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【能力が発揮でる場が極端に少ない】 #613


私はいわゆるトランスジェンダーと呼ばれる人間です

昔の人は大変苦労されたと思うのですが
最近は海外の先進国に学び
日本の企業でも
積極的にトランスジェンダーの人材を
雇用してくれるようになった
そのお陰で自分の外側の性別で偽り
隠し通し苦しむという事も減りつつある

私は男性として生まれたが
自分の性別の不一致を強く感じ
今は女性として生きている

大学では法学を勉強していたが
向いていないと分かり
就職は普通の会社に入社しようと考えた

この不景気の時代に大手ゼネコンの企業の内定がもらえた
もちろん自分がトランスジェンダーであるという事も理解してもらった上で

とても嬉しかった
これで4月から社会人になれる

配属されたのは総務部の文化事業課だった
何をやるのか分からないまま
研修を受けその後
文化事業課へ出勤した

「おはようございます
本日より
文化事業課に配属になった
山田ナオミと申します
よろしくお願いします」

「あっ君か噂の」

「噂のって何でしょうか?」

「君が此処へ入社できたのは
当社のイメージアップの為の一環としての採用だ
そこに居る先輩の田中くんもそうさ
身体に障害を抱えてる
そんな人の受け皿になってますっていうPRの一環さ
君知ってるだろ
3年前の談合事件
あれで当社は大変な打撃を受けたんだよ
だから会長直々の提案で
話題になる採用枠を作ったんだ
それで出来たのが此処
文化事業課って事だ」

「本当ですか…」

ナオミは絶句してしまった
ナオミは自分の学歴や
面接での評価から採用されたものだと思っていた

「本当さぁ
此処な
なーんもやる事無いぞ
去年もトランスジェンダーの子
2名採用したけど
3ヶ月もしない内に辞めてった

そりゃそーだわなぁ
なぁ田中くん」

「そうなんだよ
山田さん
でも気を落とさないで
今はこうだけど
絶対に変わるし変えてみせるから
僕はその気持ちで諦めず
此処に残っているんだ」

「田中先輩…」

「まっ
全くやる事が無いわけじゃ無いから
例えば社員旅行のパンフレット作りとか
忘年会の案内とか
そう言った文化的行事のお手伝いはするからよ
めげんな

まっ
そういう訳だからよろしくな」

「はいぃ…」


頭の中が真っ白になった
そして数分が経ち
ようやく落ち着いて物事を考えれるようになった

これって
差別じゃない

こんな事して良いわけないじゃない

「あのぉ…課長
今日というか
これから私は毎日
何をすれば良いのでしょうか?」

「そーだなぁ
総務から電話があったら
何かやる事できるけど
それまでは何も無いな」

「本当ですか?」

「ああ
ホントのホント」

「って事は
電話が無い時は
何をしていても良いという事ですか?」

「ああ良いよぉ〜」

「ありがとうございます」


ナオミは前向きに考えてみた
とりあえず差別だろうけど
毎月キチッとお給料は出るし
何だったらボーナスもあるし
辞めなければ
生活には困らない
そして課長は遊んでるみたいだし
田中先輩も口ではああ言ってたけど
結局遊んでるっぽいし
だから私も好きな事をしよう


ありがたい事に
この文化事業課だけは
旧館にあり
此処の課以外は無いので
少々の事はバレない

この日からナオミは
日本のトランスジェンダーの採用企業について調べたり
SNSで自分と同様に就職した人々と交流し
実態調査を行った

厚生労働省が行った
「職場におけるダイバーシティ推進事業報告書」というのを見つけた
これによるとアンケートを行った7割の企業はその必要性に賛同するも
実態としては企業全体の1割にしか満たないという事が分かった

そんな1割の1つの企業である当社は
蓋を開けるとこの様な状況である

なかなか腰の上がらない企業の言い分としては
例えばトイレをどうするのか
更衣室はどうするのか
更には理解していない人間によるセクハラやパワハラについての対処マニュアルの不足など
ダラダラとした言い訳としか取れないような答えが返ってきている

