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アンサンブル・ノート④

■第4話
○ホテル
楽屋で、将生、有朋、航の3人がスーツから私服に着替えている。
将生「俺たち3人でユニットを組んで活動しないか?」
有朋「……ユニット?」
将生「そう! バイオリン2本とピアノのアンサンブルユニット」
有朋「急にどうしたの?」
将生「急じゃないし。航のピアノを初めて聴いた時から一緒にやりたいと思ってたんだよ」
航「そう言えば初めて会った時、乱入してきてくれたよね。バイト中だったから少し驚いたけど」
有朋、航が家に来た時「将生だったらすぐに乱入だよ」の言葉を思い出し、呆れる。
将生「だってウチの大学に航みたいなピアノが弾ける奴なんていないぜ。我慢できねーって」
航「ひとつ質問。将生が考えてるユニットってプロを目指すもの?」
将生「もちろん」
航「そっか。じゃぁ申し訳ないけど僕は辞退させてもらおうかな。ほら、僕オペラやりたいから」
将生「もちろん、だから両立してもらって大丈夫だし」
航「それはちょっとシンドイかな。勉強する時間も欲しいからね」
将生「そんなすぐ結論出さなくても」
有朋「将生」
有朋、将生の言葉を押さえる。
有朋「航のオペラへの情熱は知ってるだろ。オペラもプロの活動も簡単に出来る事じゃないんだから」
将生「分ってるよ。でも俺たち3人なら絶対何とかなると思うんだ。有朋だって卒業後も演奏活動したいって言ってただろ」
有朋「それはそうだけど、それはあくまで夢であって、現実は分からないし」
将生「それ、どういう事だよ」
有朋「言葉通りの意味だよ」
航がパン!っと大きく手を叩く。
航「この話は一端おしまいにしない?」
将生と有朋、黙り込む。
航「僕も今回リハから楽しかったし、学生の間は単発なら一緒にやりたいと思ってる。だからもしそれでも良かったら、僕からも何かあれば声を掛けさせてもらってもいいかな」
有朋「それは……こちらこそ、今回は楽譜の準備までしてもらって逆にバイト料じゃ足りないくらいなのに、ありがとう」
航、将生を見る。
将生「……俺もまたトゥッティ行くから」
航「お待ちしています。マスターへのリハの場所代になるくらい通ってもらわないとね」
3人、荷物をまとめて楽屋を出る。

1F・ロビーエントランス
首からパスを下げたままの葉月が、ホテル入り口近くで人探し風に立っている。
葉月「あのバイオリンの音色。もしかしたらライブハウスで聴いたあの人かもしれない。お願い、まだいるならここを通って帰って!」
葉月のジャケットのポケットの中にあるスマホが鳴る。
見ると大河内からの着信。
葉月、ヤバッという顔で電話に出る。
葉月「もしもし?」
大河内の声「どうした? 戻りが遅いが体調でも悪いのか」
葉月「すいません。……ちょっと用事があって1Fのロビーにいます」
大河内の声「1Fロビー!? 何勝手に動いてるんだ。戻ってこい」
葉月「でもまだ、その、終わらなくて」
大河内の声「仕事中だぞ。とにかくすぐに戻って来い」
葉月「……はい」
葉月、後ろ髪引かれる思いで、エレベーターに乗る。
入れ違いで隣のエレベーターから、有朋、将生、航の3人が降りて来て、ホテルを出て行く。

