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夏休みを知らない少年と過ごした、ある夏の日の小さな物語

肌を焼く日差しが心地よかった。太陽からエネルギーを奪取するかのようにして、いくらでも肌をさらした。体中から水分を絞り出す。それでも干からびない。最後は陽のほうが負けるようにして、山の彼方へ沈んだ。戦に勝ち続けたわたしはいつも、Tシャツから黒い肌をのぞかせ、それは夏休みの勲章のようだったかもしれない。

いつの間にか紫外線を遠ざけるようになった。もう太陽とは戦えない。わたしの肉体は早々に負けるし、負った傷は治らなくなった。黒さは勲章ではなく、シミの前兆でしかない。

それでもやはり、わたしは太陽に焼かれるのが好きだ。肌がジリジリと焼かれる感覚が堪らない。

少年と散歩をした。ゆったりとあてもなく歩き、行く先々で目に入るモノに声を出して笑い、セミの抜け殻を拾い、ブランコにのった。

その間、絶えず太陽熱がわたしの肌を焼き続ける。郷愁が穏やかに押し寄せた。ああ、なんだっけ。この感覚。そうだ。

「なんか、夏休みみたい」そう、わたしが言った。

少年のこれまでの人生の中に、こういう夏休みは存在しなかっただろう。むしろ、365日夏休みみたいな少年だからだ。

真昼間、真夏の太陽の下。外をぶらついて。セミの抜け殻なんか拾って。ブランコではしゃいで。こんな緩く、いつまでもこの世界が続くような、そんなふうに今を楽しめたのっていつぶりなのだろうか。明日も太陽が昇ると信じて疑わなかった日々が、確かにあったのだという。そんな記憶の中に顔を埋めたくなる。

「少年は、夏休み何して遊ぶの」
そう問うと、少年は言った。
「先生と遊びたいかなぁ」

わたしは、少年の友達には決してなれないし、ならない。わたしは、少年に同年代のお友達ができること、そして同年代のお友達とこの世界を歩いていくことを願っている立場だ。そのためのステップとして存在しているわたし。

「少年が、ハタチになったら飲みに連れてってあげるよ」
「なんだよ、やだよ!」

少年も、すぐに大人になる。こういう夏が過ごせなくなったことを、いつか悲しく思うだろうか。その芽を蒔けたなら嬉しい。だから今、精一杯陽の当たる世界をつぶさに見るんだ。日差しに当たると皮膚がどうなるかなんて、知らなかったでしょうに。

少年の世界が、どんどん広がって欲しいと思う。初めての感情を、益々その身に溢れさせて欲しいと思う。

きっと、わたしが夏休みみたいだな、と思ったその感覚は、少年と共有できてたんだろうから。もっとこの時間を、なんて、お互い思ってたんだろうから。



※本記事は、2018年7月15日に自サイトにて投稿した文章を加筆修正したものです。

※※追記 小さな少年だった彼は、あれから数年後、空に向かってひょろっと背を伸ばした姿を見せにきてくれました。門出と共に。今いる社会で、夏休みを楽しむお友達がいますように。

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