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5年前の夏、ソウルにいた。


終電を逃しかけたのは、学生以来のことだった。終電が近づくにつれて電車の来る間隔が長くなっているせいで、ホームには人が溜まりに溜まっていた。

同じ方向の電車で帰る友人と、そのホームを目指して人混みを掻き分けた。時間がすぐそこまで迫る焦りとは別に、「あ、わたしたち今、学生してる」という謎の高揚感があった。こんな気分なのはお酒のせいもあるのかもしれない。


その時のわたしは、5年前の夏にすっかり引き戻されていた。


生まれて初めて行った外国は、韓国だった。

大学で何となくで選択した第二外国語が次第に楽しくなって、K-POPやドラマよりも先に言語にハマるという珍しいタイプだった。
だから、当時K-POPといえばBTSやTWICEが話題の中心にいたけれど、それらの話にはポカンとしてしていた記憶がある。

それよりも、トッポギやチゲ、あの時流行っていたのはチーズハットグだったか、それらの韓国料理にわたしは夢中で、新大久保に足繁く通うほどだった。

実際に現地へ行くことになったのは、大学の日韓交流プログラムに応募したのがきっかけだった。
語学留学というよりは文化交流という目的のもので、向こうの参加者の学生たちと一週間ほど朝から晩まで共に過ごす。

あの張り紙を見た時、高校の修学旅行と似た胸の高鳴りを感じた。
すぐに両親に連絡して、アルバイトで工面できない分のお金を借りたいと交渉した。

いつか行ってみたい、とは言わなかった。

これまでその言葉を何度も口にしたことはあるけれど、「いつか」をつけている時点で、本当は大して行きたいところではないのだろうということに、わたしはなんとなく気づいていた。

でも、今度は違った。その言葉がよぎる間もなく応募の用紙を出していた。
本当に行きたかったら、本当に会いたい人がいたら、考えるよりも先に行動するのかもしれない。


あの年の夏に出会った友だちの一人が、日本に遊びに来ることになった。ある日、久しぶりにグループチャットが動いた。
何の迷いもなく、わたしは「行く」と返事を出した。

来日するという彼女は、あの夏、みんなをまとめる頼もしいお姉さんだった。
明るくて社交的で、言語の壁がある中、英語と簡単な日本語で一人ひとりに声をかけていた。
道も人も文化もわからない初めての国で、彼女はとても眩しく見えた。


まだ空は明るく、夜とは言えない時間だった。
集合場所の居酒屋へ行くと、懐かしい顔ぶれがそこにあった。みんな全然変わっていない。
日本側は全員こそ揃わなかったけれど、振り返れば、この顔ぶれはあの夏以来だ。20歳そこそこで出会ったわたしたちは、みんなもう立派な社会人になっていた。

久しぶりの再会で最初はなんとなくぎごちない一次会を経て、大いに盛り上がりを見せた二次会、まだまだ物足りなくて三次会へと移行していった。
楽しくてしょうがなくて、わたしは最後まで残ったうちの一人だった。

あのソウルでの時間が戻って来たみたいだった。
漢江の河川敷で、暗くなるまで飲んだ夜のことを思い出した。


終電30分前。
わたしたちは夜の街に放り出された。長い嵐が通り過ぎてようやく開放的になった街が、あの嵐はまるでなかったかのような顔をしてそこにあった。

ひとときの魔法だった。

肩を寄せて楽しそうに歩くわたしたちが、BGMと共にスローモーションで映し出される。この夜が映画になってその主人公がわたしたちなら、きっとこういう映像が流れるのだと思った。

あの時はあの場所がソウルだっただけで、わたしたちは何度だってあの年の夏に戻れるのだと思った。

「また会おうね」

5年後も、10年後も。
そうして、何度でもまたあの夏の話をしよう。

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