大人になってもずーっと仲良しのグループ。それはすごく大切なもので、かけがえのないもの。頻繁に会うことはできなくても、久しぶりに集まれば学生の頃にタイムスリップしたみたいで、楽しくてたまらないもの。 でも、ライフステージが多様化する年頃になると、なかなかそうも言っていられなくなったりする。 先日こんなポストを見かけた。 まさにこれなのだ。 みんな一様に学生だったあの頃と違い、大人になればそれぞれの立場が異なる。未婚既婚、子供の有無、職業、年収、その他一言でカテゴライズできな
最近どう?なんて聞かれたら、答えは「幸せ!」のただ一言に尽きる。 数年前、毎週どころか毎日のように気の置けない友人に会っては、今の仕事のここが嫌だ。恋愛がうまくいかない。なんて話に花を咲かせていたあの頃と違って、穏やかな日常を手に入れたわたしにはもはや人様に吐き出したい愚痴などほとんど無い。 大好きでやりがいのある仕事に夢中になって、その仲間はみんな自分に無いものを持った人達で大好きで、おまけに1年半付き合っても未だにラブラブ(死語?)な恋人がいる。すべてこれまでのわたしの
よく言われるやつ。 どれだけ多様性の時代だの晩婚化だの少子化だのと言われていても、世の中にはまだまだうっすらそういう意識が蔓延っているように思う。 初婚の年齢の中央値は20代だし、30歳になったわたしの同級生たちはこの1年で数え切れないほど結婚した。 人生100年時代と考えたらまだ3割だけど、きっと体感ではそんなことなくて、人生の行く末を考え始めるものなのでしょう。 わたしはといえば、毎日ほぼフルリモートで遅くまで仕事をして、自分のための時間を過ごしている。 週末になれば恋
それは祈りだった。 どれだけ好きでも、どれだけ一緒にいたくても、二度と相手から同じ気持ちを受け取ることはない。思い続けても意味が無い、この世界で一番好きな人。 神様でも仏様でもいい、どうかわたしのこの想いを叶えて欲しい。この苦しみから救って欲しい。幸せになりたい。 一世一代の恋に破れた夏、ボーナスを握りしめて指輪を買った。幸せになりたいと祈りながら。 左手の小指につけるピンキーリングには、チャンスを引き寄せて願望を叶えるという意味があるらしい。そんな子供だましみたいな願掛
もうやだ、全部リセットしたい。 そう思ったことはこれまでの人生幾度となくあるが、実際にそれを実行したことは1度も無い。わたしにそんな勇気は無い。 秋の訪れとともに空気が澄んできて、夜になれば肌寒さを感じる夜だ。 今この手の中にあるスマートフォンから連絡先をすべて消して、SNSのアカウントを全部削除して、誰のプライベートを知る機会もなければ、誰に知られる可能性も無い、誰とも繋がらない状態になれたらいいのに。 そんな風に思う夜が久しぶりに訪れた。 きっかけは取るに足らない本当
9連休のゴールデンウィーク。間の平日も有給を取って、わたしはその中の5日間実家に帰省した。 年末に両親が離婚し、今は母親が家を出ていくまでの猶予期間のため、おそらく父と母に揃って会うのはこれが最後だ。 面白いことに、家庭内別居同然だった両親は他人になったことで関係が修復した。傍から見れば離婚したことなど気づけないほどに、朗らかに会話をして同じ家で生活している。今まで逐一気になっていたことも、紙切れ1枚提出して籍を抜いた瞬間どうでもよくなり寛容になれるというのだから、人間関係
ひとりでのびのびと眠るシングルベッドが好きだ。誰の目も気にせずお風呂あがりに裸でだらだらするのが好きだ。その日そのとき食べたいものを食べるのが好きだ。自分のために美容にお金を使うのが好きだ。 異性をあてにせず生きていく。 誰かの人生の責任は負いたくないし、子供なんて絶対に産みたくない。 幸い仕事の才能はあるほうなので、自分を満足させるだけのお金は自分で稼ぐ。向いてないので恋愛は諦める。 ひとりで生きていく覚悟を決めたのはいつのことだったか。 楽しい一日だった。 かねてから
土曜日のPM11:00。 明日には大好きな恋人とのデートを控え、何を着ていくかを決めるファッションショーを丁度終えたところだった。 ああでもない、こうでもないとクローゼットの中身をひっくり返した末に決めたのは、ピンクのセットアップ。 最近の暖かな春の陽気にぴったりだろう。彼がどんな反応をしてくれるのかが楽しみだ。 付き合って3ヶ月。今までの恋愛は一体何だったのかと思うほどの幸せを感じている。 付き合う前となんら変わらない愛を絶え間なく与えてくれ、お互いの価値観を少しずつ擦り