パーティ会場に戻った葉月、大河内の元へ行く。
葉月「すいませんでした」
大河内「先生にご挨拶に行くぞ」
葉月「はい」
大河内と葉月、作家の湯本香菜(50)の元へ行く。
大河内「湯本先生、この度は新刊50万部突破、誠におめでとうございます」
葉月「おめでとうございます」
香菜「ありがとうございます。マネージャーに聞いたけどパーティの準備もお手伝いしてくれたそうね。お忙しいのにお仕事増やしてごめんなさいね」
大河内「とんでもございません。先生の前作に弊社のアーティストを登場させていただいた上に、映画化の時もキャスティングいただき、こちらこそ感謝してもしきれません」
香菜「私がファンで勝手に登場させちゃっただけよ」
大河内「彼もそのお掛け様で音楽活動が軌道に乗りました。今日はツアー中で来れなかったのですが、ぜひまたどこかお祝いをご一緒させてください」
香菜「あら嬉しい! その時は大河内さんのピアノもまた聴かせて下さいね」
大河内「……お耳汚し程度の演奏しか出来ないのでお恥ずかしいのですが」
葉月、香菜とふと目が合い、ドキっとする。
大河内「ご紹介が遅れましたが彼女は新しいクラシックの宣伝担当の仲川です。今月着任したばかりなのでまだ一ヵ月弱というところですがよろしくお願いいたします」
葉月「は、初めまして。仲川葉月と申します。よろしくお願いいたします」
香菜「そんなに緊張しないで。クラシックが好きなただの物書きのおばさんですから。頑張って下さいね」
葉月「はい、ありがとうございます」

疲労困ぱいの葉月が会場の壁際に立っていると、大河内が葉月にドリンクグラスを渡す。
葉月はドリンクをゴクっと飲むと一息。
葉月「緊張しました。湯本先生、オーラがハンパないですね」
大河内「書けばヒットの大作家だからな。湯本先生の小説は読んだことあるか?」
葉月「えーと、読書と無縁の人生でして、……すいません」
大河内「何冊か持ってきてやるから読め。仕事で必要だ」
葉月「……ありがとうございます。あ、そうだ、さっきの生演奏の人達。あの人達は知ってる人ですか?」
大河内「いや、顔をよく見ていないから分からないが、どうかしたのか」
葉月「バイオリンの人が前にライブハウスで弾いてた人じゃないかと思って」
大河内「ライブハウス?」
葉月「ロックバンドのギターの人がバイオリンをソロでも弾いたんです。それがめちゃくちゃカッコ良くて」
大河内「器用な奴だな。じゃぁそのバンドに聞けば分かるんじゃないか?」
葉月「もちろんバンドにもライブハウスにも聞きましたけど、あの人は初めて使うヘルプギターだったみたいで、個人情報を教えてもらえなくて」
大河内「ちなみにいつの話だ?」
葉月「山川先生に出禁くらった日です。ムシャクシャしてたから近くにあぅたライブハウスに憂さ晴らしで入ったんですけど、たまたまそこで聴いたんです」
大河内「あぁ、異動早々山川先生の洗礼を受けた日か。あ、お前、あの日直帰するって言って、ライブ行ったのか」
葉月「あの時はもう仕事なんてやってらんねーって思ったんです。もう2週間くらい経ちますけど、私の心はまだ折れたままです」
大河内「……2週間?」
大河内M「2週間前に偶然聴いたバイオリンと今日偶然聴いたアンサンブルのバイオリンが同一人物だと?」
葉月「なんでみんな山川さんの事を先生って呼ぶんですか? 物書きなら誰でも先生っておかしくないですか? 湯本さんみたいな大作家なら先生って呼ばれるのも納得ですけど。私はサンプル持ってご挨拶に行っただけなのに、音大出てない奴とは話はしないからもう来るなって、それただのパワハラですよね。老害も過ぎません? 私はあの人を先生って絶対に言わない」
大河内「あ、あぁ、まぁ自分の考えが大正解だと思っている評論家は多くて、山川先生はその典型的で昔ながらの大御所だから仕方ないんだ。俺も何回も叱られてるから安心しろ」
葉月、納得できない顔。
葉月「さっき大河内さんが私を受付に入れなかったらあの人達の演奏を近くでずっと聴けたのに、あーあ、残念」
大河内「だから今日は仕事だって言ってるだろ。今日の奏者はバイトだと思うから機会があれば聞いてみるから」
葉月「!? ほんとですか」
大河内「期待はするな。分らないかもしれないから」
葉月「ありがとうございます! そうだ、もうひとついいですか?」
大河内「まだあるのか」
葉月「さっき湯本先生が大河内さんのピアノって言ってましたけど、ピアノ弾けるんですか?」
大河内「……少しだけな」
葉月「もしかして大河内さん音大卒なんですか? だから山川さんは大河内さんとは話をしてくれるとか」
大河内「そんな事より、ドリンク飲んだら挨拶周り行くぞ。名刺沢山持ってきたな」
葉月「はぁい」

