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守るべきものは。

つい2ヶ月前に書いた「彼氏ができました。」は、自分で思っていた数倍の反響をいただけた。

こんなに穏やかで心の休まる恋愛が自分にもできるのだと、本気で嬉しかった。心の底から彼が大好きだった。

でもわたし、その彼と別れました。


金曜日の夜、23時。

仕事が終わって帰宅して、週末の予定に心を踊らせながらつい先程沸かしたお風呂に入る準備をしていたところだった。

〜♪〜♪〜♪〜♪

一人暮らしの部屋に突如鳴り響く着信音。テーブルに無造作に置かれたスマホの画面を覗き込めば、今朝まで一緒にいた愛しの彼の名前。

突然電話なんて珍しい。何かあったのかな?

「なあにー」といつもと何も変わらない、恋人用のわたしが電話に出る。

そんなわたしの間抜けな声とは裏腹に、彼は酷く焦った様子で開口一番謝罪をしたのだ。

「ごめん、今は謝ることしかできない」

その言葉を聞いた瞬間、ゾワッと嫌な予感が身体中を駆け巡る。

まだ何も聞いていないのに、わたしの頭に咄嗟に浮かんだ言葉といえば「別れたくない」だった。

「え、突然なに?」

「いや、あの、えーっと」

「なんなの?」

「結論から言うと、裏切ってることになる」

女の勘は当たる。

途端に息ができなくなって、全身から力が抜けた。つい24時間前、わたしが今立っているこの場所で、彼がわたしの髪を乾かしながら不意にキスを落としてきたのが遠い夢のように感じた。


簡潔に言うと、彼は二股をかけていた。

電話の先では相手の女の子と修羅場を繰り広げていたようで、しかもそれはこの日が最初では無いらしいことを、相手の女の子からわたしのSNSへと無遠慮に送られてきていたDMで知った。

彼の日々の挙動を怪しんだ相手の女の子が血眼でわたしのSNSを探し、そこで投稿を見た事で彼の二股が発覚。

2人では収拾がつかなくなって、相手の女の子がこれが証拠だと2人のやり取りのスクショやらツーショットやらをわたしのDMへ大量に送ってきたことで、とうとう彼は隠しきれなくなりわたしに電話をかけてきた流れだそうだ。

DMに並ぶ画像たちをよく見れば、わたしが彼から幾度となく言われては心を暖めてきた言葉が同じように彼女にも贈られていたし、わたしの前でプレゼントと買ってくれ、彼の家に置いてあったルームウェアを相手の子が着て撮っている2人の写真もあった。クリスマスにはわたしにしてくれたことと全く同じように、2人の写真を入れたフォトフレームと手紙を贈っていた。彼の友達カップルとWデートをしている写真まであった。

身の毛もよだつとはまさにこのこと。

しかし彼女からのDMでは、彼の言動や行動をもう信じられないのでこれから先一緒にはいられない。わたしはもう関係無いので好きにしてもらって結構です。と綴られていた。プロフィールを見れば、彼女はなんと大学生。あまりに歳が離れているものだから、この行動もまあ仕方ないだろうと怒りも湧かず、年端もいかないのになんてしっかりしてるんだろう、と呑気に関心してしまった。まあ全ては男が悪いので。

ぐるぐると考えているうちに、「そっちの話が終わったらとりあえず今から事情を説明しろ」と呼び出した彼がうちに着いた。


彼の言い分をまとめると、彼はわたしと付き合った一週間後にアプリで同時進行していた相手の子にも付き合おうという話を持ちかけたそうで、行動の理由を聞いても何も考えていなかったの一点張り。

ただ、付き合っているうちにわたしを本気で好きになり、どうしていいか分からなかった。これを機に人生を考え直したい。わたしを本気で好きだから信頼を取り戻したい。チャンスが欲しいと仕舞いには泣き出した。相手の子からは許すから戻りたいと言われたがわたしが好きで、これからも揺らぐことは無いとはっきり言ってのけた。

この僅か2ヶ月のわたしはといえば、仕事のシフトをわたしの予定ありきに組んで、会いたいという誘いを一度も断られたことの無い彼を疑ったことなど一度もなく、ただただ幸せだった。

