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ショートショート「五十男はよく待たれる」

自宅の電話を見ると、また留守電が入っている。
同じ番号、これで三度目だ。留守電を聞くと、若い男女複数人の声が入っていた。
「おーい!後藤ー!早く来いよ~!盛り上がってるぞー!」
「後藤く〜ん、早く来てね~!」
私は後藤ではない。
飲み会中のようだから、酔って掛け間違いでもしたのだろう。しかし、休日とはいえこんな深夜まで盛り上がれるとは。若さとは偉大だ。
時計の針は23時半を指している。あと30分で、私は五十を迎えるのだ。
妻も子も、友人さえもおらず、一人きりで誕生日を迎えようとしている私とは正反対の華やかな若者達を想像して、私は年甲斐もなく羨んでしまった。
しかし、一人きりとはいえ私はワクワクしている。この歳になって気恥ずかしいが、私は数日前から五十を迎えるのを少し楽しみにしていたのだ。
私はソファに寝っ転んで、昔の記憶に想いを馳せた。

私はよく待たれる。
小学生の頃のある朝、学校に行くと友人に詰め寄られた。
「何で昨日来なかった?」
「昨日?」
「正門でずっと待ってたんだよ!」
「いや、何で…」
「は?ふざけんなよ!腹立つわ!」
しかし、約束などした記憶がない。結局その日以来、彼は私と口をきいてくれず、彼が何故私を待っていたのか分からずじまいだ。

中学生の頃には女子数人に詰め寄られた。
「昨日何で体育館裏行ってあげなかったの?」
「え、体育館裏?」
「ヨウコずっと待ってたんだよ!あんたの事好きだったのに!」
「いや、どういう・・・。」
「好きにさせといて来ないとか卑怯じゃん!せめてちゃんと面と向かってフッてあげろよ!」
女子達は泣いているヨウコちゃんを連れ、教室から出て行った。
全く身に覚えがなかった。体育館裏に呼ばれた覚えもないし、好きにさせたと言われても、クラスが違うヨウコちゃんとは一度も話したことがない。顔は知っていたが、そもそも名前がヨウコだったことは今知ったくらいだ。

子供の頃からこういう事は多く、周りからは薄情な奴というレッテルを貼られていた為、友人や恋人はあまりいなかった。

大学4年の就職活動中、家にいると、ある会社の採用担当から電話があった。
「内定者集会は本日ですが、どうかされましたか?」
身に覚えがない。そもそもその会社は書類選考で落ちたと思い込んでいた。
「来られないという事で、内定は取り消しとさせていただきます。」
まだ一つの内定も出ていなかった私は食い下がったが、聞き入れてはもらえなかった。

身に覚えがないが、いろんな人が私を待っている。こうなると私に原因があるのではないだろうか。友人との約束を忘れていたか、他クラスの女子をその気にさせるような態度を知らず知らずのうちにとっていたか、内定通知が届いていたのに気が付かず破棄していたか。
なんと愚かで無頓着な人間なのだろう。

もうすぐ五十になろうというのに、未だにそういう事は多々ある。
アポイントをすっぽかしたと取引先からクレームを受けたり、会議に来なかったと注意を受けたり、ゴルフ場でずっと待ってるのにいつになったら来るんだ!という上司の電話で叩き起こされたり等々。
しかし、そのどれも、約束自体に心当たりがないのだ。
何故私はこうも人に待たれてしまうのだろう。

せっかくの誕生日も嫌な考え事で興ざめだ。
深い溜め息をつくと、また電話が鳴った。
さっきまでとは違う番号だったので出てみると、弁護士を名乗る男だった。
「息子さんの事故の件ですが、示談金のお振込がありませんでした。先方がお待ちですので、至急ご用意を」
「お掛け間違いですっ!!!」
ついカッとなって電話を切ってしまった。
何故、よりによって誕生日にこれ程間違い電話ばかりなのだ。
しかし、今のは本当に間違い電話だろうか。内容からして、まさか振込詐欺の類ではなかろうか。しかしこちらかけ直すのもおかしな話だ。
そう思った矢先、また電話が鳴った。慌てて出たが、先ほどとは別の電話だった。
「おい!家の下で待ってるで!」
「あの、どちら様で?」
「あぁ?何ぬかすんや!はよ来んかい!」
そう怒鳴って電話は切られた。
一体なんなのだ。お前は誰だ!こんな野蛮な男の知り合いなどいない。
家の下って誰の家の下だ!
私は流石に苛立っていた。
私の人生、誰かに待たれっぱなしだ。
自分では人との約束をすっぽかしたりするつもりなどないのだ。しかし、身に覚えのないところで勝手に誰かに待たれては、怒られている。
しかも今日、私を待っているらしい連中は、全く見も知らぬ誰かだ。
そんな者まで気にしていられるか。

ドンドンドン! ドンドンドン!

家のドアが強く叩かれた。

「五堂!!いつまで待たせるんや!!はよう降りて来んかい!!」

どうやらさっきの電話の男のようだ。
家の下にいるというのは本当だったらしい。

「五堂!!いてんねやろ!!」

一体この男は誰を待っているのだ。
私は五堂ではない!ゴトオだ!
下の名前が「ゴトオ」。「五十男」と書いて「ゴトオ」。
この名前で良い思いをしたことなど一度もない。子供の頃は幾度となく茶化された。
「お前、50人兄弟なんじゃねー?」
「親、ヤリ過ぎだろ!!」

初対面の人間にはまず、名前を正しく認識されない。
良くても「イソオ」と読まれる。

何となく、私のこの待たれ過ぎる不条理な人生はこの名前のせいではないかという気さえしている。
だが、親が付けた名前を嫌いたくはない。
だから誕生日を楽しみにしていたのだ。
五十男が本当に五十男になるというのは、少し愉快ではないか。五十年間、こんな不条理にも耐えて生きてきた証のようにも思えるではないか。
そんな細やかな人生の楽しみさえも、身に覚えのない待ち人達によって邪魔されている。
ふと時計を見やると、時刻は12時を指していた。

ドンドンドン!ドンドンドン!

「おい!五堂!!居留守使うなや!待たせんのも大概にせえ!!」

「うるさい!!私はゴドーではない!!ゴトオだ!!」



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