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アメリカで始まった減税運動-野獣を飢えさせる (Starve the Beast)


序章

アメリカの政治風土には、常に減税を求める声が存在しています。その中でも特に1970年代後半から1980年代初頭にかけて活発になった「野獣を飢えさせる (Starve the Beast)」というスローガンは、政府の支出削減と減税を結びつけた運動として知られています。この運動は、政府の規模と影響力を縮小し、経済成長を促進することを目的としています。本記事では、アメリカでの減税運動の背景と「野獣を飢えさせる」というスローガンの由来、そしてその影響と結果について詳しく探ります。

歴史的背景

ニクソン政権からレーガン政権へ

1970年代のアメリカは、経済的に困難な時期を迎えていました。スタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)が経済を蝕み、政府の財政赤字も増加していました。このような状況下で、政府の支出を削減し、税負担を軽減するための政策が求められるようになりました。

ニクソン政権時代、政府の規模を縮小しようとする試みが見られましたが、本格的な減税と支出削減の動きはレーガン政権において顕著になりました。ロナルド・レーガン大統領は、「小さな政府」を標榜し、減税と規制緩和を通じて経済を活性化させることを目指しました。

「野獣を飢えさせる」理論の誕生

「野獣を飢えさせる」理論は、政府の財政赤字を意図的に増大させることで、将来的な支出削減を強制するという考え方に基づいています。この理論の根底には、政府の支出が経済の効率を低下させるという信念があります。税収を減少させることで、政府は支出を削減せざるを得なくなり、結果として小さな政府が実現すると考えられました。

レーガン政権の減税政策

経済復興税法 (ERTA) の成立

1981年、レーガン政権は大規模な減税法案である「経済復興税法 (Economic Recovery Tax Act, ERTA)」を成立させました。この法案は、個人所得税率の引き下げ、企業税の減税、そして資本利得税の軽減を含んでいました。これにより、企業や個人に対して経済活動を活発化させるインセンティブが与えられました。

減税の影響と結果

当初、減税政策は経済成長を促進するものと期待されましたが、同時に政府の財政赤字も急速に拡大しました。1980年代半ばには、アメリカの連邦債務が急増し、財政赤字が大きな問題となりました。レーガン政権は、これを受けて一部の増税措置を講じることとなりましたが、政府支出の削減は十分に進みませんでした。

減税運動の波及効果

州レベルでの減税運動

連邦政府の動きに呼応して、各州でも減税運動が活発になりました。特に、カリフォルニア州では「プロポジション13」という有名な減税法案が1978年に成立しました。この法案は、不動産税を大幅に引き下げるもので、多くの州民から支持を受けました。しかし、これにより地方政府の財源が急減し、教育や公共サービスに深刻な影響を与えました。

影響と課題

減税運動は、一時的に経済活動を活性化させる効果があるものの、長期的には政府の財政健全性に対する課題を残すことが明らかになりました。特に、必要な公共サービスやインフラ整備に対する投資が不足することで、社会全体の発展にブレーキをかける可能性が指摘されています。

現代における「野獣を飢えさせる」運動

継続する減税の声

「野獣を飢えさせる」運動は、レーガン政権以降も共和党を中心に強く支持され続けています。ジョージ・W・ブッシュ政権やドナルド・トランプ政権でも、大規模な減税政策が実施されました。特にトランプ政権下では、2017年の「減税および雇用法 (Tax Cuts and Jobs Act)」が成立し、企業税率の大幅な引き下げが実現しました。

減税の是非を巡る議論

現代においても、減税の効果とその持続可能性についての議論は続いています。減税が経済成長を促進する一方で、所得格差の拡大や政府の財政赤字の増大を招くとの批判も根強くあります。特に、富裕層や大企業への減税が不平等を助長するとの指摘は、社会的な議論の中心となっています。

結論

「野獣を飢えさせる」運動は、アメリカの政治経済史において重要な役割を果たしてきました。その基本理念は、政府の規模を縮小し、個人と企業に対する税負担を軽減することにあります。しかし、その一方で、政府の財政健全性や社会サービスの提供に対する影響も無視できないものです。減税政策の効果と持続可能性を慎重に評価し、バランスの取れた政策運営が求められるでしょう。

参考文献

  1. Laffer, Arthur. "The Laffer Curve: Past, Present, and Future." Heritage Foundation, 2004.

  2. Reagan, Ronald. "An American Life." Simon & Schuster, 1990.

  3. Bartels, Larry M. "Unequal Democracy: The Political Economy of the New Gilded Age." Princeton University Press, 2008.

  4. Brownlee, W. Elliot. "Federal Taxation in America: A Short History." Cambridge University Press, 2004.

  5. Rubin, Richard. "The Untold Story of How the Tax Cuts and Jobs Act Passed." The Wall Street Journal, 2018.


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