茨木童子が切られた場所 『一条戻橋』
酒呑童子の舎弟、茨木童子が渡辺綱に腕を切られたとされる場所が、京都の堀川にあります。それが「一条戻橋」。平安中期以降、堀川を渡ること、即ち戻り橋を渡ることには、特別な意味が生じ、さまざまな伝承や風習が生まれる背景となりました。
近くには晴明神社もあり、京都の中でもパワーの集まる場所として存在しています。戻橋も茨木童子の伝説に限らず、様々な伝説がある場所です。
『源平盛衰記』巻十によれば、高倉天皇の中宮建礼門院の出産のときに、その母の二位殿が一条戻橋で橋占を行いました。このとき、12人の童子が手を打ち鳴らしながら橋を渡り、生まれた皇子(後の安徳天皇)の将来を予言する歌を歌ったされています。その童子は、陰陽師・安倍晴明が一条戻橋の下に隠していた十二神将の化身であろうと書かれいて、安倍晴明は十二神将を式神として使役し家の中に置いていましたが、彼の妻がその顔を怖がったので、晴明は十二神将を戻橋の下に置き、必要なときに召喚していたとされています。
また、嫁入り前の女性やその家族などは、嫁に出た娘が実家に戻ってくることがないよう、戻橋には近づかない。という慣習があるとされています。
魑魅魍魎の通り道ともされていて、特に女性は渡らない方が良い場所と言われています。私も何度も戻橋に行っていますが、一度も渡ったことがありません。なんだか近づいてはいけない雰囲気なんです・・・。
橋は名前の書かれた方が入り口とされていますが、戻橋も同様に黄泉の国に繋がっているとされているので、出口側には行かないよう、ご注意ください。
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