バックパッカーの聖地カオサンロードはなぜ聖地になったの?
バックパッカーに愛される場所はたくさんありますが、「バックパッカーの聖地」と来ればカオサンストリートをおいて他にはないのではないでしょうか。タイに旅行した人なら、一度は行ったことがありますよね。ちなみに、カオサンってどういう意味か知ってますか? カオサンとは、タイ語で精製された米、つまり白米を意味します。昔このあたりに精米屋さんがたくさんあったことに由来するそうです。
最近ではわざわざカオサンロードの近くに泊まる人は減ってきてますが(タイは交通渋滞が多く、BTSや地下鉄の近くの宿の方が移動がしやすい)、それでもやっぱり聖地なのでいつだって観光客で溢れています。
私はカオサンロードというよりも、バンコク全部が大好きです。でも、バンコクのバンコクらしさは、ひょっとするとカオサンロードに象徴されるのかもしれません。でも、カオサンロードってなんでバックパッカーの聖地となったのでしょうか? バンコクの都市の成り立ちから調べてみました。
カオサンロードってなんですか?
かつて安宿街と言われ、バックパックを背負って旅するツーリストを迎え入れた場所は世界の様々な場所にありました。インド・コルカタのサダルストリート、ベトナム・ホーチミンのファン・グー・ラオ、はたまた香港の重慶大厦(チョンキンマンション)周辺なんかも有名ですが、世界で最も有名な安宿街、キング・オブ・安宿街として有名なのは、今も昔もバンコクのカオサンロードではないでしょうか。ここはバックパッカーの聖地、バックパッカーの首都と呼んでも差し支えないと思います。
もちろん、バックパッカーでなくても楽しめる街です。私が思うに、タイというのは旅行者にとっていつも人気のある国です。そして、バンコクという都市は、世界でも最も多くの旅行者に愛される都市ではないでしょうか。なぜタイは、バンコクは愛されるのか。物価が安いとか、ご飯が美味しいとか、旅人に優しいとか、色々あると思いますが、カオサンロードがあるというのもとても大きなポイントだと思います。
今回の主役であるカオサンロードはここにあります。
地図を見るとわかると思いますが、この通りは決して長くはありません。全長わずか300mしかありません。歩けば5分で端から端まで歩けてしまいます。しかしこの短い通りは、世界中で名前を知られている有名な通りです。私が知る限り、パリのシャンゼリゼ通りの次くらいに有名な通りではないでしょうか。
まだインターネットがない時代、知らない都市で宿を探すのは、ガイドブックか人づて、あるいは直接尋ねるしかありませんでした。だから、安宿街というのは飛行機から市内への送迎バスや電車が停車する場所に形成されることが多いです。もちろんカオサンロードも例外ではありません。かつて空港行きのバスはこの地から発着していました(今も団体客のバスはこの辺に停まっていることが多いです)。お金を節約したい旅人は、この地で、少しでも安い宿を探して、通りを行ったり来たりしました。
旅人の多くが行き来するようになれば、そこに軽食を売るベンダーや、お土産物屋さん、旅行グッズを売るお店、ツアー会社などが集まるようになります。タイの地方都市や、カンボジアのアンコールワットに行く長距離バスを手配してくれるツアー会社なんかは、今でもこの地に多いです。
やがて世界的にツーリストが増えていく時代には、賑わいに合わせてレストラン、バー、クラブ、ライブハウスなども登場して、賑やかな通りになっていきます。こうして形成されたのが現在のカオサンロードです。
カオサンロードが必要なくなった旅人たち
ところがこの状況は少しづつ変わってきます。まずは多くの人が集まりすぎて、静けさを求める旅行客からは敬遠されるようになったこと。インターネット、スマートフォン、そしてBooking.comのような予約アプリの発達で、簡単に市内の安値で清潔な宿にどこでも泊まれるようになったことが挙げられます。
こうして、カオサンロードに限らず、世界中の安宿街は拡散し中心性を失っていきました。
さらに追い討ちをかけたのがなんと言ってもコロナで、この期間中に海外旅行客を相手にするバックパッカー宿のほとんどは廃業に追い込まれます。もともと少し汚かったイメージもある安宿街は、コロナ以降さらにピンチに追い込まれました。
わけ知り顔の先輩バックパッカーはこう言います。「昔のカオサンは良かったけど、今は全然ダメだね」それはある意味で事実かもしれません。かつてのカオスな賑わいは少し後退したように思います。でも、だからこそ過ごしやすいとも言えるかもしれません。
街の歴史と広がりと、カオサンロードの位置関係について
もともとバンコクという街は、チャオプラヤー川の右岸にできた街でした。王宮(上の地図の青いピンのある場所)がある場所が古くからの街の中心です。地図を見ると、王宮があって、その南にワットポーという涅槃大仏があります。これを取り囲む形で運河が発達しています。この運河が、バンコクの、一番最初の都市地域です(上の地図の最も濃い領域です)。
