独特な匂いも音も
6月終わりの今日は、しばらく頭の片隅に押しやっていた日々の雑用に着手した。
晩夏に更新が迫る車検の予約を入れ、秋の健康診断の申し込みハガキを投函し、息子宛の郵便物をまとめて送る準備をし、ずっと放置していた洗面下のホースの補修依頼の電話をかけた。
その後、お知らせが届いていた歯の定期検診へ予約を入れて直ぐに出かけた。
ジュエリーメイキングで使う道具は、歯医者のそれととてもよく似ている。
父方の祖父は、父が6歳の時に亡くなったので、私は写真の中だけでしか見たことがないのだが、丸メガネの奥から見つめる澄んだ目はクリクリと大きく、色白美男だ。
美人薄命とは女性のことをいうのかもしれないが、モノクロ写真に写る祖父は既にその様な雰囲気がありありと感じられる一方で、隣に立っている長男である祖父の兄は、もっと力強くて堂々としている。
幼い頃、その伯祖父は、私達を不憫に思ってか、ことあるごとによく自宅に招いてくれた。
伯祖父は新宿で歯科医院を開業していて、節約を常とする我が家とは異なり、子供ながらに、そこはかとないゆったりとした豊かな空気感を敏感に察していた。
屋根裏が伯祖父の研究部屋で、いつも「上がってもいい?」と聞いては覗きに行って、梁がむき出の薄暗い部屋に、歯の模型や入れ歯などずらりと並んでいるのがとても興味深くてワクワクしたものだ。
ある時、兄と私を引き連れて街の小さな本屋に出かけ「好きな本を選んでいいぞ」と言ってもらったことがある。
散々迷った挙句、私は絵本"からすのパンやさん"を買ってもらった。
「本当にそれでいいのか?」と問われたけれど、決して背伸びしたりせず、自分が欲しいと思った一冊を選べたことがとても誇らしくて嬉しかった。
我が子にも何度となく読み聞かせをしたけれど、私程にその絵本を特別に感じることはきっと無かっただろう。
昔から私は、歯医者さんの独特の匂いも、キーンと耳に響く道具の音も全て引っくるめて好きで、この4ヶ月に一度の歯科検診も楽しみの一つだ。
ジュエリーメイキングの楽しさも、歯医者のように道具を駆使するところが大きい。
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