一方的に事実を突きつけられても夢を見ているような心持ちで、目の前で好きだと泣かれてしまえばいよいよ冷たく突き放すことなど出来なかった。

まさに青天の霹靂。あまりに突然の出来事すぎて咄嗟に感じた「別れたくない」という気持ちを優先したわたしは、「次は無いからね」と釘だけを刺して、その夜彼をそのまま家に泊めて仕事へ送り出した。


しかし次の日、一人になって一気に襲ってきたのは強烈な嫌悪感。

彼と付き合うにあたって身の回りにいた曖昧な関係の異性全員に別れを告げて、本気で向き合ったわたしの気持ちは踏みにじられていたという事実。

なにより、自分が心から喜び、ときには涙を流したほどの彼から受け取った愛だと思っていた何かは、わたしだけに向けられたものなんかではなく「彼女という存在はこうすれば喜ぶ」という枠に当てはめられたものだったこと。

わたしに好きだと言いながら、次の日には別の人にも同じ言葉を吐いて同じように体温を分け合っていたであろう現実。

全てを受け入れるのは少し、厳しかった。

彼から軽めに送られてきた謝罪のメッセージに軽く腹が立ち、少しキツめに今の気持ちを伝えた上で「それでもわたしを好きだという気持ちを信じるから、これからどうしていくか考えよう」とだけ返信をした。


何もしないのがつらかったので、つい最近二人で観た映画を一人で見に行った。

映画の中では主人公が「純愛だよ」と口にしていて、そのクライマックスに涙を流していた彼は一体何を思っていたのだろうか。

「一途」という皮肉みたいな曲名の楽曲が流れるエンドロールをぼんやり眺めながら、自分の気持ちを確かめる中でわたしは一つだけ心に決めた。

【わたしを好きだと言う気持ちは信じても、わたしでなくて良い人になんて絶対に縋らない。自分を嫌いになるようなことはしない。】


それからは驚くほど呆気なかった。

「わたしのことを好きな気持ちは信じるけれど、相手の子に少しでも気持ちが揺らいでいるならばわたしは一緒にいたくはない」と彼にきっぱり伝えた上で今後について話したが、結局彼は「俺しかいないと言ってくれているから」と言って相手のところへ戻っていった。

わたしが一人で自分の意思を固めていた最中、彼が相手の子の家に貸していたものを取りに行った際、「やっぱりあなたしかいない」「全て許すからこれからを応援する」と泣かれたそうだ。

確かにわたしもつい3年前は、この人と添い遂げられないならば一生独りで構わない。と思えるほどの恋愛をしていた。ましてや20代になったばかりの彼女がそう思ってしまうのは仕方のないことだろう。

わたしの前でこの人が泣いたことも知らないのだから。

わたしはわたしのために、死んでも二股をかける様な人に「あなたしかいない」なんて言えない。

「わたしが大切だから」「罪悪感を抱き続けながら一緒にいるのは申し訳ない」等と、要は自分を無条件で受け入れてくれる先に逃げたいという言い訳を聞きながら、わたしは「分かった。わたしの気持ちは伝えた通りだから。さよなら」と別れを告げた。少しだけ涙が出た。

話し合いの中で彼の今回の行動の裏にある気持ちを深掘りして原因を突き詰めることに徹し、今後の解決策を講じたわたしよりも、ただ受け入れるとだけ言った方を選ぶ彼とは、どのみち今後も上手くいかないことは確かだ。

性格なのか仕事柄なのか、起こった事実に対して原因と対処を深く考えがちなわたしと違って、この人にとっては最初に問い詰めたときに答えた「何も考えていない」が全てなのだ。


たった2ヶ月。されど2ヶ月。

早く分かって良かったじゃないか。別れて正解だった。それは紛れもない事実だけど、恋を失う痛みは平等にやってくる。ただただ幸せだった日々を突然奪われた傷は正直まだ癒えそうにない。

だけど、今まで散々巡り会った悲しき恋愛たちが、「あなたしかしない」なんて絶対に無いことと「全ては時間が解決してくれる」経験でわたしを守ってくれた。

ありがとう、今まで好きになった人達。


わたしはわたしが好きなわたしを守るためにこの選択をした。わたしを選ばないセンスの無い男なんてこちらから棄てて、死ぬ気で守った美学とプライドを携えて、これからも颯爽と、なりたいわたしになるために生きていく。

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