大河内、会場内にいる人に挨拶に回り葉月を紹介する。
葉月は名刺交換をしながら挨拶をする。

大河内、葉月を見ながら
大河内M「関東圏にどれだけのバイオリン弾きがいると思うんだ。それに初心者はどれも同じに聴こえても不思議じゃない。仲川は奏者の個性が聴き分けられたのか。いや、まさかな、気のせいだろう」

別の日。
○滝田音大
練習室。
先生が聴く中、「誰も寝てはならぬ」を弾く有朋。
弾き終えると、先生は少し考え込む。
有朋「あの、先生、どうでしたか?」
先生「演奏は素晴らしいのよ。楽譜をちゃんと踏襲しているし。でも王子の表情が見えてこないのよね。スケッチみたいに聞こえるのよ」
有朋「スケッチ?」
先生「私が高いレベルを求めすぎちゃっているのかしらね。でもあなたは上手だから、ついつい、ねぇ」
有朋、返答に困る。

構内の中庭のベンチに有朋が座っている。
有朋「愛する女性へ歌う命懸けの名前宛のクイズの唄。この王子の感情が表情だよな」
有朋、前かがみになると周りから顔が見えない様にして、小声でブツブツ言いながら地面に向かって色々な表情を作る。
有朋「誰も寝てはならぬ。名前が当てられなければみんな死刑にするぞ。誰も寝てはならぬ、誰も寝てはならぬ」

すると視線の先に左の手の平がヌっと出てくる。
驚いた有朋が顔を上げると、目の前にしゃがむ将生。
将生「呪文の練習中か? 真面目な有朋が奇妙な事してる姿、めっちゃ貴重」
有朋「考え事してたんだよ」
将生、有朋の隣に座る。
将生「なに、どした」
有朋、将生を見て溜息。
有朋「はぁ。王子が将生なら、姫もすぐに結婚してくれるんだろうなぁ」
将生「結婚? もしかしてついに好きな子出来た?」
有朋「違うよ。今やってる曲の話」
将生「なんだ、つまんね。結局あの中からどれにしたんだ」
有朋「誰も寝てはならぬ」
将生「いい曲じゃねーか。チクショウ、俺もやらせてくんねーかな」
有朋「命掛けの王子のアリア。俺には中々手ごわいよ」
将生「ドロッドロのハッピーエンドオペラだからな」
有朋「将生、ストーリー知ってるんだ」
将生「これはな。有名だから」
有朋「将生ならきっと上手く弾けるんだろうな」
将生「さぁどうかな。でも有朋なら楽勝だろ」
有朋「楽譜通りには弾けてるみたい。でもスケッチみたいに聴こえるんだって」
将生「スケッチ? なるほど、音色って奥が深いなぁ。スゲー」
有朋「将生の経験が羨ましいよ。俺には無縁の世界だから」
将生「分んないぜ。次に有朋が好きになる女性とそういうハードな恋愛になるかもしれない」
有朋「あいにく俺は穏やかで静かな女性が好きだからそうはならないよ」
将生「ははは。好きな子が出来たらすぐに教えろよ。俺が色々アドバイスしてやるからさ」
有朋「将生が近くにいたら成就するとは到底思えないよ。みんな将生が良いに決まってる」
将生「それはそうかもしれないけど」
有朋「否定しないんだ」
将生「その時こそ、誰も寝てはならぬ、の精神で落とすんだよ。将来の為に今この曲を練習出来るなんてラッキーじゃねぇか」
有朋、ハッとする。
将生、立ち上がる。
将生「さぁ次はオケのクラスだ。行こうぜ」

アンサンブル・ノート
■第3話
https://note.com/quiet_poppy3297/n/naba9411ffb20

■第5話
https://editor.note.com/notes/n00bdf91639c6/edit/



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