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【わすれな草】 #716


ヤスシは忘れっぽかった
忘れてしまいたい事に関してはありがたいが
忘れてはいけない事まで忘れていってしまう

ヤスシは自分の考えた事や行った事や色んな頭の中の事をコピーして保管しておくアプリを見つけた
有料だったがダウンロードして使用する事にした

腕時計から脳のデータを収集しクラウドで管理される

最初は物珍しかったので頻繁に確認して楽しんだ
忘れっぽいヤスシは飽き性でもあった
数ヶ月もするとすっかりアプリの事を忘れてしまった
スマホのアプリのアイコンを見てもそれが何のアプリなのか理解していなかった
興味も無いのでスルーしている

どうしたら覚えていられるのだろうか

忘れたという事も忘れてしまっている以上この悩みを解決するのはとても難しいと思われる



実は彼が忘れっぽくなったのには原因があった

大人になるまでは物忘れと言っても通常の人並みな感じだった
成人して急に老化現象が人より急速に進んだ訳でも無い

それはある事件が原因だった

ヤスシは20代の頃はまだ実家暮らしで両親や妹と暮らしていた
普通の一般的な中流の家庭である
お父さんが若い頃ローンで購入した建売住宅に家族4人で仲良く暮らしていた
まだこの頃は携帯電話というものが普及し始めたばかりでヤスシは持っていなかった

いつものように最寄りの駅から自転車に乗り家路についた
家に近付くと真っ赤な炎と暗い夜空でも分かるくらいの煙も上がっていた
人が沢山いる
ヤジウマだろう
その中に同級生の女の子がいた

「大変よヤスシくん
ヤスシくんの家とお隣の山田さんの家が燃えているのよ」

「ええっ」

「急いでっ」

「ありがとう」

ヤスシの頭では今の状況を理解し整理する能力は無かった

家が見える辺りまで何とかたどり着いた
家は巨大なキャンプファイヤーのようにゴウゴウと燃え盛っている

分からない
お母さんは?
お父さんは?
妹は?

警察が規制線を張りその向こう側では消防の人たちが懸命に消化活動を行なっている
救急車が見当たらない

ヤスシは目の前の警察官に話しかけた

「あのすみません
僕あの家の者なのですが僕の家族はどうなりましたか?」

「すみません
詳しい事はまだ分かっていないんです
此処はとても危険ですので
明日改めて警察署の方にお越し頂けませんか
それから女性が1人救出されまして中央病院に救急搬送されていますので
申し訳ないですがそちらへ向かってもらっても構いませんか
パトカーも1台出しますので」

「分かりました
どのパトカーで行くのですか?」

「ちょっちょっと待って下さい」

ヤスシは変に冷静だった
ホントは頭の中ではパニックになっていただろうが先にも書いたように理解し整理する事が出来なくなっていた
どちらかと言うと目の前の警察官の方がテンパっているように見える

その後警察官の指示でパトカーに乗り中央病院へと向かった
病院では入院の手続きを行った
搬送されたのは妹のナオミだった
全身大火傷で命の危険もある
そう説明を簡単にではあるが受けた

お母さんとお父さんはどうなったの?

そこから色々な事があったのだがヤスシはその数日の記憶が全く無い

残念な事にお母さんもお父さんも火災の犠牲になり亡くなってしまった
妹も搬送された翌日亡くなった
家は全て灰となり何も無くなってしまった
火災の原因はお隣の家の油火災だった
この家のおじいちゃんとおばあちゃんも火災によって亡くなった

ヤスシは大切な家族と思い出のいっぱい詰まった家を無くしてしまった
事後処理はお隣の娘さんが付けた弁護士さんと話し合いを進めた


ヤスシはこの一件があってからとにかく物忘れが激しくなった
仕事にも支障をきたしていたので仕事は辞めて元の家の土地に火災保険で出たお金とお母さんとお父さんの生命保険や残った遺産とそれからお隣さんからの見舞金などで家を建て1階に小さな喫茶店を開いた

細やかに毎日を送っている
最近は常連客も付き
火災の話題も誰も言わなくなった
ただヤスシが火災の後遺症で物忘れが激しいのは承知していて
間違ったり忘れてしまっても誰も文句なんて言わなかった

やがてヤスシは常連からアルバイトになった妹と同じ名前のナオミさんと結婚する事になった

今は物忘れをしてもナオミさんというサポーターが居るので以前より快適に暮らす事ができるようになった

笑顔の回数も格段に増えた
燃えて無くなったけどこれからまた写真を撮りアルバムを作ろう
2人の思い出を忘れないように





ほな!

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