ナオミはこれだと思った
私がコイツらと向き合おう
待っていてはダメだ
そう考え
各問題のブラッシュアップとその解決法についてのアンケートを作り
SNSで繋がった仲間たちの意見を聞き
精度を上げ
その後
会社の人間たちとどうやって同じテーブルで話し合いを行うのかなど意見交換をした

ケンカ腰ではダメだ
とにかく
分かってもらう事と
分からない人たちの分からないを理解する事
これを軸に先ずは課長に相談した

課長は最初は正直後ろ向きだった
でも何度も田中先輩も含めて
身体に障害を抱える人材や
LGBTQの人材が
自己の能力をちゃんと発揮できる会社作りをする為の話し合いを続けた結果
課長も根負けし
田中先輩も本心ではナオミと同様に思っていたので賛同してくれた

ある日
田中先輩からコッソリ聞いた話があった
談合を最後まで反対していたのは課長だったそうで
現場で叩き上げで部長まで上り詰めたのに
リストラされそうになった時に事件が明るみに出て
関与していた訳では無いが
事件の事を知る責任者の1人として
処分されそうになった時に
関与とは関係の無かった会長が引き止め
降格ではあったが会社に残ってもらったそうだ

「今はあんなだけどさ
昔は正義感の強い熱血男だったらしいよ
頭のキレもそうとうらしい

だからさぁ
多分
ホントにこの会社変えれるかもよ」

本当なのだろうか

課長と田中先輩とナオミは
有り余る時間を使って
作戦を考えた

先ず議題に上がったのが
提案の骨組みは出来ているから問題は無い
ではこの改革を何処からするかだ
簡単に言うと
中からなのか
外からなのか

これは田中先輩と意見が分かれた
田中先輩は外からだと言う
理解していない人間は先ず聞こうとしない
関心が無いから興味も無い
それならば
もう一か八かでマスコミを巻き込む
そう言ったムーブメント的な空気を変える案を推してきた

ナオミは正反対で
問題を抱えているのはこの会社であって
自分たちで解決するサクセスが無い事には
単にマスコミを巻き込んでも薄くなる
先ず目を向けるのは内側だ
現に文化事業課はこんなにも変わった
という案を推してきた

どちらの意見も静かに課長は聞いてくれた
その後

「ちょっとすまん
オシッコ行ってきていい?」

「はぁ…」

2人は拍子抜けになった

課長がトイレから戻らない
何分待っても戻らない
携帯電話はデスクに置きっぱなし

2時間してやっと戻ってきた

「すまんすまん
何処のトイレも混んでて
結局
会長室の階のトイレ使わせてもらったら
会長につかまっちゃってさぁ
参ったよ

会長暇なんだって

だから
お前たちの話したら
資料作って
3人で会長室来るようにとお達しが出たよ

ビックリしたぜ」


ナオミはそこで思った
田中先輩が言うように
この人只者では無いかもしれない

後日
完成した資料を抱えて
会長の元へと参じた

プレゼンが全て終わった

「これは良いぞ
これから当然そうで無くてはならない
いやいや素晴らしい

と言っても
本社の連中は頭の中が
カチンコチンだ

3人とも
これ本気でしたいのか?」

「はい」

「じゃあ
分かった

本社はダメだから
九州支社から変えて行こう」

「九州っすか?会長」

「どっから変えたって構わんだろ
先ずは九州を変えてくれ」

「分かりました」


こうしてプロジェクトが始まった
九州支社へ乗り込んだ3人は
何度も何度もその必要性を訴え
とうとうプロジェクトは動き出した

すると不思議なもので
他の支社に回っても
既に協力者がおり
どんどんとプロジェクトが進んで行った

結果的に内から始まったプロジェクトだが
この動きに目をつけたテレビ局が
取材を打診してきて
結果的に取材では無く
ドキュメント番組として放送された

深夜枠のドキュメントにも関わらず
観ていてくれた人も多く
その後
他のメディアや雑誌や新聞社からも取材された

今や日本であらゆる障害を持つ人々の就業成功事例として
多くの企業や人々に影響を与える会社へと成長した


そんな社会になる希望は
捨てずに持っていたい





ほな!

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