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革命がすんでからすみついた家

 現代川柳と400字雑文 その22

 引っ越しの都度、というわけではないが、近隣住人との交流が生まれることがある。コロナ禍に入ったその年は、近所の老婆と立ち話をすることがたまにあった。ある日、話の流れこそ把握できなかったが(老婆は声が小さかった)、老婆が「ことしは梅酒を作るのをやめようと思ってます」と意気消沈して言ったことがあった。世間話をする程度の、とりたてて親しいとも言えない間柄で、そもそも、なぜことしは梅酒を断念するか把握できていなかったにもかかわらず、わたしはなぜか次の瞬間「そんなこと言わずに、ことしも作ってください」と老婆を励ましていた。そうですかねえ、と老婆はうれしそうに微笑んだ。あ、まずい、と思った。これは完成した梅酒を振る舞われる流れかもしれない。わたしは梅酒が得意ではない。しかし断ればまた老婆は意気消沈するだろう。しばらくしてわたしは引っ越したが、それは梅酒から逃げるためではなかった。

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