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お店を「続ける」ための技術をまなぶ

誰でもECサイトを簡単に作れるようになり、ビジネスモデルとしての「D2C」への注目も高まる今、小売業界出身ではない人が小売に関わる事例が増えてきた。
この変化自体は素晴らしいものだが、小売は「何を作るか」よりも「どう売るか」を考える方が何倍も難しい。

特に見落とされがちなのは、物流を含む在庫管理の考え方である。
いかに在庫を回転させ、補充の波を小さくし、作ってから販売までのリードタイムを短くできるか。

どれだけいい商品を作っていても、在庫管理やキャッシュフローの戦略を間違えると一瞬で苦境に陥り、クローズせざるをえないこともある。

「はじめる」は勢いでできたとしても、「続ける」には知識と技術が必要なのだ。

だからこそ今改めて読んでほしい一冊の本がある。
「チェーンストアの神」と呼ばれた渥美俊一氏の「商業経営の精神と技術」だ。

難解な話や具体的な現場の数字の話も多いが、小売業界を志す大学生や若手社員にほど読む価値のある本だと私は思う。

一見非効率に見える組織体系や在庫管理作業が、企業の成長と存続にどれだけ重要な役割を担っているかが理解できるからだ。
ちょうど私が社会に出た頃に出版された本だが、当時読んでいたら新卒で入った企業の戦略ももっと深く理解できただろうし、その後の人生も大きく変わっていたかもしれない。

今のところ大学で小売に特化した知識を学ぶ機会はほぼなく、大半の人はアルバイトや自身の買い物体験を通して小売へのイメージを固めてしまう。
しかしお店として成り立たせるには綿密な戦略が必要であり、そのための基本知識はすでに体系立ててまとめられている。

私も就活の際に書店で小売業界を研究するための書籍を多々読んだけれど、その多くはある成功した企業の創業者の半生を辿りながら成功の秘訣を語るか、海外の最新事例を紹介するかのどちらかのパターンであることが多かった。

もちろんそれらから学んだことも多いが、この本のように全体を俯瞰して「原理原則」を説く教科書的な書籍は小売業界では極めて少ない。

それだけ小売の成功が科学的に検証されてこなかったということなのだろうと思う。

新しくお店やブランドを作ろうという人も、センスさえあればうまくいくと思い込んでしまっている点も問題のひとつだ。

渥美氏は、書籍の冒頭で「手段は、精神を生かすために絶対不可欠な条件である」と語っていた。

その言葉通り、書籍の中には具体的な「手段」が示されている。

たとえば、目指すべき商品構成グラフは「山が二つあり、左側が非常に高く、右側が低い。しかも一番肝心なことは、価格帯の幅が狭いこと、左に寄っていること、裾野がないこと」だと説明されている。

つまり価格の安い売れ筋商品が売上の大半を占め、もう少しだけ価格の高い売れ筋商品がもうひとつある。
これこそが理想とされる店舗の商品構成グラフであり、いろんな商品が満遍なく売れる状態は理想的ではないのだ。

その理由は在庫管理の効率を上げること、そして明確な売れ筋商品を作ることで仕入れの交渉力が上がり、人気商品を安く仕入れられるようになるからだ。
人気商品が安く買えるお店には人が集まってくる。
すると商品がたくさん売れるので、また仕入れ交渉力が上がる。
このループを作るためには、売る商品をある程度絞り、グラフの「山」を作る必要があるのだ。

これは自分たちで商品を作るD2Cでもまったく同じことが言える。
ひとつの型でなるべく多く製造した方が単価が下がるし、管理コストも低くなる。
品揃えの幅が広いことはメリットになりうるが、その結果として商品価格が上がったり欠品が増えたりすれば顧客に不便を強いることになってしまう。

ことほどさように、現実的な在庫管理戦略を考えることはまわりまわって顧客のためになるのである。

また、書籍の中で紹介される計数管理も非常に具体的だ。

たとえば利益に関する項目では、「従業員一人当たり年間50万円以上の純利益高があること。総資本の18〜22%、上場企業でも15%が目安」と明記されている。
さらに「今日の段階の小売業なら、年商一億円は二〜四人で達成しなければならない」という記述もある。

実際にD2Cブランドの場合は年商1億円までは原則1人で回し、時折作業を外注したりアルバイトを雇ったりして結果的に1.5人程度で収めているところも多い。
逆にいえば、年商1億円を超えない段階で長期間のポップアップ出店や商業施設への入居など人手のかかる施策には手を出さない方がいいと考えることもできる。

渥美氏の掲げる数字はかなり要求水準が高いので、小売企業でもこの水準を満たしていないところも多いと思われるが、理想とされる数字を知っておくことは戦略を立てる上で重要なポイントだ。

さらに小売業界以外の人でも、「人事生産性(一人一時間あたり粗利益高)は会社全体で5000円を超えねばならぬ。店段階では6000円以上が必要である」がいかに高水準であるかを理解するのは容易なことだと思う。

1人あたりの1時間粗利益高が6000円以上を1日8時間に換算すると、1日あたり48,000円の粗利を出さなければならないということだ。粗利率が6割だったとしても8万円は売らなければならない。
もし店頭に3人立っているとしたら、その店舗だけで1日あたり24万円は売上を作っていなければ成長可能性がないということだ。

もちろんすべてのお店やブランドが、この本が目指すようなチェーンストア的な拡大を目指す必要はないし、成長ではないところに価値を見出すこともまたこれからの小売においては重要だ。

しかしいいものを生み出し、それを1人でも多くの必要とする人たちに届け、存続していくためには、成長のための原理原則を理解しておいて損はないと私は考えている。

デジタルシフトが進み、チェーンストア全盛期とは潮目が変わった時代であっても、その教えは不変の輝きを放っている。

若者の間で自分のお店やブランドを持ちたいと夢を持つ人が増えてきたからこそ、前提となる知識と技術、そして商売のベースにある精神をこの本から読み取ってほしいと強く思うのだ。


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