そこからバンコクの街は拡大します。2回目の都市の拡大も現在も運河が残っているので目視できます。北はThewes Pierから、南はSi Pharaya Ferry Pierまでぐるっと半円状に運河が伸びているのが確認できると思いますが、これが当時のバンコク市街地の範囲内です(2番目に濃い領域)。ちなみに、今回の主役のカオサン通り(ピンクのピンの場所)はこの時に都市化しました。
3回目の都市の拡大も運河が残っているのでくっきり確認できます(最も薄い緑で囲んだ領域)。現在のチャイナタウンのあたりまですっかり広がって、現在のバンコク駅(旧・フアランポーン駅、オレンジのピン)の手前まで拡大しました。
さて、そこからさらにバンコクの市街地はさらに拡大を続け、現在の都市は上の地図に収まりきりません。そして、都市機能の中心はBTS(モノレールのようなのものです)のサイアム駅(水色のピン)です。ここから東と北に伸びる黄緑色のスクンビットラインが、東京でいえば山手線、大阪で言えば御堂筋線に当たる、要は最も重要な中心路線です。現在では、市街地が東に増えたこともあり、サイアムよりも東のアソーク駅/スクンビット駅(黒いピン)が中心と考えられたりもします。
こうしてみると一目瞭然ですが、現在のバンコクの都市機能は、どんどん東に広がっていって、中心地も、先ほどの運河の外側、新市街に広がっているわけですね(色で囲われてない場所)。
さて、長々とバンコクの都市構造について語ってきましたが、何が言いたいかというと、古くから栄えていた旧市街は、BTSや地下鉄網の路線から外に外れたため、開発が取り残されて、古い雰囲気が比較的そのまま保存されました。加えて、タイという国は一度も王朝が滅びておらず、一度も他国の支配を受けたことがないアジア唯一の国です(あと一つ日本も一度も占領されてはないと言いたいですが、戦後GHQによる占領期間がありました)。このように、タイという国と、バンコクという都市には、古いアジアが一度も破壊されることがなく残りました。ついでにバンコクの旧市街は開発の波からも外れました。その結果、カオサンロードを含む旧市街には古いアジアが真空パックのように保存されました。それが、私たち日本人を含むアジア人のDNAに組み込まれた郷愁を誘い、西洋人にとってエキゾチックな場所として存在する理由だと、私は考えます。地下鉄もBTSも遠く、ここを訪れる人はタクシーで行くしかありません。こうした結果、この地には独特の空気が保存されました。
そんな土地に目をつけたのは世界中から訪れたバックパッカーだったのです。もしこの地域を訪れる場合は、単純に300mのストリートを歩いて終わりにせず、裏通りや、他のストリートにも足を伸ばして欲しいです。なぜならそこには、開発を逃れた、素顔のアジアが残っているからです。
真の意味で世界に開かれた国際都市バンコク、そしてカオサンロード
世界には様々なインターナショナルなエリアが存在します。ニューヨークのマンハッタンや、香港のセントラルもそういう場所の一つですが、私が思うにカオサンほどインターナショナルなエリアは世界中どこを探してもありません。たくさんの人種がここでは集っていて、仲良く過ごしています。もちろん多くはツーリストですが、この地が気に入って長く滞在する外国人も多いです。
タイ人の気質なのか、地元の人もあまりツーリストを客人としてもてなしすぎず、近所のおばちゃんのように気軽に接してくれます。そのおかげか、この地には真の意味での国際交流が息づいています。
私の奥さんが旅行中にバックパックをダメにして、ある日の夜にカオサンロードの裏手のお店でリュックを買いましたが、そこで店番をしていたのは労働ビザを持たない、亡命してきたミャンマー人でした。
亡命してきたミャンマー人の店員、タイ人のオーナー、日本人の私たち、そして頻繁に行き交う白人のバックパッカーたち。それぞれの立場はバラバラですし、懐事情や置かれた状況を考えても私たちは平等ではありません。でも、あの夜、あの瞬間、それらの人々はネオンの輝くカオサンロードで束の間の平和と美しい夜に酔う仲間でもあったのです。綺麗事かもしれませんが、この通りの周辺にはそういう人種を超える魅力があります。
コロナ明けのカオサンロードは、人が減って、街の存続そのものが疑われる時期もありました。でも、2022年にコロナが明けてまたカオサンにやってきたら、少しずつ賑わいが戻ってきていました。
カオサンロードは有名ですから、初めてバンコクに来た人であれば一度は観光がてら来ると思います。でも、できれば1泊でいいから、このストリートの近くに泊まってみてください。きっと他ではできない素敵な体験ができるはずです。
私もとても楽しかったです。個人的な体験記は以下に記しました。