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【という女】 #517


「手を離さないで」


「離すもんか」


「私…
死んじゃうの?」


「何を言っているんだ
大丈夫だよ」


「だってぇ」


「大丈夫だから」


「だって
もう良いよ」


「なにを言っているんだ
大丈夫だよぉ
大丈夫なんだって

クソッ…」



その後
彼女は息を引き取った
バックには
感動的な音楽


涙する私




「佐藤さん
検温の時間です」


「はいっ」



私には
このテレビドラマみたいに
彼氏はいないし
どう耳をすましても
感動的な音楽は聞こえない



ただ毎日こうして
検温だの
クスリだの
食事だの
点滴だの
そんな時間と
テレビを観るとか
ドリトスが売っていない売店で
お菓子や雑誌を買うとか
スマホを
いじくり回すくらいしか
やる事が無い



もう一度言おう
私には彼氏も
感動的な音楽も無い


ついでに言うと
友達も少ない


その数少ない友達も
最初の方で一回だけ見舞いに来たきり

もう誰も来ない
身内は地方に住む父だけ
父は仕事をしているので来ない


あっ
一度は来た


LINEで時々やり取りはしている


今は
誰も来ない


しかも個室なので話し相手もいない
6人部屋になったとしても
それはそれで人付き合いが面倒


病室の窓からは
隣の号棟が見えるだけなので
カーテンは閉じたままだ



私は先程ドラマのヒロインとは違い
死ぬ事は無い


ただ
生きている喜びも無い


退院したら
新しい仕事を探して
毎日を繰り返すだけ


もし
叶うなら
あのバスの事故に乗り合わせた
キアヌにもう一度会いたい


嗚呼っ
キアヌ
どうして
あんな時間の
あんな場所のバスに乗り合わせたのか

もっとちゃんと感動したかった


あれが
私の人生のピークかもしれない


私の宝物は
キアヌのブレブレの横顔の画像


だが
キアヌと知ったのは
事故後のニュースを
この病室で観た報道で知った


私は
おばあちゃんを助けている
男前の外国人がいるので
何となく事故の記録になるかなと
スマホで撮っただけなので
おばあちゃんも入った引きで撮っている

キアヌをアップにすると
ボヤボヤなんだ



これが宝物な私は
クドイようだが
もう一度
言わせてくれ


彼氏も
感動的な音楽も無い

更に付け加えると
バス会社からの費用で
高級な個室でダラダラする女だ


文句あるかっ‼︎

「キアヌぅ」



ほな!

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