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【映画】あなたの生活がリアルじゃなかったら【トゥルーマン・ショー】

映画を見る時、皆さんはどこまでリアリティーを求めるものでしょうか?

これは映画だけに限った話ではないと思いますが、リアリティーを求めるがあまり「そんなのありえない」と一歩引いた目線で見てしまうと、面白いものも面白くないと感じてしまうことがあるような気がします。

もちろんリアリティーの重要性はわかりますし、リアリティーを重要視した作品はあります。それはその目線で見ればいいと思いますし、そうではない作品ならばそうではない目線で見る。それこそが作品の楽しみ方なのかなと思っています。

今回、紹介する映画は、改めて“リアリティー”を考えるには興味深い映画です。現実と虚構の間で、彼は、彼らは、僕たちは何を真実だと捉えるのか。フィクションではあるものの、いつかそんなことが起こるのではないかとゾクゾクするような映画「トゥルーマン・ショー」。一度は見ておきたい名作を紹介していきます(ちなみにネタバレ成分は少なめにしたつもりですが、設定を語るとほぼネタバレになってしまうため、ネタバレが嫌だと言う方はそっとページを閉じて、映画を見てからもう一度来ていただければ幸いです)。

■斬新な設定。魅力のある世界観。

「俳優の作り物の演技は、いい加減飽き飽き。ハデな爆破シーン、氾濫するSFX。このショーでは世界そのものは作り物だが、トゥルーマンはニセ物じゃない。シナリオやキュー・カードはない。シェイクスピアには劣っても本物の人生だ」

映画冒頭の言葉は、この作品のすべてを物語っている。

映像を撮る時点ですでにリアルではない。“作られたもの”だ。だが、人々はドラマや映画を好む。時には自分に重ね合わせたり、時にはエンターテイメントとして楽しんだり。非日常の中の楽しみ。それが作品の作られる意義の一つだろう。

しかし、映画「トゥルーマン・ショー」では、そういったものが飽きられ、よりリアルを追求する作品を世に出すにはどうすればいいのかを考えた男が、一人の人生を使って映像作品を撮ることが舞台設定となっている。

わかりやすく言えば、今この文章を読んでいるあなたが主人公であるなら、それ以外は全て作られたものということ。今日家に来た宅急便を配達する人、これからオンライン飲み会をする友達。それらはすべてエキストラで、あなた以外のものは何もかもが虚構だ。加えて、そんなあなたの毎日の生活が24時間、テレビで生中継されていると考えてもらいたい。

主人公となったジム・キャリーを演じるトゥルーマンは、生まれた日から今の今まで四六時中自身の生活がリアルタイムで放送されていた。だが、彼はその事実を知らない。なぜなら、彼が住んでいる街自体が作られたもので、隣人も友達も妻でさえ彼にバレないように役を演じているからだ。

役者は放送を見ている人たちに楽しんでもらうために、時には問題を起こし、時には主人公を助ける。トゥルーマンは本気で心配し、本気で悩む。それを見る視聴者は「トゥルーマン頑張って」とテレビ越しに応援する。だが、何度も言うがすべては虚構だ。トゥルーマンだけが演技ではない本当の人生を過ごしている。

トゥルーマンが何も知ることなく死ぬまで過ごしていれば、家や街がすべて作りものであることはわからなかっただろう。だが、些細なことからトゥルーマンは違和感に気付く。そして、その違和感が何なのかを辿っていく、というのが映画の内容である。

■視聴者はどの視点で見るか?

この映画の面白さは、人によっていろいろな視点を持つことができることだ。トゥルーマンサイドに付くのもいいだろうし、映像を作る人物側に立ってもいい。また、自分がトゥルーマンになったとしたらの世界を考えても面白い。設定だけを考えれば、相当な陰謀が渦巻くミステリー的な見方もできるだろう。

リアリティーを考えた上で柔軟な見方をすることで楽しさが倍増する映画だと思っている。

エンディングも非常に考えさせられる。この先、彼はどうやって生きていくのか。彼は幸せになったのか。その答えは視聴者に委ねられている。

それに結局のところトゥルーマンと彼の人生を操った男は、一度も顔を合わすことのないままエンディングを迎えるのだが、彼らがこの後どんな会話をしたのかなんてことも考えたくなってくる。

主人公を演じたジム・キャリーは素晴らしかった。コメディ色が強い俳優さんだが、彼の明るさとブラックさの両立は見るものを一気に引き込む魅力がある。表情でいろいろなものを伝えられるという点で、ジム・キャリーの凄さを改めて感じた。

そんなジム・キャリーが演じたトゥルーマンは、最初と最後にこう言うのだった。

「おはよう!念のため“こんにちは”と“こんばんは”も」

この言葉には多くの意味が含まれている。

映画を見たあなたはどんな考えに行き着いただろうか。リアリティーを踏まえた上で考えたのか、それとも映像は映像とした上で考えたのか。

見終わった後に誰かと喋りたくなる映画だったことは間違いない。

■編集後記

最後の問いかけですが、自分は最後の言葉で言えばトゥルーマンの皮肉だったのかなと思ったりもしました。もちろん見ていた人への感謝だったかもしれないけど、そうであっても面白いなと。

実に面白い映画だったので何か思ったことがあれば、他の人の映画の感想とか知りたいですね。インスタもやっているので是非。

では、今回はこの辺で。


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