また一つの恋を終わらせた。 出会ってから別れるまで僅か4ヶ月。ひと夏の恋というやつだ。 科学の進歩が産んだマッチングアプリという便利なツールは、出会いと別れをとんでもなくインスタントにしてしまっている。 平日の夜21時、何の気なしにのんびりしていたところにメッセージは届いた。「彼女って存在が嫌になっちゃったから別れよ!」等という軽い調子のメッセージを皮切りに、すぐに電話で簡単な会話をしてわたし達は関係を終わらせた。 もう1ヶ月以上会ってもいなければ同じだけの期間連絡を無視
この一年、たくさんの恋をした。 いわゆるセフレ沼に陥って振られたり、大好きになった人に二股をかけられたり、音信不通で自然消滅したり、恋愛感情を抱くタイミングが合わずに結局大切な友達になったり、好きになってもらえた人を好きになれなかったり。 超が付くほど恋愛体質のわたしは、たった一年でも結構な数の恋愛をした。 恋愛だと呼べない程度の男女間のできごとを含めればさらに増えるし、生きてきた年数を考えればそれはもう数え切れない程の恋をしてきた。 わたしの”好き”は多分わたあめくらい
つい2ヶ月前に書いた「彼氏ができました。」は、自分で思っていた数倍の反響をいただけた。 こんなに穏やかで心の休まる恋愛が自分にもできるのだと、本気で嬉しかった。心の底から彼が大好きだった。 でもわたし、その彼と別れました。 金曜日の夜、23時。 仕事が終わって帰宅して、週末の予定に心を踊らせながらつい先程沸かしたお風呂に入る準備をしていたところだった。 〜♪〜♪〜♪〜♪ 一人暮らしの部屋に突如鳴り響く着信音。テーブルに無造作に置かれたスマホの画面を覗き込めば、今朝
わたしのnoteといえば、やれセフレがどうとか振られたとか復縁がしたいだとか、人間のどうしようもなさを凝縮したみたいな恋愛の話と相場が決まっている。 なんせわたしは極度の面食いで、おまけにタイプなルックスの異性に対してはとことん尻が軽い。 でもそれでいい。外見でしか人を判断できないのがわたし。それこそが生きている面白みだろう。 そう思っていたはずだった。いや、本気で思っていた。 それなのに。 内面が素敵な彼氏ができた。 正直出会ってしばらくはなんとも思っちゃいなかった。初
「うん、9月がいいね」 目の前の占い師はしなびたタロットカードを勢いよくめくりながら高い声でそう言い放った。 スピリチュアルとか超常現象の類いを一切信じないわたしが、その代名詞とも言える占いに頼りたくなってしまうのは、決まって恋愛に悩んだときだ。 好きな人に気持ちを伝えるべきか否か。それはいつが良いのか。わたしは結婚できるのだろうか。テンプレみたいな相談をしに来た日曜日の昼下がり。 「占い 新宿」と検索してなんとなく一番良さそうだった占いの館に予約の電話をかけてからたった
仕事が終わった。今週が終わった。会社を出てスマホの画面を点けると、時刻は23時を大きくオーバーしている。何が華金だ。家につく頃には土曜日だ。 スマホに齧りついてでも間違えることなど無い身体に染み付いた道のりを辿る。インスタを開く。楽しそうでおしゃれなご飯の写真、恋人と仲睦まじく微笑む動画、そんなものばかりが流れてくる。なんだか雰囲気をぶち壊したくなってちょっと病んでる風のテキスト多めなストーリーズを作成する。結局ひよって「親しい友だち」限定で投稿する。 仕事は楽しい。やり
なにしてるの?明日はなにするの?仕事終わった?バイト終わったよ。飲んでるよ。暇だよー。電話したい。もっと話したい。寝ないで。 おはようからおやすみまで生活の大半を共有し、ほとんど毎日時間さえ見つければ電話がかかってきたセフレから、最近ぱたりと連絡が来なくなった。 きっかけは多分、気まずくなって切ったこの前の電話。 大前提としてわたし達は物事に対する感じ方が180度異なっていて、わたしの好きなものは大抵彼の嫌いなものなんだけど、将来を考慮しない関係性だからこそ、出会った頃か
「卒論終わったらご褒美ください。」 大学四年生。この春卒業を控える彼がこの1ヶ月ずっと卒論漬けの日々を送っていることは、毎日連絡を取っているわたしが一番よく知っている。 「なにがいい?」 大学を出ていないわたしにそのツラさはいまいちよく分からないけれど、わたしに対して頑なに敬語と一人称「僕」を貫いてきた彼が、電話口で無意識のうちに「俺」と自分のことを語り、ツラい・無理と卒論への不平不満をタメ口で話す様子からかなり追い詰められていることは読み取れた。 「うーん、旅行がい