct to Consumer;自社顧客に関するデータを蓄積・分析し、個別に最適化された情報・アクションなどをダイレクトに届け取引する販売方法)が進んでいるアパレル業界でも見聞きするようになっており、従来型のアンケート調査の裾野は広がっているとも感じております。詰まる所自社顧客データを持つ事業者におけるアンケート調査のニーズは今まで以上に広く顕在化し、旧来から行われてきた調査で得られたデータをひとつなぎで統合管理・分析する機能はクライアント側でも強化されてゆくことでしょう。そして、分析ニーズはスモールデータからビッグデータ解析へと移っていくと思われます(事実、IBMなどはBtoCマーケティングにおけるインサイト事業に入り込んでいます)。では『ビッグデータ解析が十分ではないリサーチャーは不要か?』と咄嗟に思うわけですが『ああそうだった“文明が進歩するということは自分の頭で考えなくてもさまざまなことができてしまうということ”(アルフレッド・ノース・フライドヘッド)だった』と思い直します。確かに人間(リサーチャー)の目で追えるデータ量は高が知れています。もちろんビッグデータは目で追えるものではありませんが、AIによる分析の結果を目で見て、解釈を与え(解釈とは情報に新たな意味を与えること)、解釈することでアクションにつながる示唆を導き出し判断するのは人間であり、またそれを伝えるのも(AIではなく)人間(リサーチャー)です。『特に分析で難しい因果関係の特定などはAIに任せてしまおう。その分析結果からの推論・翻訳はこちらでやればよい』と平気を装いながら思いつつ、米国政治学者ベネティクト・アンダーソン[1936-2015](国民・国家は人間の想像力が生み出した共同体であると考え、人々の意識を変えたのが小説と新聞であったと言います)が着想した、小説の基本構造(下図表3)とその意味を思い出さずにはいられません。

■図表3;単純な小説の筋立ての一部

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「AとDは全知の読者の頭の中にはめ込まれている。読者だけが、さながら神のごとく、AがCに電話し、Bが買物をし、Dが玉突きするのを、すべて同時に眺めることができる」(同前引用)

小説が離れた場所にいるそれぞれ人物の行動を神の視点で描いているとすれば、リサーチャーは消費者がとった行動を同時的に知ることができるのですから、個客のストーリーに思いを馳せるのは我々のはずです。そしてこうも思います『To be, or not to be: that is the question.』(Hamlet, William Shakespeare)とも。

【参考文献】
『世界の名著24パスカル「パンセ」』(前田陽一・由木康訳,中央公論社,1966年)
『定本 想像の共同体――ナショなリズムの起源と流行』(ベネディクト・アンダーソン著,白石隆・白石さや訳,書籍工房早山,2007年)
『影響力の武器 第三版 なぜ 人は動かされるのか』(ロバート・B・チャルディーニ著,社会行動研究会訳,誠信書房,2014年)
『暇と退屈の倫理学 増補新版』(國分功一朗,太田出版,2015年)
『AMETORA(アメトラ)日本がアメリカンスタイルを救った物語』(デーヴィット・マークス著,奥田祐士訳,DU BOOKS,2017年)
『サブスクリプション ― 「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル』(ティエン・ツォ,ゲイブ・ワイザート著,桑野順一郎監訳,御立英史訳,ダイヤモンド社,2018年)
『60分でわかる! サブスクリプション』(宮崎琢磨,技術評論社,2020年)
『人新世の「資本論」』(斎藤幸平,集英社,2020年)


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