#18 続・羅生門【1700字】
【あらすじ】
仕事を失った下人は、羅生門で出会った老婆の身ぐるみを剥いで盗人になった。だが、盗人の才能がなかった下人は困ってふたたび羅生門の楼に上がっていく……。
「おい、そこの老婆。この羅生門の楼で何をやっているのか。ここは勝手に寝泊りしてよい場所ではないぞ。さっさと出ていけ」
ある日の昼下がりの事である。
羅生門の楼を見回りにきた役人を目にして、老婆は飛びあがった。
「ひっ。申し訳ありません。一晩ここで野宿させてもらっただけでございます。すぐに出ていきますゆえ、お許しください……」
痩せこけた背中を見せながら、老婆が荷物をまとめる。
「……しかし、お役人様。せめて雨が止むまではここに居てもよろしいでしょうか。私のような年寄りをこの雨の中に放り出すおつもりですか」
降りしきる雨を横目に、若い役人は頬のニキビをなでた。
「いや駄目だ。今すぐ出ていけ」
「ひどい。辺りをご覧ください。引き取り手のない死体で溢れかえっているでしょう。また一体死体が増えることになりますぞ」
頭を搔きながら役人は舌打ちする。
……面倒だな。
実は、この若い男は本当は役人でも何でもない。
かつて、目の前の老婆から着物を奪い去って「盗人」となった下人であった。
仕事をやめて、盗人として生きる決心をした下人だったのだが、盗人稼業もラクではなかった。
襲った相手から逆襲されて死にかけたり、シマを荒らすよそ者としてほかの盗賊からボコボコにされたりして、すっかり嫌になってしまったのだ。
そんな折、羅生門の老婆を思い出したのである。
捨てられた死体から着物なり装飾品なりを盗むのが、一番ラクなのではないか。
そうと決まれば、羅生門の先客をどうやって追い出すかが問題だ。
そんなことを考えながら道端でボーっとしていた時、目の前を都の下級役人が通りかかった、という次第。
「つべこべ言わずに出ていけ。出ていかぬなら、こうだぞ」
下人は腰に下げた太刀に触れる。
「ひぃっ。また誰か来たっ」
老婆が下人の後ろを覗き込んだ。
楼に上がる階段を誰かが登ってくる音が聞こえる。
男と女はとっさに、太い柱の後ろにバタバタと駆け込んだ。
「まったく上役の奴、面倒ごとを俺に押しつけやがって……。なんで俺が羅生門の死体を片づけなきゃいけないんだよ。しかも一人で。今日中に終わるわけないだろ」
ヨレヨレの烏帽子をかぶった役人が、ぶつくさ言いながら楼に上がってきた。
「……何だ。猿みたいなババアが居座ってるって噂だったのに、誰もいねえ。ちぇっ。出ていかなかったら、切り捨ててやるつもりだったのに」
下人の横の老婆が、小さい悲鳴をあげた。
「おい、誰かいるのか?」
万事休す。
とっさの機転で、下人は柱から姿をあらわした。
「これはどうも。ようやくお越しになりましたか」
「……誰だお前。見ない顔だな」
「つい最近、異動してきまして。それより、やはり一人で羅生門の掃除は厳しいだろうとのことで、派遣されてきた者です」
烏帽子の下の不機嫌そうな顔が、ふっと和らぐ。
「そうかそうか。こいつはありがたい。では、向こうの死体をこちらに運んできてくれ」
「うっす」
小役人がこちらに背を向けた。
ゴッ。
隙をついて、太刀の柄で首元をしたたかに強打する。
「おい、そこの婆さん。出てきていいぞ」
振り向いて、下人が柱の陰に呼びかけた。
そっと柱から老婆が顔を覗かせる。
「……あんた、何者だい?」
わざとらしく頬の赤いニキビをさわる。
「もしや、アタシの身ぐるみ剥いでいった、いつかの兄ちゃんかい?」
下人は頷く。
「あの時は悪かったな。とにかく、この役人が起きる前に逃げるぜ。婆さんはどうする?」
***
雨上がりの朱雀大路は、めずらしく賑わっていた。
野菜や干物の露店が並び、夕飯を買い求める客たちがさわがしい。
「あぁ、腹減ったなあ。でも一文無しだしなぁ」
下人は物欲しそうに露店を眺める。
「アタシだって金なんてないよ。それより、あのとき盗った檜皮色の着物、返しとくれ」
「すまない。もう売っちまった」
「あぁ、そうかい。……あれも死体から剥いだものだ。まぁいいさ」
「なぁ、何か当てはないのか? 腹が減って死にそうなんだ」
「干し魚と称してヘビの干物を売ってる店なら知ってるが」
「よしそれだ。客に本当のことをバラすと脅せば、今夜の晩飯くらいは手に入るかもな。しぶとく生き延びてやるぜ」
二人の背中が京都の街に消えていく。
下人と老婆の行方は誰も知らない。
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