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SDGsとESG

新たな専門用語や略語が飛び交うサステナ業界ではあるが、SDGsとESGの紛らわしさと言ったらない。数年前よりレインボーカラーのSDGsのバッジをつけたおじさんが急増し、うちもサステナビリティやっとるぞと、いつかの白いリストバンドのようなことになっていたが、サイトにカラフルなお題目を掲げただけで何かが変わるわけでもないし、大して褒められるわけでもない。

ESGは投資側からの成績表

むしろ投資家からは環境、社会、ガバナンスの3つの頭文字をとったESGが評価の物差しとして取りいれられており、こちらへの対応をバッジおじさんは考えていかなければならない。
実はこのESGというのは、評価機関がなかば勝手にホームページに掲載されている情報や資料だのを見て「あんたはBね」とか評価を下すもので、企業側からは得点すらあまり見えないところも含めて、なかなかムカつく仕組みであったりする。

投資家の目線は失礼なもの

気候変動や生物多様性、人権などこれまで大して考えてこなかったようなテーマを課せられて、できていないと言われるものだから、いくら新聞やニュースでこれが重要視されてるという話が出ていてもムカー!というのが当然といえば当然の反応だ。

そもそも投資側というのは、ケインズの美人投票という例えに表されるように、企業に対してなかなか失礼な目線を元来持っているものだ。ESGも「これからは美人なだけじゃ続きませんね、教養もないと」とドヤ顔で言っている、という解釈をすると、何か腹の収まりはいい気がしている。

三方よしは何も言ってないのと同じ

で、経営側としてはこの新たな項目を追加されてしまった時に、「いやうちは三方よしで・・」みたいな、なんの説明や実証もできない言葉でお茶を濁すのではなく、なぜ重要になっているのか?と一つ一つの課題の箱を開けて中を見るというしたたかな努力はした方が良い。

どうも日本語というのは言っただけで解決する性質というか、三方よしと言っとけば何か気持ちよくなって、他者との中においてもある種の空気を醸して何かが解決したような雰囲気にしてしまう便利でやっかいな性質がある。(言霊といえば言霊)

相手がここまで具体的な課題を提示してきてる場面においては、この便利さがあだで、マジックワードだった三方よしは、何も解決していないということは改めて認識する必要がある。
〈了〉

望ましい情報発信の仕方については、次回ESG評価を高めるための表現お作法に続く。




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