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失恋のプロ

また一つの恋を終わらせた。

出会ってから別れるまで僅か4ヶ月。ひと夏の恋というやつだ。
科学の進歩が産んだマッチングアプリという便利なツールは、出会いと別れをとんでもなくインスタントにしてしまっている。

平日の夜21時、何の気なしにのんびりしていたところにメッセージは届いた。「彼女って存在が嫌になっちゃったから別れよ!」等という軽い調子のメッセージを皮切りに、すぐに電話で簡単な会話をしてわたし達は関係を終わらせた。
もう1ヶ月以上会ってもいなければ同じだけの期間連絡を無視されていたから、てっきり自然消滅を狙われているのかと思っていたもので、ちゃんと連絡を寄こすなんて最後だけちょっと誠実なところ見せるなよ。と思った。

今年の夏は異常気象だった。
6月の半ばから35度を超える猛暑の日が続き、彼に初めて会った日も季節外れ猛暑の日だった。
小柄で、おしゃれで、写真が好きで、ヘアセットが上手で、スマートに荷物を持ってくれたりする、5つも歳上のわたしを女の子扱いしてくれる今どきの男の子。
アプリで出会って一ヶ月弱やりとりをして、正直そんなに期待はしていなかったのに、会って素敵なカフェに入って少し会話をしただけで、メッセージ通りの愛らしさにクラっとしてしまった。
一日お互いの写真を撮っておしゃべりをしていたらあっという間に日は暮れて、特に意味は無かったけど、清澄白河からスカイツリーまで夜の隅田川沿いを二人で歩いてみることにした。
数キロの道のりの中で、暑さに耐えきれずコンビニに立ち寄って買ったアイスはすぐに溶けてドロドロになってしまったし、今度行きたいねと話していたカフェを道の途中で見つけてしまったりした。買ってみた制汗剤の香りが思っていたのと違って拍子抜けしたりもして、そんなひとつひとつが夢の中みたいで心地よかった。
恋の始まりというのは、何度経験したってこの人に出会うためにここまできたのだと錯覚する。この多幸感を味わいたくて、人は恋をするのだろうか。
湿気に包まれ静かな川べりを歩きながら、最近起こった面白かった話、仕事の話、家族の話なんかをしていると、わたしはいつの間にかその綺麗な横顔に吸い込まれてしまったんだっけ。

わたし達は次の週末には再び会っていて、堪え性がないわたしは言い逃れできない状況を作って「わたしのことどう思ってるの?」とけしかけた。「わたしは好きだよ」とこちらの気持ちを伝えたら、「俺も気になってた」という答えをもらったのがわたし達の短い交際期間のスタート。
そうだ、"好き"じゃない、彼はわたしのことが"気になっていた"。

それからは何もかもが思っていたのと違った。
"気になっていた"程度という言葉通り、彼はわたしと付き合うという形を取ってもわざわざ時間を作ってくれようとはしなかった。
連絡もどんどん間隔が空いていき、最初に会った日の熱量が嘘みたいに急激に冷めていくのを肌で感じた。
加えて「彼女」というポジションを与えられた瞬間に、わたし自身の悪いところが抑えられないほど顔を出した。自信の無さ故に追求もできなければ、わがままの一つも言えない。つまらない都合の良い女。

最後に会った日に、特に揉めてもいないのに「わたしといても楽しくないんだな」そう感じたことを鮮明に覚えている。
だって、付き合う前とその直後は1分だってわたしを待たせないようにしていたのに、そのときは2時間寝坊したって何も感じていない調子だった。遅れて来たのに「明日仕事だから」と言って早く帰ろうとしていた。
新卒で働きはじめて数ヶ月の彼と、社会人を10年以上やっていて部下を持つわたし。友達が多くてお酒が好きで人といるのが好きな彼と、少ない友達と深く関わり飲み会はあまり好まず一人でいるのも好きな私。都内まで2時間かかる郊外に住んでいる彼と、東京のまんなかに住むわたし。なにもかも違いすぎるのは明確だった。
だから、次会えるのはいつ?と聞いたときに1ヶ月以上先を提示されても、反論どころか笑うことしかできなかった。
こちらは何度も何度も数え切れない失恋を重ねてきた失恋のプロなので、終わりの匂いを感知するのは誰よりも早い自信がある。
誰よりも失恋に向かう心構えが上手にできる経験がある。

「あ、じゃあ特に話が無ければもう切ってもいい?」
別れ際の男性というのは、どうしてこうも残酷なのだろうか。
出会ってたったの4ヶ月。会った回数は5回程度の相手に対して必死に追いすがれるほど、わたしの恋愛経験は少なくはない。
完全に冷めきってわたしを疎ましくすら思っている彼と、薄々別れを感じていたわたしから「ありがとう」を伝えるだけの会話は5分と持たなかった。
「これからも友達でいれたらいいなあ」
「あー、すぐは無理かも。時間空ければ、まだ」
告白しようとされようと別れようと、人として好きな相手とは友人関係を続けてきたわたしのなけなしのワガママもサクッと断られてしまった。
どうやらこんなところまで合わないみたいだ。

「ばいばい」

心からのさようならを込めて通話を切った。
このさようならは、たぶん一生の別れだ。失恋のプロには別れの種類だって分かるのだ。



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